孟子
わたしは人生を愛し、正義を愛する。しかし、その両者をともに持つことは
できぬとしたら、人生を放棄して、正義を選ぶであろう。
◇今から2000年前の哲人ソクラテスは、今日の言霊を実践した人
だ。いかに悪法といえども法は法だから、その裁きによって自分が死
刑の判決を受けたならば、それを甘んじて受けようと、生き延びるチ
ャンスがあったにも関わらず、死を選んだ人だ。
◇しかし、ソクラテスや孟子のような聖人であれば別だが、私たち庶
民にはこの選択はなかなかできることではない。話を聞いて、凄いな
あ!、かっこいいな!と思うが、自分の信念に殉じるのは、なかなか
容易に出来ることではない。
◇ところが私たちも、自分の信念や価値観と引き換えに、死ではない
が、楽しい人生を犠牲にしている場合が案外多い。自分のこだわりが、
足を引っ張って、ついついどうでもいいようなところで意固地になっ
てしまって失敗したり、上司の指示と自分の価値観にギャップがあっ
て、そのギャップに気を取られて仕事が上手くいかなかったりしてい
るケースが多いのではないだろうか。
◇それは実は無意識のうちに自分自身の正義を選んでいるのだ。私た
ちにも聖人と同じように、自分自身の正義(=こだわりや価値観)が
あるということだ。
◇ただ聖人とちょっと違うのが、その自分自身の正義を自覚していて、
その正義に則って自覚的に生きているのかどうかだ。自分の価値観や
こだわりを自覚していれば、他人のまな板にその価値観やこだわりを
乗せて吟味できる。そうして聖人の価値観やこだわりは鍛えられて普
遍的なものになっていくが、無自覚な価値観やこだわりは、それが鍛
えられることがないから、たちが悪いのだ。
◇自分の小さな価値観やこだわりを自覚して、大きなものにしていこ
う。そうすれば私たちの正義は鍛えられて、人生と引き換えにしても
いいようなものになるかもしれない。
合資会社マネジメント・ブレイン・アソシエイツ
代表 中土井 鉄信

