教員は聖人ではない
人間はみな平等というがそれは法律上のことであって、世間は不公平不平等で満ちているものである。職業についても、悪さをしなければどんな職業に携わってもよいようなものだが、やはり、世間では職業やら収入による人間の評価が存在する。
だからこそ、評価の高い仕事をしている人間がきわめて愚かなことをやってのけると、それに対する非難はゴーゴーたるものがある。
警官が空き巣に入ったとか、文部大臣(ちと古い表現か)が政治資金のやりくりで恥ずかしいことをやりかつ隠したとか、弁護士が客の金を使い込んだとか、消防隊員が放火したとか、牧師さんが子供をもてあそんだとか、医者が患者に卑猥なことをしたとか列挙すれば地球を何週もできるくらい延々と列挙できるいわゆる「あってはならないこと」は、神武以来、この世に五万とある。
教員・教育関係者にしてもしかりであって、覗きから殺しまで、軽犯罪から重罪まで、ありとあらゆる犯罪が教育関係者によって犯されてきている。
つまり、人間は何をやろうが人間でしかなく、どんな職業に就こうが人間の人間たる本性が変わるわけではない。だからして、あなたは教師だ牧師だ医者だ云々といってあんまりプレッシャーをかけるとろくなことはない。
プレッシャーをかけられると人間は病気になるし陰鬱になりがちである。もっと気楽にさせてあげて楽しく人生が送れるようにすれば、先生がたも生き生きと授業ができるだろう。だから私は言いたい、先生がた!もっと気楽に生きましょう。
担当:関口

