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2007年07月31日

7月16日号「退塾を防ぐ積極的保護者対応」

■巻頭所感                      
■Pick Up教育ニュース&ポイント                  
■達人の小技:生徒の思考を奪うな!                       
■MBA特集:退塾を防ぐ積極的保護者対応                   
■学習塾標準化計画:保護者面談②                                  
■イノさんのコミュニケーション道場:第30ラウンド 【部下を育てるということ】
■誌上セミナーレポート:2007年6月校舎運営活性化セミナー
~夏期講習中のコミュニケーション    

「塾経営サクセスネットMBA」94号を皆様にお届けします。

 今号の特集は「退塾を防ぐ積極的保護者対応」です。退塾は、基本的には、生徒・保護者とのコミュニケーション不足が要因です。今号の特集は、保護者に焦点を合わせて、コミュニケーション機会を作り、その中で、保護者の不満を聞き、保護者のニーズに耳を傾け、そしてその不安・不満の解消やニーズの実現を塾がしていこう、というものです。今回はあまり触れていませんが、コミュニケーションの質も非常に重要な要素です。私が大手学習塾で全体を指導していた時、保護者面談の時期になると、本部に怒りの電話が多数ありました。「保護者面談をしていただいたが、ありきたりのことを言われただけで、何も意味がなかった!」といったようなクレームが数多くありました。これは、ただただ話をしただけという面談だからです。保護者の心理まで食い込む面談をし、その心理に対応するコミュニケーションが出来れば言うことはありません。ぜひ、保護者とのコミュニケーション機会を数多く作り、保護者の心理に食い込むコミュニケーションスキルを身につけるようにしてください。
 また、今号では、誌上セミナーレポートで、夏期講習の継続について、取り上げています。9月に向けて、継続作戦の参考にしてください。
それでは、暑い夏を元気に乗り切りましょう!

マネジメント・ブレイン・アソシエイツ代表 中土井鉄信

たまには、違う表現で子どもと接してみよう!

◇夏休みに入って、子どもたちと接する時間が多くなっているのではなだろう
か。そういう時に、気分転換で、いつも使っている言葉遣いを変えてみてはど
うだろうか。子どもたちも、案外驚いて、お母さんの意図を探ってくるかもし
れない。たとえば、こんな会話。

 お母さん:朝起きて何をやる約束だっけ?
  A君 :学校の夏休みの宿題だよ。
 お母さん:じゃあ、今からやりなさいよ!
  A君 :今起きてきたばかりだから、ちょっと休ませてよ。
 お母さん:何言っているのよ。いつもそんなことばっかり言って、やらない
じゃない。宿題やらないのなら、今日は遊ばせないからね!
  A君 :えー!何で?!やるよ。やればいいんだろう!


◇こんな会話を表現を変えてやってみよう。そうすれば、少しは楽しい一日の
スタートが切れるはずだ。

お母さん:今日一日の予定は?
  A君 :えーっと、午後からプールに太郎と行く約束があるなあ。今日の
予定はそれだけかな。
 お母さん:午前中は、どういう予定なの?
  A君 :何も予定はないよ。
 お母さん:ということは、お母さんとの約束を守れるってことよね。
  A君 :約束?何だっけ?
お母さん:朝起きて何をやる約束だっけ?
  A君 :学校の夏休みの宿題だよ。
 お母さん:そう!その約束!
  A君 :分かっているよ。やるつもりだよ。
 お母さん:何時からスタートするの?それだけ教えて。
  A君 :えー?そうだな?10時から。
 お母さん:分かったわ。頑張ってね。


◇無理やりやれ!といったところで、大して学習の効果が上がるわけはないの
だ。そうならば、お互い気分を害さないように、自分の気持ちを伝えたほうが
良い。ちょっとした表現で、子どもも親も気分が違う。この長い夏休み、毎日
毎日、叱ってばかりいないで、対決構造を避けてみても良いかもしれない。

武者小路 実篤

与えられたる運命を、最もよく生かすということは
人間にとって大事なことである。

◇今日の言霊で、私が重要だなと思っているのは、「与えられたる運命」
という考え方だ。私たち現代人は、自分ひとりで生まれてきたと思って
いる節がある。


◇お母さんとお父さんのめぐり会いの奇蹟があって初めて、自分がこの
世に生を受けたのに、それを忘れて、自分ひとりで生まれて自分ひとり
で何でもやっていけると思っている。


◇しかし、私たちは、親から与えられた人生を生きているのだ。自分が
創り出したものではないのだ。この親から与えられた人生だからこそ、
私たちは、自分勝手に自分の人生を生きていくことはできないのだ。人
から与えられた人生だからこそ、その人生を精一杯に生きなければなら
ないのだ。そういう責任が私たちにはあるのだ。

 
◇昔は、こういう考え方が普通だった。だから、お天道様が見ていると
いえば、自分の行動を振り返って、律することが出来た。今は、そんな
歯止めはどこにもなくなっているから、やれ道徳だ!やれ規範意識だ! 
となるのだ。


◇自分の人生は、自分だけのものではないのだ。このことを私たちは、
もう一度深く自覚するようにしたいものだ。そうすれば、今よりは、少
しはましな社会になるはずだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2007年度 教育サービス・感動創出リーダーセミナー

《次回の7月度・各種セミナースケジュール》

お申し込みは、コチラ⇒ mailadm@management-brain.co.jp


7月4日(水) 『授業スキルプレゼンテーションセミナー』

プログラム: 授業構成の考え方と導入授業/模擬授業(プレゼンテーションスキル)


7月5日(木) 『生徒保護者対応コミュニケーションセミナー』   
    
プログラム: 子どもを勇気づけよう/保護者に生徒の肯定的側面を伝えよう


7月11日(水) 『個別指導教室生徒倍増セミナー』   
    
プログラム: 個別指導が出来る付加価値を考える


7月12日(木) 『人材活性コーチングセミナー』   
    
プログラム: 社員の能力を引き出す”傾聴のスキル”


7月15日(日) 13:15開始

塾経営戦略構築セミナー『戦略立案セミナー』   
    
会場: 東京国際フォーラム 会議室 G509

プログラム: ビジネスモデル構築戦略


※『生徒・保護者対応スキルアップコース』・・・全8回申し込みとなり、お申し込みは終了しました。
 
※塾経営戦略構築セミナーは13:15~16:45(210分)です。

これからお申し込み希望の方は、なるべくお早めにお申し込み下さい。

【お問合せ・お申込み】  マネジメント・ブレイン・アソシエイツ

電話 045-651-6922  メール mailadm@management-brain.co.jp

2007年07月30日

答えは質問に依存するのです

◇質問は、相手にある枠組みを与えて思考を促す効果があることをお伝え
しました。つまり、質問には、思考をリードする力があるのです。質問に
よって、導かれる答えはおのずと決まってくるのです。

そうなると、良い回答を得たければ良い質問が必要不可欠なのです。

◇「なぜ、Aさんにできることが、自分にはできないのだろう?」を言い
換えれば、「自分は、なぜできないのだろう?」ということになります。


◇さあ、自分自身にかけるこの質問の枠組みは何でしょう。
「できない理由をあげてみよう!」ということになるのではないでしょうか。

「体力がないから」
「頭が悪いから」
「お金がないから」
「根気がないから」
「やる気がないから」
「自分には合わないことだから」
「勉強が苦手だから」
「本を読むのが好きでないから」
「人に関心がないから」
「経験がないから」
「自信がないから」
「話すのが下手だから」
「才能がないから」
「時間がないから」
「考え方が違うから」

◇「だからできないのは仕方がない。納得!」ということになってしまうの
です。できない理由を挙げて終了してしまうのです。何か読んでいるだけで
エネルギーを失いそうになりませんか。

こんな答えを求めた質問だったからです。

◇では、質問を、「なぜAさんにはできるのだろう?」と変えたらどうで
しょう?

すべて上の答えの反対の答えが出てくるでしょう。先ほどよりは、ましで
すかね。でも、相手のできる理由を確認しても、自分に影響を与えなければ
何にもなりません。Aさんに焦点を合わせた質問の結果なのです。

◇「○○ができるようになるために、自分は何をしたらいいのだろう?」

「○○ができるようになるために、Aさんから学べることは何だろう?」

「○○ができるようになるために、必要なことを3つあげてみよう?」

と質問したらどうでしょう。

◇「どうやったらできるかAさんに聞いてみる。」
「本を読んでみる。」
「計画を立ててみる。」という回答が得られるかもしれません。

◇そもそも、
「○○ができるようになったら、どんな自分になれるだろう?」

と質問したらどうでしょう。

「人の役に立てる」
「自信をもった人間になれる」
「一回り大きな人間になれる」

という回答が得られるかもしれません。

◇最初の質問の答えとだいぶ感じが違ってきましたね。できない自分に悩ん
だり、あきらめかけている気持ちに気づいたら、質問を変えてみましょう。

今までの答えと変わってくるかもしれません。

Z会と学研の業務提携に思う!

『はじめに』

◇Z会が、学研と業務提携をした。10程度の教室で、Z会の教材を使
って授業をするらしい。なぜ、Z会が学研を選んだのか、私には、理解
しかねるが、この提携が(賛否はあるだろう。私は、この提携が、上手
くいくとは思わない)、大成功して、提携の拡大が企てられたとしたら、
塾業界はどうなるのかを考えたい。

『大手学習塾の脅威になるということは、
小さな学習塾が潰れる!ということ』


◇ベネッセの東京個別指導学院の子会社化は、以前にこのメルマガでも
触れた。ベネッセは、明光義塾を最終的には傘下におさめて、進研ゼミ
の拠点を全国に作り、学習塾業界の脅威になろうとしている。それでは、
今回のZ会と学研の提携は、どういう意味づけがあるのだろう。


◇Z会は、学力上位生をターゲットにした通信教育の老舗だ。ベネッセ
の進研ゼミとは、棲み分けが出来ているが、ここ最近は、その上位生も
現役予備校に食われたり、進研ゼミに食われたりして会員数を減らして
いるようだ。だから、今回の業務提携が出てきたのだろうが、なぜ、学
研なのか?


