チェーホフ
すでに生きてきたほうの人生が、つまり下書きであって、
もう一つのほうが清書だったらねえ。
◇今日の言霊は、人生にやり直しがきけばよかったのになあと後悔して
いるようにも読めるが、私は人生の下敷きと清書はありだなと思ってい
る。私たちの人生は、前半部分が練習で、後半部分が本番のようなもの
だ。
◇まさしく、下書きと清書ではないか。しかし、自分の人生の前半が下
書きになるのには、条件がいる。それは、自分の人生を振り返って、今
現在の元になっているという自覚が自分に出てくるかどうかによるのだ。
◇その自覚があれば、自分の人生の前半部分を引き受けて、人生の後半
は、手直しが出来るからだ。今までの自分の人生を糧にして、後半部分
は、自覚的に生きられるからだ。
◇だから、前半部分の失敗を後半部分がカバーすることが出来るのだ。人
生における下書きと清書とは、そういうことだ。
◇自分に対する自覚が深くなればなるほど、人生のやり直しはいつでも出
来るものなのだ。自覚的に人生の絵が描けるようになっていくものだ。だ
から、しっかり下書きをして、清書に取り掛かろう。
合資会社マネジメント・ブレイン・アソシエイツ
代表 中土井 鉄信

