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「しょっぱさ」④

○前号のあらすじ

絶対間違いないと思われていた明恵のF学院不合格。僕の担当教科である
「国語」が足を引っ張ったのは間違いない。

輝彦の繰上げ合格の様子を見て、明恵のことを思わずにはいられなかった。

明恵のF学院まさかの不合格。どういう形でそれを知ったのか、なぜか僕
は覚えていない。結局、彼女は押さえ校のS学園に合格し、進学すること
となった。


中学受験が終わると、塾では、受験を終えた小学6年生を対象に「中学準
備講座」がスタートした。


その第一回目の授業に明恵も元気に顔を出していた。F学院の結果につい
て、さぞ残念で不本意なことだった思うが、そういう素振りは少しも見せ
なかった。


第一志望校に合格したとはしゃぐ生徒の横でニコッと微笑んでいる様子が
とてもいじらしく感じられた。

それからしばらくたったある日。そのときのことを今でも鮮明に覚えてい
る。


「中学準備講座」の日ではないのに、明恵が塾へやってきた。ちょうど僕
は入口の掲示物の整理をしているところだった。


彼女は、シュカッ、シュカッと足を床に滑らせるようにして僕の前へ歩い
てきて立ち止まる。彼女の顔に焦点があった僕の目が、数メートル後ろで
立っている明恵のお母さんの姿をぼんやりと捉えた。


「受かった・・・」


その言葉が彼女からポツンとこぼれて落ちた。


彼女が何を言っているのか分からなかった。「受かった」とは。


「・・・先生、F学院受かった・・・」


はしゃぐでもなく、泣くでもなく、彼女は静かにF学院に合格したという
事実を告げた。


「繰上げ?」と聞く僕の言葉に彼女はうなずいた。


そこからは大人たちが大騒ぎである。


「しつちょぉ~~」と教室でプリントの仕分けをしていた室長を僕は大声
で呼んだ。


このときの僕の様子を「冗談でなく、気が狂ったかと思った」と後で室長
は語っていた。


輝彦の繰上げ合格のときのようにみんなが明恵を取り囲む。さっきまでの
固かった表情が緩む。


電話でも良かったのに、彼女は自分の口で合格を告げたかったのだろう。
明恵らしい心遣いだと思った。


F学院の合格発表から実に15日が経過していた。明恵はすでに、S学園
の制服の採寸を終えていた。

その日の授業後、算数担当のH先生が僕に話しかけてくれた。


「ホントに良かったね。先生も頑張って指導したよね。先生の指導の成果
だよ」


とてもありがたい一言だった。「でも、やっぱり」とも思った。僕がもっ
としっかりしていれば、彼女を繰上げなんかじゃなく合格させてあげられ
たんじゃないか。この2週間苦しい思いをしなくてすんだんじゃないか。


明恵が帰った後、H先生が本部に繰り上げ合格の連絡をした。もちろん、
本部でも彼女の繰上げ合格を喜んでくれると思っていた。


しかし、「明恵ならF学院受かって当たり前だよね、と言われてしまった
よ」と寂しげにH先生は呟いた。

輝彦の繰上げ合格。明恵の繰上げ合格。合格には変わらない。こんなこと
思っちゃいけないんだと思う。でも、僕の心の中には合格の嬉しさと同じ
くらいに「しょっぱい気持ち」が残ってしまった。


(登場する生徒名は全て仮名です。)


合資会社マネジメント・ブレイン・アソシエイツ
荒木 崇(チーフ・コンサルタント)

http://www.management-brain.co.jp/


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