◇この提携は、どちらからの提案なのか分からないが、Z会が、組んで
もそれほどよい話ではないように思う。学研の経営している塾のマーケ
ット価値をしっかり検討しての提携とは思えない。だから、上手くいか
ないと私は思うのだが、それでも上手くいったとしたら、塾業界にどう
いうインパクトが生まれるのか。


◇学研の小さなFC塾に進学志向的なコンテンツが入る。Z会のブラン
ドは、首都圏や地方に強いことから見ても、今までの取るにたりなかっ
た学研の塾が、地域で進学的な塾として選択肢に入る。コンテンツは折
り紙つきなのだから、後は、運営をしっかりして、地域で評価を勝ち得
れば、地域の進学塾とも対峙できるようになる。


◇そうなれば、コツコツやってきた地元の学習塾は、そのアドバンテー
ジを取られる可能性も出てくる。大手学習塾は、必死になって、学研の
塾をたたきに行くだろうから、その影響を受けるのは、地元の学習塾だ。


◇地域評価の安定しない地元の学習塾が、一番影響を受けるはずだ。小
さな町にも全国区レベルの学習塾が出現してしまうのだ。これが、Z会
と学研の提携の影響だ。しかし、上手くいったらの話だが。


『経営者の視点』


◇自分の塾のマーケットと関係しないと思って、塾業界の流れを無視し
てはいけない。今回のように、その影響は、やってくる可能性があるの
だ。自分の塾も影響を受けるようになるのだ。全国のどこかで、誰かが、
風邪を引けば、必ず自分のところまで影響はあるのだ。それが、現代の
恐ろしさだ。大手学習塾の動きには、敏感になっておこう。教育産業の
動きにも。準備は早いに越したことはないのだから。

幸田 露伴

努力よりほかにわれわれの未来をよくするものはなく、
また努力よりほかにわれわれの過去を美しくするものはないのである。

◇私たちは、未来に向かって生きている。生きているということ自体が、
ある努力を強いるものだが、その努力を意識的にして未来を自分の思い
通りにしようとする時、私たちには、様々な試練が襲いかかる。


◇その試練を乗り越えようと思えば思うほど、さらに私たちは、努力を
していくことになる。そういう繰り返しが、私たちの未来を良くしてい
くのだ。


◇だから、生きていくことは努力の連続だ。その努力を出来るだけしな
いようにしようと工夫することが、またまた努力なのだ。努力は連鎖す
る。その連鎖を上手く使うか、何も考えないかは、自分の生き方だ。ど
ちらにしても、否応なしに人生は、私たちに努力を強いるのだ。

 
◇だとすれば、私たちは、意識的に努力を行なって、努力の果実を自分
のものとしたいものだ。無駄な努力はないが、努力の意味を自分のもの
にしない限り、努力の果実は、自分の手の中には残らないものだ。


◇努力は、自分自身を高める最大のトレーニングだ。努力の果実は、自
分自身の中に落とされるものなのだ。

植村 直己

あきらめないこと。どんな事態に直面してもあきらめないこと。
結局、私のしたことは、それだけのことだったのかもしれない。

◇諦めるという言葉は、悪い意味だけではない。人生には、自分の分を
知って、諦めなければならないことが数多くある。自分自身の限界を自
覚して、追い求めていたものを断念し、これもまた自分の人生だと堂々
と認めて次に向かわなければならないことがある。


◇そういう意味で。諦めるという言葉は、自分自身を知るという側面が
あるのだ。


◇しかし、もう一つの側面もある。諦めるという言葉は、自分の可能性
を捨ててしまうということにも繋がる。困難な事態に直面した時、まだ
まだ工夫の余地があるにもかかわらず、簡単に困難な事態を受け入れて、
ピリオドを打ってしまう。


◇そういう態度を私たちは、諦めの早い人間だなと思うが、こういう時
こそ、自分の能力が拡大するチャンスがあるのだ。それを簡単に逃して
しまう時、諦めるという言葉は、悪い意味を帯びるのだ。

 
◇今日の言霊は、生涯を通じて自分自身にチャレンジした人のものだ。
どんな事態に直面しても最後まで諦めることなく、自分自身を追求して
いった植村氏の言霊だ。


◇私は、彼のメッセージをこういう風に受け止めたい。自分の人生をそ
うそう簡単に諦めてはいけない。もがいてもがいて現状を打破しようと
する時、必ず何がしかのゴールが待っているものだ。どんなゴールでも
自分にとっては素晴らしいゴールだ。そのゴールに向けて、自分のあら
ん限りの力で生きていこう!それが、素晴らしい人生を保証するのだ。

2007年07月27日

米長 邦雄

真剣な時間があれば、その反動として遊びほうける時が必要である。
遊びは仕事の影である。

◇仕事と遊びは、いったい何が違うのだろうか。仕事には、目的があり
目標があるが、遊びには、遊ぶ以外に、それほど目的や目標はないよう
に思う。


◇遊びは、ただ時間を自分のためだけに使う。仕事は、時間を目的を実
現するため、目標を達成するために使う。自分を主人公に出来るか目的
を実現することを主人公にするのか、そこが一番違うところかもしれな
い。


◇今日の言霊で、「遊びは仕事の影である」というのは、真剣に目的や
目標を追求していく時に、その真剣さを維持するためには、自分自身に
対して真剣な時間をもつ必要があるということなのだ。


◇自分の外にある目的や目標を達成するために、自分を抑える時間が必
要だ。その時間を作るためには、自分自身に対する真剣な時間が、必要
なのだ。自分に向けられた真剣さを遊びだというのだ。

 
◇遊びは、自分自身に対する栄養補給だ。その栄養補給がなければ、良
い仕事は出来ない。仕事も遊びも共に、自分が生きていくためには、非
常に重要なことなのだ。

これが、自由競争の結果かもしれない!

【記事】「73人合格」実は受験生1人、大阪の私立高が実績水増し
 読売新聞(2007年7/20)より以下抜粋

 大阪市住吉区の私立大阪学芸高校(近藤永校長、生徒数約1500
人)が2006年度の大学入試で、成績が優秀だった1人の男子生徒
に志望と関係のない学部・学科を多数受験させ、合格実績を事実上水
増ししていたことがわかった。

○関西の有名4私立大(関西大、関西学院大、同志社大、立命館大)
の計73学部・学科に出願しすべて合格。受験料計約130万円は同
校が全額負担していた。大学入試センター試験の結果だけを利用して
合否を判定する入試制度を利用したもので、合格発表後、生徒側に激
励金名目で5万円と、数万円相当の腕時計を贈っていた。文部科学省
は事実関係を調査する方針。

○関係者などによると、同校は5年前、4私大などを受験する生徒の
受験料を負担する制度を設けた。規定は非公開で一部生徒だけに告げ
られる。
 
○73学部・学科に合格した生徒には、センター試験直前の昨年1月、
担当者が説明。生徒は国公立大が第一志望だったが、4私大の計5学
部・学科の一般入試の受験も希望した。その際、「学校の判断でほか
の学部・学科にも出願していいか」と持ちかけ、さらに計68学部・
学科に出願手続きをした。生徒は理系志望だったが、出願先には文系
の学部・学科も含まれていた。
 
○結果は、すべて合格。生徒は結局、第一志望の国公立大に合格し、
進学した。
 
○06年度、同校は4私大の合格者数を延べ144人と公表している
が、半数以上はこの生徒が1人で積み上げたものだった。
 
○読売新聞の取材に対し、同校の中谷清司副校長は「大学合格実績が
アピールポイントなのは否定できず、ほかの学校が延べ人数で表示す
れば、うちだけ実数というわけにはいかない」と話している。

*私からのコメント

◇この事件が発覚してから、関西では、すでに数校が同じように、水
増し合格のようなことをしていた。大学受験の進学実績が、私立高校
にとっては、非常に重要な学校選びの基準になることから、生徒を利
用して、受けたくもない大学を受験料を肩代わりして受けさせると言
う、なんとも教育的ではない方法で、教育機関である学校を維持させ
ようとした、とんだ事件である。


◇記事の中で副校長が、ふざけたコメントをしているが、実数表示だ、
延べ人数表示だと言うことが問題ではない。進路指導の結果、一人の
生徒が、数校の大学を受けることは常識だが、学校のために、一部の
生徒を利用して、有名私大合格数を延ばすために、関関同立の4大学
だけは、学校側は受験料を持つ制度をつくり、さらに、今年は、一人
の生徒に73学部の出願をお願いし、その受験料を学校側が肩代わり
した。


◇こんな小細工をするような、学校が問題なのだ。高校が、大学受験
のみを目的としたものになっている。予備校とどこが違うのだろうか。


◇この学校だけではない。まだ全国には、このような学校が、数多く
あるだろう。生徒の進路のために、教師が頑張って教科指導するとい
うのならいざ知らず、生徒を学校の知名度向上のために、最大限使っ
て進路指導するというのだ。本末転倒だ。


