ゲーム
「なぜ、勉強しなくちゃいけないのか?」
数年前まで、この質問こそ、生徒(子供)に言われて困る最強の質問だと僕は思っていた。
しかし、最近、これに匹敵する(と少なくとも僕は思っている)質問を発見してしまった。
塾ではない、とある所にお母さんが小学6年生の男の子を連れてやってきた。名前を一輝という。
いつもは大人だけのところに子供が来たので、みんなあれこれ聞きたがる。その中で、誰かがこんなことを質問した。
「一輝くんは、何が好き?」
間髪入れずに一輝くん、「ゲーム」と答えた。
「ゲームだったら、ずーっとやってていい。ゲーム以外に好きなものない」
「もう、ホントにゲームばっかりやってるんですよ」
あきれた口調でお母さん。
「他に何か、好きなものないの?」
「ない!」
「ゲームばっかりやってちゃ駄目だよ」
大人が言う。
そこで、次の一言である。
「なんで、ゲームやっちゃ、いけないの?」
確かに。確かにそうだ。なんでゲームやっちゃいけないんだろ?
「勉強もしないと駄目でしょ」
「ゲームは脳みそに良い影響を与えないんだって」
「ゲームもやっていいけど、その分、勉強もしないとダメだよ」
「現実とゲームと区別できなくなってる人もいるでしょ」
そのときの大人たちの意見である。確かに、そうだが、決定打に欠ける。
なぜ、ゲームをやっちゃいけないのか、という質問に明確に答えていない。
答えていないばかりか、その上「勉強してほしい」という大人の要望まで伝えている。
まぁ、実際、『ゲームばっかりして、勉強していない』であろうから、その気持ちは分からなくはない。
また、脳への影響だとか、現実との区別だとかも、子供がゲームをやり過ぎるから、やめさせたいと思った大人が調査した結果たまたま判明した後付けの理由に過ぎないと思うのは穿った見方だろうか。
子供への影響を否定しているわけではない。「なぜ、ゲームをしてはならないのか」という子供の質問に対する本質的な答えにはなっていないと思うのである。
そもそも、これらは全て「大人の論理」である。子供にとっては、そんなこと知ったこっちゃない」はずだ。だって、勉強なんかしたくないし、脳への影響だの、現実との区別だの、実感なんてまるでない。
そして、ほんと、つくづく思うのだが、そもそも「ゲームを買い与えたのは誰か」ということである。
ゲームをやり過ぎると文句を言う大人は非常に多いが、その原因を作ったのは、ゲームを買い与えた大人じゃないのか?自分が買い与えといて、何を今さら文句を言うのか、エサの入った皿を飼い犬の前に置いておきながら、食べようとするのに文句を言うようなもんじゃないのか、と感じるのである。僕もかつてゲームにハマッた人間なだけに、余計そう感じる。
そんなにゲームをするのが気に食わないのなら、さっさと捨ててしまえばいい。ゲームなんてなくても子供は立派に成長すると思うのだが。(かつてゲームにハマッた僕が言うのも何なのだが・・・)
いささか、話はそれたが、大人の論理を振りかざして、ゲームを止めさせようと思っても無駄である。止めさせたければ力づくか、そうでなければ、「そんなにゲームばかりやってると心配になるの」と俗に言う、「アイメッセージ」で、自分の気持ちを正直に伝えるか、1日1時間まで、というルールを設けるような折衷案ではないか。
残る手段は、それこそ、飯も食べさせず、寝させず、学校にも行かせず、「もうイヤ」と子供言うまで、それこそ徹底的にゲームをやらせ続けるかである。
暴論が過ぎた。
結局何が言いたかったのかというと、「なぜ、ゲームをやっちゃいけないの」という質問に対する明確な答えがよく分からない、ということだ。
※登場する生徒は全て仮名です。

