我々は監視されている!?
我が事務所近くの通りに、カメラが設置された。私の通勤や昼食の買出しは、誰とも知れない人に監視されることになった。悪いことをしている記憶はないが、思わず気をつけなければならない・・・と思った。
ところが、その考えは、今更・・・であることに気づいた。電車のホームでは、駆け込み乗車をしたり、無理に押し入ろうとする私たちを監視するようなカメラがある。
首都圏で始まったパスモやスイカと言うプリペード型のIC乗車券は、私たちの移動を路線、駅単位で把握されている。
有料道路のETCも便利であるが、何処の料金所をいつ通過したのか記録に残る。
主要道路には、Nシステムと言うカメラが設置されていて、ドライブ時の私たちの行動が記録されている
買い物に行けば、設置されたテレビに自分の姿を見て驚くことがある。
勿論、銀行への出入りは一目瞭然である。
諺に「壁に耳あり、障子に目あり」がある。
どこでだれが聞いているかも知れないということ。密談が漏れやすいことのたとえ。である。
確かに、何処で誰かはわからないが、聞いているかもしれないではない。かならず、どこかで誰かが聞いているのだ。見ているのだ。密談が漏れやすいどころか、密談自体が辞書からなくなるかもしれない。
私たちの生活を守る為のものであると信じたいが、何人も疑われているようでちょっとさびしい。
近い将来、「必要がなくなったので、監視カメラが撤去されることになった」というニュースが聞きたいものだ。
胃上食堂