◇このような事態になったのは、明らかに、教育が、私事性の賜物だ
からだし、教育の自由化が、それを助長させているからだ。昨年の未
履修の問題も、今回の無理やり受験問題も根は一つだ。


◇それにしても、この学校の教師は、生徒に恥ずかしくないのだろう
か。目的の達成のためならば、汚い手段を使ってまでやっていいぞ!
と教師が生徒を教育しているようなものだ。


◇この問題は、私立高校だけの問題ではない。公立高校にも起こりえ
る問題だ。教育の問題を学力問題に矮小化していった、ここ10年来
の教育行政の問題だ。


2007年07月26日

ウォルト・ディズニー

正直に自分の無知を認めることが大切だ。
そうすれば、必ず熱心に教えてくれる人が現れる。

◇受け入れ難いものはなんだろう。一番受け入れ難いものは、自分自身
だ。特に、自分の醜いところとか、他人より劣っているところとか、無
知なところとか、卑怯な性格とか、自分の負の部分が一番受け入れ難い
のではないだろうか。


◇私たちは、自分の一生をかけて、そういう受け入れ難い自分の負の部
分を自分の特質だと認めながら、自分で自分を受け入れていくのではな
いだろうか。しかし、その道のりは、非常に険しい道のりだ。


◇自分の負の部分を認めてしまえば、他人がどういう評価を自分に下す
のか、非常に不安になるからだ。自分の存在意義のようなものが否定さ
れてしまわないだろうかと心配になるからだ。

 
◇しかし、今日の言霊も言うように、自分自身の負の部分を認めてしま
えば、その負の部分を認めたことで新たな他人が自分を認めてくれるの
だ。今までの知り合いではないかもしれないが、新たな他人が必ずや自
分の前に現れ、今までと違った交友関係が出来てくるだろう。だから、
それほど恐れることはないのだ。自分の負の部分を認めることは。


◇私たちは、自分の一生を通じて、自分とめぐり合うものだ。自分のよ
い部分だけではなく、負の部分まで自分のものとするべきだ。どちらも
自分自身なのだから。

2007年07月25日

「元○○」

ここ数年なのだが、ちょっと納得いかないことがある。
こんなことを言うと、「ひねくれ者」、「天邪鬼」と言われるかもしれないが。


それは、元ヤンキーだの、元暴走族だの、いわゆる、若い頃はヤンチャして
とっても悪かったが、今は更生してこんなに立派になってますよ、という報
道やニュースのあり方である。

誤解のないように断っておくが、このような方々を批判するつもりは全くな
い。人間的に僕なんかよりもずっと素晴らしく、魅力的な人が多いだろうこ
とは想像に難くない。


僕が腑に落ちないのは、「報道の仕方」である。今とのギャップが大きいか
らだろうが、やたら肯定しすぎちゃいないかと思うのである。


ここで言う「悪いこと」とは、若い頃は多少失敗してもいいから、冒険しよ
う、という意味合いのものではなく、万引きだったり、暴走行為だったり、
暴力だったり、いわゆる「犯罪」と呼ばれかねない行為のことだ。


非常にうがった見方かもしれないが、若い頃は多少悪いことをしても、大人
になって「まとも」になれば、それでよし、みたいな、むしろ、そのほうが
カッコいいぞ、みたいな、そんなふうに受け取れることもある。


昔はこんなに悪かったのに、今は立派に更生して、偉いですね、見習いたい
ですねというような報道の仕方だってあるように思う。


いやいやいや、ちょっと待てよ、僕は思う。確かに、更生までにはものすご
い我慢と努力が必要だっただろう。それは認めるし、批判するつもりはない。


しかし、僕は思うのだ。本当に偉いのは、誰にも迷惑をかけず、真面目にコ
ツコツと努力した人間や、周囲の人々や自分に対して誠実に生きてきた人間
ではないのか。


派手さはないが、地味でも、堅実に生きてきた人間のほうが「偉い」と賞賛
されてしかるべきではないのか。


きっと、僕たちの身の回りにはそんな人たちがたくさんいるはずだ。決して
目立つことのないそういう人たちが。


そういう生き方は地味で、敬遠されるかもしれない。でも、そんなふうに生
きることの尊さを子供たちにも知ってもらいたい。僕なんかじゃ、とてもで
きないような生き方だ。


(登場する生徒名は全て仮名です。)

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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松下 幸之助

人生には損得を超越した一面、自分がこれと決めたものには命を賭けて
でもそれに邁進するという一面があってもよいのではないだろうか。

◇人間は、実は損得勘定を得意としていない動物だと思う。損得勘定よ
りも、自分自身の意地にかけてでも何かをしてしまう傾向が強い動物だ。
しかし、そんな動物的特性もこのごろは、理性的になって損得勘定を中
心に据える人間が一部出てきた。


◇なんと嘆かわしいことだろうと思う反面、これで人間も少しずつ、話
し合いで決定できる要素が、増えてくるだろうと思うこともある。人間
が、命を賭けてでも成し遂げたいと思うことを他人が止めることは出来
ないし、そんな狂気を理性で説得することは出来ない。


◇だから、損得勘定を超えた判断を人間がしてしまう限り、人間は、狂
気の沙汰を堂々と犯していることになる。人間に損得勘定が出来るよう
になれば、理性的なものさしが出てくるということだから、何とか理性
的な話し合いが、持てることになるのだ。

 
◇逆に言えば、損得勘定だけで判断すれば、自分の成し遂げたいことは、
何も出来ないかもしれないということだ。何かを成し遂げたかったら、
狂人のように一心不乱で取り組まない限り、難しいということだ。


◇損得勘定を越えて、自分の夢に打ち込まない限り、なかなか自分の夢
の実現は、難しいのだ。


◇もし自分の目指すべき目標があるのならば、損得勘定に左右されない、
狂気の沙汰が必要だ。自分の狂気を呼び起こさなくては、物事は成就さ
れないだろう。自分の中の狂気を呼び起こして、事にあたろう。

2007年07月24日

竹鶴 政孝

ウイスキーの仕事は私にとっては恋人のようなものである。
恋している相手のためなら、どんな苦労でも苦労とは感じない。
むしろ楽しみながら喜んでやるものだ。

◇仕事を義務としてやるのか、楽しみとしてやるのか、皆さんはどちら
だろうか。私の場合は、義務としても楽しみとしてもやっているような
気がする。


◇義務としての仕事は、実は誰に対する義務なのかで、随分と仕事に対
する姿勢が変わってくる。私の場合は、根っからの大風呂敷なので、世
界のためにこの仕事をやっているのだ!と大見得を切っているから、そ
れほど重荷ではない。


◇仕事一つ一つが、いつかは世界のためになることなのだと信じてやっ
ているから、ちょっとやそっとのことでは、めげたりしない。


◇そして楽しみとしてもやっているから、自分の労力を惜しんだりもし
ない。日々、自分の中の何かが、仕事の楽しみを発見してくれるから、
色々な工夫を思いつく。


◇だからといって、毎日が、毎日で、楽しいことだけではない。激怒す
ることもあるし、悲しい気持ちになることもあるし、淋しいこともある。
何でこんな目にあってまでこの仕事をしているのだろうか、と思うこと
も多々ある。


◇しかし、そういう時でも、世界のためにやっているのだから、これも
また試練だなと思って、気持ちを入れ替えようと努力する。まさしく義
務感で、自分の気持ちを持ち直す。だから、仕事を義務としてやること
が、全て自分にとって悪いことではないのだ。


◇誰に対する義務なのかを広げていくことだ。そうすれば、仕事がいや
ではなくなっていくはずだ。私も、小さな義務感で仕事をしていた時が
あるが、その時は、辛かった。自分がどこにも繋がっていないから、辛
い時に、誰も背中を押してくれないのだ。

 
◇自分のしたいことを誰かに繋げてみよう。仕事の意味が広がれば、仕
事に踏ん張りがきくはずだ。そしてそこに楽しみが生まれれば、きっと
良い仕事が出来るはずだ。自分のためだけの仕事では、面白くはない。

自信は、どこからやってくるのか

◇自信とは、自分の可能性を信じることだ。自分には、何かをやる能力がある
とか、自分は、どんな状況でも何とかなるとか、自分に対する信頼がある状態
を自信のある状態というのだ。


◇こういう自信を持つためには、どういう感情が必要なのか。それは、自己を
肯定する感情だ。自己肯定感が、自信に繋がるはずだ。それでは、この自己肯
定感は、どうすれば高まるのか。


◇それは、交流分析の言うプラスのストローク、特に無条件のプラスのストロ
ークで、自己肯定感は高まる。それから、私の言う承認作用によっても高まる。


◇たとえば、無条件のプラスのストロークとは、子どもが、何かをしたから褒
めるというよりも、何もしなくても子どもがいるだけで、親として子どもを認
めるというものだ。たとえば、算数のテストで、100点を取ったから褒める
というのは、条件付のプラスのストロークだ。それに対して無条件のプラスの
ストロークは、どんな得点でも親として子どもに対して優しく接するというこ
とだ。


◇私の言う承認作用もそれに似ているが、算数の点数で、30点取ってきたら、
出来ているところを認め、出来ていないところは無視をするというものだ。全
体の評価というよりも、できている部分を見逃さずに認めていくというものだ。

  
◇こういう子どもの肯定的な面をいつでも関心を持って見つめていくと、子ど
もの自己肯定感は、高まっていく。そうすると、だんだんと新しいものにチャ
レンジしていくようになる。


◇そうなると、何に対しても自信を持って望めるようになるし、新しいことを
して、失敗しても、失敗から何かを学ぶようになっていく。自分自身の強さを
実感できるようになってくる。


◇私たちは、子どもの良い面と悪い面を同時に認めることだ。そして、良い面
に関心を示して、良い面を伸ばしていこうとすることだ。そうすれば、子ども
は自分自身の可能性を信じられるようになる。そうなれば、子どものやる気は
断然高まってくるはずだ。

2007年07月23日

質問のパワー

◇前回は、研修中の学習塾の受付対応ロールプレイの例から、顧客の質
問に回答すること以外に、逆にこちらから質問することで、顧客のニー
ズを聴くチャンスに恵まれる可能性についてお伝えしました。

◇そして、今回は、顧客の質問に単純に応えているだけより、逆に質問
をすることのもう一つの利点について考えてみたいと思います。

◇ところで、『あなたは、夏が好きですか?』

この質問を読んでみて、心の中に浮かんだことはどんなことでしたか。
質問を読む前とまったく変わっていないことはなかったと思います。

◇夏の景色を思い浮かべた人。
「好きだよ。」と心の中で答えた人。
「いいえ。」と応えた人。
「自分は夏が本当は好きなのだろうか?」と考えた人。
「何でこんな質問をするんだろう。」と感じた人。

と、様々ではなかったでしょうか。

◇このように、質問は、相手に自由な回答を求めることができます。つ
まり、質問は相手から何らかの答えを引き出す力を持っています。

◇また、質問は、相手に質問にそった思考を促す力を持っています。
「自分は夏が本当に好きなのだろうか?」というのがこれにあたります。
質問には枠組みを相手に与えて思考を促す効果があるのです。

「夏が好きですか?」との質問について、昼食のメニューをあげる人は
いませんよね。

◇まとめると、質問には、相手に回答をもとめる力があります。そして、
質問には、質問内容の枠組みで思考を促す力があるのです。

◇もう一つ、質問の力を付け加えるのなら、相手の心を開く力が上げら
れます。あなたは、あなたの関心のない方に質問をするでしょうか?
おそらく「NO!」でしょう。私たちは、質問の内容にもよりますが、
相手から情報を得ることを望んだり、相手のものの見方、考え方を知り
たい時にのみ質問するのです。

◇ですから、質問されるということは、相手にとって、敬意、関心の象
徴なのです。そのために、質問された相手は、自然と心を開いて、重要
かつ貴重な情報を私たちに与えてくれるようになるのです。

◇質問には、以上のような力があるもののあくまでも質問なので、相手
に心理的な抵抗を起こさせることが極めて少ないのです。つまり、相手
に対してイニシアチブをとることが可能になるのです。

◇熱意を持って相手を説得しようとしたり、誠意を持って相手の質問に
応えて、誠実に対応しようとする姿勢は大変重要ではありますが、功を
奏さないこともあることも知っていてください。

◇説得は、熱意という力で押し付けられた印象がぬぐえませんし、誠実
に応えているだけでは、知らず知らずのうちに、相手にイニシアチブを
握られていることも考えられます。

◇話を元にもどすと、受付において顧客からの質問に応えているだけで
は、いい営業ができていないかもしれないのです。私たちが顧客を前に
した時は、顧客の本当のニーズを受けとめ、私たちができるサービスの
枠組みの中で、顧客に思考と決断を促すことができるのが質問なのです。

◇これは、日常のコミュニケーションでも大きな力を発揮します。
もてたいと思うなら、またはあなたが関心のある人に自分のいい印象を
残したいのなら、あなたの主義主張をちょっと抑えて、まず質問をして
みませんか。

何かが変わるかもしれません。

夏期講習で気をつけること。

『はじめに』

◇夏期講習が始まった。経営者にとっては、2学期が始まったというこ
とだ。しかし、現場は、夏期講習で、手一杯になるから、現場にとって
何が大切なことなのかを指示してやらなければならない。そこで、今回
は、夏期講習中に意識することについて考えたい。

『夏期講習で意識すること』


◇夏期講習でも通常授業でもそれほど、意識することに変わりはないが、
次の5点については、常に意識を向けたほうが良い。校舎展開している
ところは、日々発信して、再認識させたほうが良い。

  1.連続欠席の生徒(欠席連絡があろうがなかろうが)
  対応:3回目の出席機会の前に、必ずこちらから連絡する。  

  2.定期的に欠席する生徒(講習の期間中に、飛び飛びで欠席する)
  対応:1回は、8月11日までに対応すること。後半は、8月31
日までに対応すること。欠席のフォローを抜かりなくやること。

  3.お盆休みの宿題(表紙をつけて、プリントで宿題を出す)
  対応:小学生で、1教科B4裏表のものを1・2枚。算数は、計算・
     国語は、漢字や語句。
  対応:中学生は、1教科B4裏表のものを1~3枚で、5教科分。
     英語数学国語は、作業系のもの。理社は、一問一答のもの。

  4.宿題忘れの生徒(毎授業の宿題忘れの対応)
  対応:ルールを決めて、宿題忘れをフォローする。夏期講習の充実
     は、この宿題忘れをさせないことが前提になる。

  5.講習生の対応
  対応:コミュニケーション機会を確保して、自塾のファンにすること。
     そのために、授業前、授業中、授業後のフォローをこまめに行
     い、保護者との連絡を密に取る。

◇夏期講習は、授業をやるだけの期間になりがちだが、それでは9月以
降の充実は望めない。だから、上記の5点に絞って、現場の職員に意識
的な行動を促してほしい。現場がこの5点を意識して夏期講習を乗り越
えれば、必ず充実した夏期講習になっているはずだ。

『経営者の視点』


◇経営者の意識と現場の意識は、大きく違う。経営者は、9月以降のこ
とを考え、現場は、今、目の前のことについて意識を集中する。しかし、
だからといって、現場が主体的に様々な配慮をするかどうかは、別問題
だ。


◇だから、現場が、今目の前のことが、抜けないように、経営者は、忙
しくて忘れがちなことについて、いつでも注意を促すことだ。やって当
たり前という意識が、経営者にあれば、その仕事は、失敗するはずだ。
やらなくて当たり前だから、前もって注意を促すのだ。

サルバドール・ダリ

完璧を恐れるな。完璧になんてなれっこないんだから。

◇完璧主義者は、完璧主義者故に敗北主義に陥りやすい。完璧を目指せ
ば目指すほど、目的を忘れてしまうからだ。完璧が目的になって、最終
的には、その目指すべき完璧までも到達できないで終わるからだ。


◇人生は、完璧に拘る類のものではない。完璧に拘りすぎて、身動きが
取れず、完璧に縛られて、自分自身を過小評価し、いつでも自信が持て
ずどんどん自分を小さくしてしまう。それが、完璧主義者の成れの果て
だ。
 

◇完璧に拘ることはない。完璧は目指すべきもので、拘るものではない。
完璧にことをなすことに拘らなくても目的は達成できるはずだ。大切な
のは、何かを完成させることで、完璧にすることではない。完璧なんて
ものは、理想のそのまた理想だ。


◇だから、今日の言霊の天才ダリも「完璧になんてなれっこない」と言
っているのだ。


◇自分を小さくするような、目標や目的を捨ててしまおう。大切なのは、
自分が活き活き生きていくことであって、それ以外にはない。人生は、
生きていくことが最大の目的なのだ。


◇ただただ活き活きと生きていくために、目標や目的を持つことだ。そ
れ以外の目標や目的は、自分を小さくするだけだから、とっとと捨てて
しまおう。もっと自分を自由にしてやろう。


岡本かの子

桜ばな
いのち一ぱいに咲くからに
生命をかけてわが眺めたり

◇なんと綺麗な和歌だろう。なんと意志の強い和歌だろう。他者に対す
る真摯な姿勢が、この和歌からうかがえる。


◇桜は命を懸けて咲いているのだから、それを見る私も命がけでその桜
を眺めよう!と相手の姿勢を受けて立っている。こんな誠実な姿勢を私
たちは持っているだろうか。


◇最近の私たちは、他人よりも先んじ、他人よりも利益を求め、他人よ
りも有利な条件で何でも考えようとしているが、実は、他人あっての自
分自身だということを忘れてはいないだろうか。


◇桜が咲いているから、私たちは、桜を眺めることが出来るのだ。私た
ちが、桜を眺めたいから、桜が咲くのではない。私たちは、他人が私た
ちの前にやってきてはじめて、私たちは、他人と関係が持てるのだ。私
たちが、他人と関係を持ちたいから、他人がやってくるのではないのだ。
常に謙虚な姿勢が、私たちには、求められる所以だ。


◇相手の気持ちを受け止めて、相手を裏切らないようにしよう。相手の
姿勢をいつでも真摯に受け止められる自分でいよう。命がけの付き合い
を私たちはすることだ。その時、自分の人生が美しくなっていくことだ
ろう。

2007年07月20日

高校卒業認定試験にしたらどうだろうか。

【記事】高校生に到達度検定 大学入試に活用も 文科省検討
 朝日新聞(2007年7/14)より以下抜粋

 文部科学省は、高校での学習状況を評価するため在学中に検定試験
を実施することの検討に入った。大学入試の合否判定資料としても活
用することで、全国で昨年相次いで発覚した必修科目の未履修問題の
ような、大学入試を過度に意識した一部の高校のあり方を是正するこ
とを期待する。その一方、大学側が検定をどう活用するのか未知数の
部分もあり、同省は幅広く意見を聞いて実現の可能性を探る方針だ。

○文科省は、13日に開かれた中央教育審議会(文科相の諮問機関)
の教育課程部会に提案。導入を検討すべき理由として(1)高校卒業
までの到達度評価は結果的に、大学入試の合否で決まってしまってい
る(2)高校や第三者機関が学習成果を客観的に評価し、大学が選抜
に活用する仕組みが考えられる――ことを挙げた。

○この案には複数の委員が賛同。「大学入試センター試験を資格試験
のような形としたうえで教科ごとに2級、3級といったグレードをつ
け、大学ごとに入学のための条件を設けることも考えられる」(市川
伸一・東大教授)、「履修したことを認定する第三者機関があれば、
高校教育もより妥当になる可能性がある」(渡久山長輝・元日本教職
員組合書記長)などの意見が出た。
 
○実施する場合はセンター試験のように高校の終了段階ではなく、
「在学中に受けられたり、複数回の受験が認められたりすべきだ」と
いう検定の方法に踏み込んだ意見もあった。
 
○文科省はまた、高校までの教育で重視する思考力や表現力などを含
めた「総合的な学力」と、大学入試で測ろうとする学力との整合性を
とる必要があると提案。これについても、「2、3日のペーパーテス
トでは限界がある。高校での学習状況や面接も考えないといけない」
(木村孟・大学評価・学位授与機構長)、「入試では、高校での指導
履歴が提示されるべきだ。今は何を学んだのかブラックボックス」
(天笠茂・千葉大教授)など、前向きな意見が出された。
 
○学習指導要領を検討する同部会は学校教育法の改正案が成立したこ
とを受けて、年明けの答申を目指して作業中。検定制度の導入を含め
た到達度評価のあり方についても検討する。答申を受けて指導要領が
年度内に告示された場合、早ければ11年春から施行される。

*私からのコメント

◇日本の学校は、基本的には履修主義を採っている。履修主義とは、
簡単に言うと、習ったか習わないかを問題にしているのだ。それを修
得主義の方向にしようというのが、今回の提案だ。


◇修得主義と言うのは、ある科目を履修して、一定の水準に達してい
るかどうかを試験で決定し、合格していれば、次の段階に進めると言
うものだ。


◇だとしたら、もっと徹底して、高校卒業認定試験にして、完全に修
得主義にしたらどうだろうか。義務教育ではないのだから、高校卒業
を履修主義で通さなくても良いのではないだろうか。修得主義を徹底
させて、高校卒業時の学力を保証したらどうだろうか。


◇そうすれば、昨今の学力低下問題は、必ず解決するはずだ。認定試
験だが、学力テストのみにして、記事にあるような「高校での学習状
況や面接も考えないといけない」というような側面は、カットしたほ
うが良い。人間的側面を誰も評価できるものではないからだ。


◇学力テストだが、在学中の高校3年次に2回実施したらどうだろう
か。どちらか1回で合格したら、高校卒業資格が得られるようにする
のだ。


◇そして、この成績を大学入試の資料に一部活用する。大学入試に活
用すれば、昨年の未履修問題のような事態は起きないだろう。そして、
なぜ一部を活用するかと言うと、浪人生にとって、不利にならないよ
うにするためだ。敗者復活がスムーズに出来るようにするためだ。


◇教育再生会議の方向は、義務教育をズタズタにするものだ。だから、
学力保証のためにも、高校卒業認定試験にしたほうが良い。到達度検
定などと言う中途半端なものにしないで、やるんだったら、徹底して
やったほうがいいと思う。皆さんは、どう思うだろうか。

安藤 百福

即席めんの開発に成功した時、私は48歳になっていた。
遅い出発とよく言われるが、人生に遅すぎるということはない。
50歳でも60歳からでも新しい出発はある。

◇何歳になっても人間は人間だ。人間の性は、何歳になってもなかなか
変わるものではない。老人が、全て仏教の修行僧のように何もかも悟っ
てしまうわけではない。だから、何歳になっても、自分の夢を追う意欲
は、なかなかなくならないものだ。


◇だから、行動を起こす時に、年齢というブレーキをかけることはない。
年相応のやり方で私たちは、私たちの夢を実現させていけばよいのだ。


◇今日の言霊は、自分自身に制限を設けてしまうことに対する警鐘だ。
人生は、生きている限り、自分のものなのだ。だから、自分の夢をかな
える権利は、人生の中で何人といえども剥奪されるものではない。


◇しかし、誰でもが、夢の実現に対して年齢を重ねれば重ねるほど、消
極的になっていってしまう。自分の能力に対する自覚と先が見えてしま
うからだ。しかし、人生は、そんなに予定調和的に時間が流れるもので
はない。


◇何があるのか全く分からない時間の流れが、人生だ。だから、年齢な
んてことは、気にすることはない。年を取っていくということは、それ
だけ自分自身の中に色々な経験知が増えていくことだから、若い時より
もよっぽどチャンスを切り開く力は大きいはずだ。

 
◇そう考えれば、人生に遅すぎるということはないはずだ。スタートは
いつでも切れる。そのスタートを切る権利もスタートを切らない権利も
共に自分自身が握っているのだ。どちらにしても、一歩前に自分を置い
て、人生に取り組んでいこう。そうすることが、自分の人生を楽しくし
てくれるはずだ。

2007年07月19日

キングスレイ・ウォード

幸運に恵まれたときも不運なときも断固として最善を尽くすことが
人生の意味を深めるだろう。

◇人間は、都合のいい動物だから、自分の調子の良い時に、最善を尽く
そうとする。いや自分の調子の良い時にしか、最善を尽くせないような
ところがある。


◇それは、誰もがやる気が高い時に、自分の能力を全開させやすいから
だ。だから、今日の言霊のように、どんな時にも最善を尽くせ!と言わ
れてもなかなか出来ない相談なのだ。


◇しかし、なかなか出来ない相談ではあるが、どんな時にも最善を尽く
そうと意識的に生きていれば、10回に1回は、そういうことができる
ようになってくる。


◇順調な時は言うに及ばず、逆境な時に、最善を尽くせることが何回か
あれば、それが自分の自信となって、どんな時にも最善を尽くすことが、
自分自身のためなのだと実感できるようになる。そうなれば、なかなか
出来ない相談だった常に最善を尽くす!ということが自分のポリシーに
なる。


◇自分にとって、難しいと思えることに意識的に取り組もう。そうすれ
ば、何回かに1回の成功が、自分の支えになって、いつかは難しくなく
なって常態化することだろう。戦う前から負けてしまうことはなくなる
だろう。難しいと思う自分の心が敵なのだ。敵前逃亡だけはしないよう
にしよう。

7月2日号「教育再生会議第二次報告考察」

■巻頭所感
■Pick Up教育ニュース&ポイント
■達人の小技:講習中の宿題
■MBA特集:教育再生会議第二次報告考察
■月刊塾経営の視点:2007年7月度
■イノさんのコミュニケーション道場:第29ラウンド「頭ごなしは、百害あって一利なし」
■数で読む教育:子育てや学校教育に関するアンケート調査

今号の特集は、教育再生会議の第二次答申を受けて、
私の所見を述べ、学習塾経営にとってのヒントを探ろうとしたものです。

答申では、学校教育の複線化が見え隠れします。
学習塾の今までの前提までも変えてしまう可能性のある複線化にどう対応
していくのか、今から考えてみても良いテーマです。

私たちは、常に教育行政の変化に対して、敏感でいるべきだと思います。

ぜひ、今号の特集を契機に、来るべき学校教育に対して具体的なイメージを
持っていただければと思います。

また、今号では、「数で読む教育」で低年齢少年の生活と意識に関する調査
を載せています。
子どもの意識と親の意識が、その中から分かります。
ぜひ、こういう意識調査にも関心を持ち、貴塾の顧客志向が、
本物になるように、日々アンテナを立てていきましょう。

7月は、6月までの準備段階を現実的に開花させる月です。
夏期講習の一般生集客に向けて、全力で取り組んでください。
9月以降の在籍増に向けて最大のチャンスです。

マネジメント・ブレイン・アソシエイツ代表 中土井鉄信

2007年07月18日

『プレジデント・ファミリー』8月号、6月18日発売。

◇本日発売「プレジデント・ファミリー」8月号に

『地域一番塾が見つかるチェックポイント15』というテーマで

弊社代表 中土井 鉄信の取材された記事が掲載されております。


ご興味のある方は・・・お近くの書店にて、お買い求めください。


読者の皆様の御意見・御感想をお待ちしております。


詳しくは、「プレジデント・ファミリー」ホームページをご覧下さい。

http://www.president.co.jp/family/

なお、御意見・御感想はコチラまで。

mailadm@management-brain.co.jp

「帰国」(後編)

○前回のあらすじ

帰国子女の舞とお母さんが塾へやってきたのは小6の5月だった。
中学受験を希望しているのだが、他の塾では断られたらしい。

しかし、僕たちは大歓迎だった。
室長も僕もある確信があったのだ。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

実は、それまでに何人もの帰国子女の生徒の中学受験を経験していた。
「帰国子女枠」を設けている学校も少なくないのだ。


受験条件は学校によって異なるが、「帰国してからの年数」と「帰国前
に住んでいた国」がポイントとなる学校が多かった。


例えば、小学1年生のときに帰国した場合、帰国してからの年数が長
いため、帰国枠としての受験資格を得られなかったりする。


また、「英語圏」の国に住んでいた場合、受験可能な学校が多かったよ
うに記憶している。「英語に堪能な生徒」というのは、学校にとっても
欲しい生徒であるのだ。


問い合わせにいらっしゃった段階で、舞がこれらの条件に合致するか
どうかの確認はしていた。


彼女の場合、帰国後1年に満たない。アメリカに暮らしていたという
ことで、もちろん「英語圏」である。


しかも、お母さんによると、「帰国枠」で受験できる学校をご希望であ
った。この条件で帰国枠受験で不合格だった生徒を実は知らない。入
塾を断る理由は何もない。


英語による面接をする場合があるので、後は舞がしっかりとしゃべる
ことができるように面接訓練を行う必要があるが、英語の先生に協力
してもらえば、ほぼ問題ないだろう。


