今長官
かつて、作家の今日出美さんが、たしか文化庁の長官だった思うが、
とにかく閣僚だったときがあった。文化人が閣僚になれば、
文化の香りがありそうでなさそうであるパリへお出かけにならないわけにはいかない。
そこで、今大臣も、意気揚々とであったと思うが、華の都へいらっしゃった。
今長官はお坊さんのような、というか、大臣はお坊さんでもあったようだが、
円満な雰囲気で会見に臨まれた。日本を代表する文化人を迎えて、
記者会見はさぞや高尚な雰囲気のなかで、かぐわしい話題満載で終わったと
思われるわけだが、出席した記者の多くは、会見の内容をほとんど覚えていないと
いった困った結果に終ってしまったらしい。
というのは、「コン」はフランス語で「大ばか」「どあほう」といった類の、きわめて
日常的に人を小ばかにするときに頻繁に連発される、フランス人がとにかく大好きな
ことばの一つだったからである。
「、、、、なんでしょうね大馬鹿長官、、、」「大馬鹿長官、サルトルについては、、、、」。
というわけで記者や通訳は、会見中、笑いをこらえるのにほとんどのエネルギーを
消費してしまったというわけらしい。
人類の声帯は柔軟な構造なので、どこの国やら地域で生まれようが、問題なくそこ
の言語の発音を忠実に再生できるようになる。しかし、ある程度声帯とそれをコント
ロールする言語中枢が固まってしまうと、異なる文化圏の言葉を発音することは
相当の困難を伴うことになる。
当然、耳の方もご同様で、聞きなれない音の微妙な違いは識別できなくなる。
今長官の名前にしても、フランス人は自然と「コ」にアクセントをおいて発音してしまう
から、どうしても「おお馬鹿長官」という意味になってしまうが、たとえば「ン」のほうに
アクセントをおけば、「なんだか馬鹿みたいな雰囲気の名前だな」ですまされ、ストレ
ートに馬鹿にはならなかったろうと思われる。
「コ」にきわめて近い「クォ」で「クォン」と言った場合、クとクォの区別がはっきり聞き
取れる文化圏の人間であれば、「コン」と「クォン」ははっきり識別され、ことなった
ことばとして理解されるだろうが、この二つの音の区別のない国では、少しなまって
るな位のところで済まされて、クォンもコンも同じ大馬鹿という意味に取られてしまうだろう。
国により地域により、「ア」の発音も日本語のアから、イとかウにきわめて近いアまで
微妙に違い、喉の奥を使ったり、口先を使ったり、唇を広げたりとがらせたり、やさしく
発声したり、勢いよく発生したり実にさまざま千変万化である。カラスの鳴き声は、
世界のどこに行っても代わり映えしないことを考えると、人類の特性のひとつに、
言語の使用と発声の多様性があげられるのはもっともだと思われる。
担当:関口

