週休2日制を再考することが大切なことではないのか!
【記事】
文科相、無料“公立塾”を正式表明
読売新聞(4/18)
○小坂文部科学相は17日、中央教育審議会(文科相の諮問機関)の総会に出席し、経済的理由で塾に行けない小・中学生を支援するため、来年度から退職した教員OBによる学習指導を全国でスタートさせる方針を正式に表明した。
○小坂文科相は「格差社会が論じられる中、『塾には行けないが、勉強したいという子に道をつけてほしい』という声を各地で聞いた」と紹介。その上で、「団塊の世代が大量に定年退職する時期でもあり、そうした子どもたちに手を差しのべる方法を検討するよう省内に指示してある」と述べた。
【中土井はこう考える】
◇教育改革がスタートした時点で、学力格差は必定だった。教育の自由化とゆとり教育で、学力格差は、当然起こるものだから、学力は、家庭で守れ!と言うことだったはずだ。
◇だから、今回の記事にあるように、「格差社会が論じられる中、『塾には行けないが、勉強したいという子に道をつけてほしい』という声を各地で聞いた」ということは、当然起こってしかるべきことのはずなのだ。
◇その声に対応して、公立塾を開設したとあるが、もしそうならば、まずは、ゆとり教育の象徴である、学校週休2日制を見直すことが先決ではないか。
◇そして、学習指導要領の規定を以前と同じようにマキシマムスタンダードに戻して、基本的な義務教育上の格差を生じさせないようにするべきではないか。
◇今回の決定は、非常に良いように見えて、誰もが責任を負わない態勢だ。誰が責任主体になるのだろうか。もし、学校長であるならば、正規の授業時間を拡大した方が圧倒的に親切だ。
◇もし、教育委員会が責任主体であるというのならば、現場の直接管理をどう行なっていくのか。また指導する教員OBが、責任主体というのならば、こんな無責任なことはない。誰もボランティア的に支援する人を責めることは出来ないからだ。
◇また、経済的に塾にいけない生徒の支援とあるが、ある生徒は、参加し、ある生徒は、参加しない。そして、そこに「経済的に」というメルクマークがついていることに疑問を感じる。もし徹底するならば、勉強したい全ての生徒に門戸を開放するべきだ。教育改革を実施した行政の責任をしっかり取るべきだからだ。
◇補習をしなければならない事態を作ったのは、一体誰なのか。経済格差が、補習する事態を作ったわけではない。教育改革が、そういう事態を作ったのだ。そのことを文科省は、どう考えているのだろうか。