「入学してから、困らないようにしっかりと学力をつけてあげなきゃ
いけないな」と、早くもそんなことまで考えていた。


最初は遠慮していたようだったが、塾で友達もでき、舞は、徐々に積
極的になっていった。苦手な漢字も一生懸命練習して、少しずつテス
トの点数も上がっていった。


ある日のことだ。授業中の記述問題の書き直しの指示を与えようと思
い、授業後、職員室へ舞を呼び出した。すると、舞がこう言った。


「先生、早くしてね。遅くなっちゃうと、バスをミスしちゃう」


『バスをミスする』。


面白い表現だと思った。一瞬、何のことだか分からなかったが、確か
に「miss」には「電車などを乗りそこなう」という意味がある。


「やはり帰国枠での合格は間違いない!」と思った。もちろん、何の
根拠もないのだが、何故かそう思ったのだ。


舞が帰った後、英語のR先生に、舞がしゃべった「miss」について話
した。


「そりゃ、中3でも、よう使わん表現やな」と神戸出身の彼は関西弁
で言う。「もう、それだけで合格や!」


R先生の関西弁まじりの英語の面接訓練を経て、舞は帰国枠受験に臨
んだ。3校受験し、見事、全校合格。


合格してからも漢字と計算の練習だけは欠かさずやらせた。「ミス」も
かなり減ってはいたのだが。


(登場する生徒名は全て仮名です。)

久保田 万太郎

自分に苦労すると、やっぱり、人のいたわりが違います。

◇私は、この年になるまで、自分自身をどうも上手くコントロールでき
ないでいる。今日の言霊の「自分に苦労する」状態が未だに続いている。


◇つまり、自分で災いを招くようなところが私にはあって、その災いの
定期的な到来で、いつでも我武者羅になって、自分の人生と格闘してい
るのだ。だから、一種の諦めが出てきて、「苦労をするのは、自分だけ
でいい!」と思えるようになってきた。


◇しかし、よくよく考えると、自分が招いたものだから、自分が苦労す
るのは、当たり前の話で、他人に苦労をかけては「申し訳が立たない!」
と言うことなのだ。


◇そういう風に思い出してから、徐々に他人に対して、配慮することが
多くなってきた。自分の所為で、他人に迷惑はかけられないと思うと、
他人だけは、心地よくいてもらおうと思うようになったのだ。


◇これは、苦労が辛いからだ。少なくても他人には苦労して欲しくはない
と思うようになるからだ。


◇今日の言霊が言うのは、そういうことなのだ。苦労した人間は、苦労す
る辛さがわかるので、他人に対して優しくなれる可能性を持つことが出来
るのだ。このことを私たちは、覚えておくことだ。苦労という経験を私た
ちの財産にすることだ。


◇苦労はしたけれど、その苦労が身になっていないと言われないようにし
たい。苦労を自慢するのではなく、苦労が他人に対する配慮になって滲み
出てくることを目指そう。私は、まだまだ修行中だけれども。

2007年07月17日

豊田 佐吉

仕事は自分で見つけるべきものだ。また職業は自分でこしらえるべきも
のだ。その心がけさえあれば、仕事、職業は無限にある。

◇今無職の人の中で、今日の言霊を読んで、奮起する人とそうでない人
がいるはずだ。今日の言霊は、人を二分する力を持っている。この言霊
を読んで、こんなの無理だよと言い訳を言う人とその通りだなと思って、
行動する人が出てくるはずだ。


◇仕事でも何でもそうだが、与えられるものだと考える人と自らが気が
ついて自分の工夫の下に何かをやってしまう人がこの世の中にはいる。
自分には何かをやる力がないと諦めている人と自分には、何かを成し遂
げる力があると思っている人がこの世の中にはいる。


◇私たちの人生の起点は、全て自分自身だから、自分の与えられた状況
をどう受け止め、行動するかで、実は人生が決定する。今日の言霊は、
そのことを仕事に喩えて言っているだけだ。


◇実は、かく言う私も、2000年12月から2001年3月の初めま
では、無職で浪人中だった。一旦勤めた会社も試用期間中に社長と折り
合いが悪くなり、直ぐに辞めた。ちょうど一ヶ月だった。


◇どうしようかな? と思っている内に、学習塾のコンサルタントの依
頼が来て、これで食いつなぐか?! と思っていたら、いつの間にか、
それが職業になってしまっていた。まあ、私の場合は、見つけたのか、
こしらえたのか、という具合ではないが、無我夢中で結局やっていて、
いまに至っている。

 
◇人生は、捨てる神あれば、拾う神ありの世界だ。だから、自分の置か
れた状況にどう自分自身が前向きになれるかだ。雨の降らない梅雨もあ
れば、雨ばっかりの冬だってある。


◇時に人生は、おかしなことが続くが、それでもなお自分を信じて、自
分で自分の状況を乗り越えていかなくてはならないのだ。それが、今日
の言霊の意味だと私は思う。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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どうする?塾選び!

◇最近は、ビジネス誌でも教育問題が取り上げられて、教育に対する関心が、
母親は言うに及ばず、父親にも高まっている。先月発売の「プレジデント・
ファミリー8月号」に私の塾選びのポイントが載ったが、親としてどう塾と関
わったらよいのか、どういう塾を選べばよいのか、簡単に触れておこう。

◇まずは、塾選びだが、どういう目的で、塾を活用するのかを明確にしておい
たほうが良い。学校の勉強をフォローするために塾を活用するのか、学校の成
績を上げ、高校受験で入試に打ち勝つために塾を活用するのか、学校の勉強以
上の勉強をして、難関国私立中高受験に打ち勝つために塾を活用するのか、ま
ずは目的を明確にしておこう。


◇その次に、塾選びだが、まずは、塾の目指すべき実績が何かを知ることだ。
子どもたちの人格的な成長なのか、学校の勉強をしっかり出来るようにするこ
となのか、学校の成績を上げて、高校入試を有利に導くことなのか、難関国私
立中高に合格させることなのか、この点をしっかり調べることだ。こちらの目
的と学習塾の目指すべき実績が一致していないと子どもが板ばさみになってし
まう。


◇こちらの目的と塾の目指すべき実績が、一致した塾を複数選んだら、次は、
どこの塾に入れるのかを吟味する。その時の決め手は、その塾に勤務する人間
の質だ。子どものことをどういう風に見ているのか、自分のことをどういう人
間だと自覚しているのか、勉強に対してどういう考えがあるのか、色々な視点
で、塾に勤めている人間を吟味するべきだ。


◇しかし、そうはいってもなかなかそんなことまで吟味できないから、どうす
るかというと、子どもが通うであろう教室の責任者と面談をして、次のことを
確認しておくとよい。
 1.出来ない子どもに対してどういうフォローをしてくれるのか。
 2.学校の良し悪しをどういう基準で考えているのか。
 3.勉強は、何のためにするのか。
 4.学力はどうするれば伸びると思っているのか。
 5.生徒と先生の関係をどう考えているのか。

この5点について聞いてみて、的確な回答が返ってくれば、安心できるかもし
れない。人柄だけで選んだり、受験の知識だけで選んではいけない。


◇次に学習塾に入ったら、どういう風に親が関与したらよいのかということだ
が、つかず離れずの関係が一番良い。無関心ではいけない。保護者会や保護者
面談には必ず顔を出し、状況を聞き、考えを聞いて塾を活用する。子どもにも
塾の様子を聞く。納得がいかないとことがあったら、こまめに塾に連絡を取る。


◇子どもの状況は、学校や塾の状況と相同的なところがあるから、状況次第で
は、塾を替えなければならない。だから、塾に対してある距離を取りながら、
しっかり付き合っていく姿勢が大切だ。塾にまかせっきりだったり、塾に干渉
し過ぎではいけないのだ。


◇良い塾とは、子どもも親も共にやる気にしてくれる塾だ。子どもだけではな
く、親にも合った塾を選ぶしかないのだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2007年07月16日

質問の効果

◇よく受付応対をテーマに、セミナーや研修を行います。そして、参加者
のロールプレイを見ていると気づくことがあります。以下は、学習塾に
問い合わせに来る親と受付職員の対応のロールプレイの一場面です。

保護者役:「一クラス何人ぐらいなのですか?」
職員役:「だいたい20名くらいです。」

保護者役:「先生は、専任ですか?」
職員役:「はい、すべて専任です。」

保護者役:「休んだら補習をしてくれるのですか?」
職員役:「ハイ。します。」

◇さあ、皆さんは、このような対応をする学習塾にお子さんを預ける決断
をするでしょうか?

◇職員役の方は、質問されたことにきちんと答えています。しかし、2つの
点で課題が残る対応だと考えられます。

◇一つは、保護者が本当に聞きたいこと(知りたいこと)に答えられて
いるかということです?

◇「一クラス何人ぐらいなのですか?」と問う保護者は、人数オタクなの
でしょうか。ただ単に人数が気になって気になってしかたがない方なので
しょうか?

