松下 幸之助
貧しさの中なら、労り(いたわり)だけで十分子供は育つ。
だが豊かさの中では、精神的な厳しさを与えなければ鍛えられない。
◇今日の言霊は、教育の本質を衝いている。子どもが育つためには、
環境的な負荷が必要なのだ。しかし、その負荷が重すぎては、子どもは
育たない。
◇だから、今日の言霊は、「貧しさの中」では、「労り」が必要なのだと
指摘するのだ。子どもの育つ環境として、既に貧しいことが、環境的な負荷になっているのだから、もうこれ以上の負荷を加えるよりは、子どもを労わることで子どもに関心を示し、安心を与えることが大切だ。
◇それに対して、豊かさの中では、環境的な負荷がかかっていないのだから、精神的な厳しさを与えて、負荷をかけていかなければ、子どもは育たないというのだ。
◇教育は、非常に暴力的なものだ。まず子どもを子どもの意志はどうであろうと、形にはめない限り、教育効果は表れてこない。そういう意味で、教育は暴力的なものなのだが、それだけでは駄目で、教育が、暴力になり下がるかどうかは、その子どもに対する思いがあるかどうかによるのだ。
◇思いがなければ、ただの暴力的な行為だし、思いがあっても精神的な厳しさがなければ、教育行為にはならない。
◇だから、今日の言霊は、「厳しさ」と「労り」をバランスよく置いて子どもの成長を語っているのだ。
◇子どもが育つ環境は、物理的な環境と精神的な環境のバランスの上にある。物理的な環境が厳しければ、精神的な環境は緩やかなものにし、物理的な環境が緩やかであれば、精神的な環境は厳しいものにすることだ。そういうバランス感覚が子育てには必要なことなのだ。