◇私は、この質問をする保護者は、
「大人数のクラスだと、一人一人に先生の目が行き届かないのではないか。
わが子は目を離すと、なかなか学習しないから少人数で先生の目が届く
ような少人数クラスだといいが・・・」とか

「少人数のクラスだと先生と生徒が近くなりすぎて、たるんでしまうので
はないだろうか。大人数の中で、がんがん生徒を引っ張っていってくれる
クラスがいいのだが・・・」など、思い思いの考えや期待を質問の中に込
めているのではないかと思うのです。

◇そうなると、「だいたい20名くらいです。」との回答だけでは、顧客の
期待に応えられないのです。

「だいたい20名くらいですが、人数に関してご心配なことは何ですか?」

とか

「どんな雰囲気のクラスをお望みですか?」

と質問することが、効果的だと考えます。

◇これによって、顧客は自らの不安や期待を自由に発言するチャンスを得
ることができ、受付側でも、顧客のニーズを聴けるという機会に恵まれる
可能性が高くなります。

◇顧客の質問から、顧客の関心ごとに関心を持ち、顧客のニーズを知ること
ができる効果的な質問が受付や営業では求められるのではないでしょうか。

◇もう一つの課題は、次回考えてみたいと思います。


保護者をやる気にさせる面談術!

『はじめに』

◇たまには、私の自慢話を一つ。私が20代後半の現役だった頃、今で
は信じられないだろうが、保護者会といえば必ず立ち見になり(わざと
立ち見にさせる)、お母さんからの花束が3~5つ、プレゼントされた。


◇あの頃は、細身で、元気がよく、生徒にも人気があったから、お母さ
んからの人気も抜群だった。(まあ過去のことだから、好き勝手に言わ
せておこう!と読者の皆さんが思っているだろうことは承知している)


◇もう一つは、私が、30代前半の現役だった頃、保護者面談では、お
母さんからの貢物で随分と生活を助けられた。なにせ、安月給だったの
で。お母さんが面談を終えて帰る時には、何回となく「先生とお話をす
ると元気になって希望が湧いてきます」と言われたものだ。


◇私が、現役の時に行っていたことが、今のコンサルの基になっている
のだが、その当時は、自然と当たり前のようにやっていたことが、実は、
学習塾の運営や経営に非常に重要だったことが、今になってわかった。
ということで、今回は、学習塾の間接顧客である保護者をやる気にさせ
る面談について考えたい。


『面談をする目的』


◇セミナーなどで、私が、保護者面談の目的を参加者に聞くと、ほとん
どの参加者は、生徒状況をお伝えし、保護者の意見を聞くことと答える。
皆さんは、どう答えるだろうか。


◇答えは、不正解だ!今挙げた答えは、目的ではなく、手段だ。面談の
目的は、自分自身を売ることだ。信頼されることだ。それ以外に、面談
の目的はない。自分を信頼してもらうために、生徒状況を伝え、保護者
の意見を聴き、そして的確にアドバイスをし、生徒の今後の展望を語る
のだ。


◇そして、その結果、保護者が、子どもに対してやる気になってくれる
ことが重要なのだ。だからといって、自分を信頼してもらわないで、保
護者をやる気にさせると転塾の危険性が増大することを忘れないように。


◇それでは、どういう手順で、面談をすれば、私たちの目的が達成され
るのだろうか。
  1.生徒の良い点を挙げる(勉強の面、人間的側面の両方)
  2.保護者の生徒評価を確認する(その際、塾の評価もそれとなく
    聞いてみる)
  3.生徒の課題を確認する
  4、保護者の問題だと感じている点を確認する
  5.解決策を論理立てて説明し、その実行を約束する
  6.問題が解決した時の生徒の変貌を予測する(今後の展望を予測
    する)
  7.保護者と塾で、生徒を盛り立てていこうと呼びかける
  8.再度、今後の展望を語り、夢を語る

◇以上のストーリーを意識して、話を組み立てることだ。面談終了時に、
保護者が元気になって笑顔で帰っていけば、大概は面談は成功だ。


『経営者の視点』


◇生徒のやる気を引き出すことは、学習塾の使命だが、それと同じぐら
い重要なのが、保護者をやる気にさせることだ。そのためには、どうい
う段取りで面談を考えるのか、DTSを実行していくのか、考えたほう
が良い。


◇口コミの時代なのだ。誰かのお母さんが、自塾についてどう発言して
くれるのか、このことに私たちの仕事は関わっているのだ。そのために、
保護者対応の充実を考えよう。

大山 倍達

相手を憎めば相手から憎まれる。愛する心が性格改造の第一歩だね。


◇誰かを愛するためには、自分自身が、現実から引っ込んでいなければ
ならない。自分が自分がと自分自身を前面に出している限り、実は、他
人を愛せることはない。まずは、自分を殺して、他人を受け入れる準備
が、愛するためには必要なことだ。


◇その昔、I love youを「僕は、君を命をかけて守る」と訳した日本
人がいたように、愛は、愛する人のために、自分自身を活用することだ。


◇だから、自分が自分がと何かを求めたり、誰かを差し置いて、自分を
アピールしたりする精神には、きっと宿らない。他人のために、何が出
来るかを考えることが愛なのだから。


◇愛することは、自分自身のあり方が問われることだ。本当の愛を求め
て、私たちが、生きていく時、私たちは、自分自身にいつも問いかける
ようになる。「その愛に、自分自身を賭ける決意があるのか」と。

小林 一三

人生に勝利するには、何より勝つ心がけが必要である。人が八時間働く
なら、十五時間働く気概、人がうまいものを食べているときには、自分
はうまいものを食べないだけの度胸がなければいけない。

◇勝ち負けは、相対的なものだ。しかし、その勝ち負けが、自分自身と
の戦いになる時、絶対的なものに変わっていく。そのことに気がつく時、
私たちは、今日の言霊の本当の意味が分かるのだ。


◇私たちは、最初から、自分自身を見つめることはない。最初は、他人
との戦いだ。誰かと自分自身が戦って、その誰かに勝つために努力をす
る。今日の言霊の言うように、「人が八時間働くなら、十五時間働く気
概」が非常に重要になる。


◇そして、そういう相対的な比較の海で一生懸命泳いでいくうちに、自
分自身に力がついてきて、初めて自分自身を見つめることが出来るよう
になるのだ。


◇そうすると、人生の勝ち負けが、他人との戦いではなくて、自分自身
との戦いだと思えるようになる。そして、自分自身との戦いを自分の中
で意識し出すと、私たちは自分自身に自信を感じ、他人に優しくなれる
ようになるのだ。


◇面白いもので、他人との戦いを避けては、自分自身との戦いに向かわ
ないものだ。だから、他人との軋轢を避けないで、堂々と他人と向き合
おう。そうしない限り、私たちの自分自身への旅は始まらないのだ。

2007年07月13日

こういう事態が起こることを誰も予測しなかったのか?!

【記事】学校ぐるみで成績向上「不正」の疑いも 足立区立小
 朝日新聞(2007年7/8)より以下抜粋

 東京都足立区の区立小学校で、区独自の学力テストの採点から障害
のある児童3人を外したことが明らかになった。なぜ問題は起きたの
か。区教委は7日の会見で「今後の調査を待ちたい」と明言を避けた
が、教育関係者からは、学校ぐるみで成績を上げる「不正行為」をし
ていたのでは、との疑惑も出ている。

○「決して平均点を上げるためだったとは思っていない」。3人の答
案を集計から外したことについて、区教委はこう説明した。

○学力テストは小2から中3まで原則として全員が対象だ。ただし、
校長の判断で、障害がある子どもなどの答案は保護者の了解を得た上
で対象外とすることを認めている。しかし、その線引きはあいまいだ。
明文化されておらず、各校への説明会で口頭で1度伝えただけだ。

○問題が発覚した小学校の成績は05年度、72校中44位。ところ
が、3人を採点から外した06年度は1位に。この両年は、同種の問
題がほぼ9割を占めていた。今年度からは業者が代わり、テストの内
容も変わった。5日に公表された今年度の成績は59位に落ちていた。

○問題は回収されることになっているが、校長は「テストの記憶をメ
モにし、似たような問題を使って指導していた」と説明しているとい
う。「不正の結果、成績が上がったのでは」という報道陣の問いに、
斉藤幸枝事務局次長は「確率がゼロだとは言えないが、朝の読書など
に力を入れて指導した結果だとも考えられる」と説明した。

○試験中に間違った解答を見つけると教師が机をたたくなどしていた
という疑惑もあり、区教委は当時の教員から聞き取りを始めている。

○成績が大幅に上がった学校の存在は関係者の間でささやかれていた。

○足立区の小学校に勤務経験のある50代の教諭は、授業中に過去問
を何回も受けさせたり、試験中に校長自らが間違っている子の机をた
たいて書き直させたりしているという話を聞いたことがある。「うち
の校長も『やればよかった』と冗談で言っていたほど。でも命令され
ても、普通の感覚なら『おかしい』と反対するはず」といぶかる。

○足立区の中学校の教諭(59)も「成績の悪い子の答案を採点して
も、上にあげない学校があるという話はきいていた」という。同区は
学校選択制をとっており、保護者にとっては調査結果が数少ない判断
材料になっていることが「大きなプレッシャーにもなっていたのでは
ないか」と話す。

○「足立の教育を考えるネットワーク」の高須有子代表(38)は
「テストの結果で学校の人気が決まるため、校長は躍起になっている。
休み時間を削ってテスト勉強をさせている学校もあると聞く」と憤る。

○自身も2人の子どもを区内の小学校に通わせている。「子どもたち
の間で『バカ学校』『エリート校』という言葉が飛び交っている。人
気校に行けない子はどう思うか。どの学校でも胸をはれるのが義務教
育の良さではないでしょうか」

                ◇

〈学力テスト問題に詳しい耳塚寛明・お茶の水女子大教授(教育社会
学)の話〉

○足立区教委は、学校の責任と教育行政の役割をきちんと分担してお
り、区の学力テストは、支援が必要な学校の「底上げ」を図ることに
重点が置かれていたはずだ。しかし、区教委の説明どおりだと、本末
転倒、その趣旨は実現されなかったことになる。底上げ以前に現場を
ゆがませるのであれば、学力テストの副作用が大きすぎたと考えざる
を得ない。

*私からのコメント

◇今回の記事は、教育の自由競争が、簡単に教育の不正競争に堕落す
ることを表している。特に、学校の効果を第三者が測定しない場合は、
こういう不正が起こりやすくなる。


◇この不正が、中学校ではなく、小学校で起こったのは、中学校では、
高校受験という第三者の選抜が評価の対象になるのに対して、小学校
では、そういう第三者の機能が介在しないからだ。


◇小学校は、学校選択制をもろに受けて、学力テストの結果だけを頼
りに、選択されてしまうという脅迫観念に囚われやすい。そして、そ
の学力テストの結果で、各学校ごとに予算が振り分けられるとすれば、
是が非でも学力テストの結果を上げる必要がある。生徒のためにとい
うスローガンが、学校のためにという対策になってしまう。


◇競争の世界とは、何回も指摘するが、画一化された基準に収斂して
しまう世界だ。子どもの多様性を認めることも、子どもの成長の機会
を複数求めることもなくなってしまう世界になっていくのだ。ただ、
学力テストの結果を出すことに全てがまとまっていくのだ。


◇もし、耳塚氏が言うように、底上げのための調査にしたいのなら、
各学校ごとに独自のテストを作って、実施するべきだ。統一のテスト
では駄目だ。比較が容易になされてしまい、学校の格差が問題になっ
てしまうからだ。そうすれば、結局、不正の誘発になってしまう。


◇教育は、評価を伴う行為だ。生徒の評価と教師の評価を共に行なっ
ていくことが、教育の最低条件だ。そういう視点で、テストを実施す
ることだ。各学校が様々な基準でテストを作り、各学校内で、反省を
することは重要だが、一つの基準で争うようになると、今回のように、
子ども不在の対策が立てられて、教育が時間の無駄になってしまう。


◇教育に安易に自由競争を取り入れてはいけないのだ。今回の記事は、
そのことを端的に表していると思う。

寺田 寅彦

最後の一歩というのが実はそれまでの千万歩よりも
幾層倍むつかしいという場合が何事によらずしばしばある。

◇詰めの甘い人とよく言われた。最後の最後で、ドジを犯す人とよく言
われた。どうも、ゴール目前で嬉しくなって、力が抜けてしまうのだ。
どうも成功の喜びが先にたって、意識が宙を舞うのだ。


◇こんな自分が、今日の言霊を語る資格はないのだが、本当に最後の一
歩が難しいということが、今まで何回となくあった。後一歩のところで、
届かないということが何回となくあった。


◇何事においても、スタートとゴールが付きまとう。良いスタートを
切り、良いプロセスを経て、そして良いゴールを迎える。それが理想
だが、現実的には、良いゴールのみを目指すことになる。


◇良いスタートを切っても、良いプロセスを保証しないし、ましてや
良いゴールなどスタート時点で分かるわけもない。だから、私たちは、
良いゴールを是が非でも迎えて、後付けとしてよいスタートだったな!
とか良いプロセスだったな! とか、言えるようにするだけだ。それ
が一番確実なものだ。


◇昔、小学生の時、先生に「遠足は家につくまでが遠足だからね。最
後までしっかりするのよ」と言われたものだ。良い遠足とは、無事に
帰ってくることなのだ。ゴールまで気を抜いてはならないのだ。

2007年07月12日

稲垣 足穂

花を愛するのに植物学は不要である。

◇絵画を目の前にすると分かるか分からないかを基準にしてしまう人が
いる。ある絵を見て、この絵は分からないという人もいるし、この絵は
分かりやすいという人もいる。


◇こういう人の大半は、絵のメッセージ性を読解しようとしているのか
もしれないが、絵は、芸術作品だから、分かるか分からないかよりも、
自分がその絵を見て、感じるか感じないかを基準にして、眺めればよい
ものだ。絵画の知識(流派や歴史的知識、絵を見る見方)は、あっても
なくても、その絵に素直に対峙してその絵から何かを感じ取れれば、そ
れでよいのだ。


◇今日の言霊も、そういうことを言っているのだ。ただ単純に対象に向
き合って、そこから何かを感じるのならば、感じればよいと言っている
のだ。余計な知識など必要としないと言っているのだ。


◇私たちは、知っているかいないかに重きを置きがちだ。しかし、それ
以上に重要なのは、その対象物を見て、何を感じ取れるかなのだ。


◇何かを眺めて、その何かが美しいと思えば、素直に美しいと思うだけ
でいいのだ。そういう素直さを持つことだ。知識に負けて、素直な心を
失ってはいけないのだ。

2007年07月11日

マーク・トウェイン


まず事実をつかめ、それから思うままに曲解せよ。

◇人間は、基本的には独善的なものだ。自分だけが、正しいと思ってし
まうところがある。自分だけが、真理を知っているのだと思ってしまう
ところがある。


◇この特性は、社会に出て、人間に揉まれているとだんだん奥に引っ込
んでいくが、それでも時たま顔を出すものだ。しかし、それが人間とい
うものだから、この人間の特性を思いっきり社会で上手く使っていけば、
それはそれで面白いことになる。


◇その際たるものが、小説家だ。小説家は、事実を徹底的に調べて、そ
の事実を材料として、大きな意味や小さな意味を創造して、物語を創り
上げる。


◇誰でもが、その事実にこんな意味があったのかと驚くほど、小説が面
白くなるし、事実の中に、人間の本質を見出して、それを小説として私
たちに見せてくれたりすると感動する。小説家の独善の世界が、いや事
実に独創的な意味を付与した世界が、私たちを魅了するのだ。


◇だから、私たちも、堂々と事実に自分なりの意味を見出して、自分の
ために、活用すれば、自分を感動させられるかもしれないのだ。今日の
言霊のように、まず事実をつかみ、その事実に自分なりの意味を見出し
(=その事実を曲解して、自分なりの見方にして)、自分の世界を作っ
ていけばよいのだ。そうすれば、私たちの人生は、実に楽しいものにな
るかもしれない。


◇私たちは、現実を自分なりに解釈する権利を持っている。その権利を
行使して、自分なりの世界を創造しよう。

「帰国」(前編)

舞とお母さんが塾へやってきたのは、確か5月の連休が明けた頃だった。


お母さんの話によると、「他にも2件ほど塾を回ったが、受付の段階で断
られた」とのことだった。


なぜか。ちょっとした事情があったからだ。


舞は小学6年生。中学受験を希望していた。今まで全く受験勉強をして
いない場合、小6の5月という時期は中学受験を始めるには決して最適
ではない。状況にもよるが、むしろ遅いと言わざるを得ない。


しかも、舞はアメリカ帰り。いわゆる「帰国子女」であった。現地で多
少の勉強はしていたらしいのだが、中学受験の勉強には程遠い。


女の子が比較的得意な国語も、アメリカ暮らしが長いため非常に不安で
あるということだった。


というわけで、他の塾が入塾を断るのも納得ができなくはないのだ。せ
っかく入塾していただいても志望校に合格できる学力を養える可能性が
高くないからだ。


しかし、こちらとしては、大歓迎であった。入塾を断る理由は何もない。
翌日、舞には授業を体験してもらった。お母さんもご一緒に見学してい
ただいた。


ちょうど、僕の授業だったのだが、「もっと、詰め込みで怖い雰囲気だ
と思っていましたけど、違うんですね。安心しました。」とお母さんに
おっしゃっていただいた。


こうして、舞は塾生となった。

舞とお母さんが問い合わせにいらっしゃった後、見学してもらって、舞
とお母さんが「やっていけそうだ」と判断した場合は入塾してもらお
うということで、室長と意見は一致していた。


「大歓迎ですよね、何の問題もないですよね」と僕。


「そうですね。他の塾は何で断ったんでしょうね」と室長。


ある確信が、僕にも室長にもあったのだ。


○次回へ続く
(登場する生徒名は全て仮名です。)

2007年07月10日

子どもは、社会の子という考え方

◇私たちは、子どもの幸せを祈りながら、教育に時間とお金をかけている。自
分の子どもだから、必死になって、育てているのだ。だから、色々な問題が生
まれる。


◇もし、客観的に子どもを見ることが出来、適切な距離を取ることが出来たら、
子育ては、非常に楽になるはずだ。子育ての問題は、親と子の近すぎる心理的
な距離に起因するところが多いからだ。


◇しかし、なぜそんなに親は子育てを必死にしているのだろうか。親は誰に対
して責任を負っているのだろうか。それは、自分の分身としての子どもだから、
必死に育てているのだろうし、子どもに対して責任を負っているから必死なん
だろう。しかし、その必死さが子育てを上手くいかなくさせているのも事実だ。


◇こういう必死さから自由になるためには、子育てに関する意識を変える必要
がある。そうそう簡単に変わらないだろうが、自分の子どもに責任を持つとい
う考え方から、社会に責任を持つという考え方に変えてみてはどうだろうか。


◇社会から子どもを預かって、子育てをし、社会にもう一度子どもを返すとい
う考え方をとったらどうだろうか。そうすれば、それほど必死になって子育て
をしなくても済みそうな気がしてこないだろうか。子どもを社会の構成員とし
て、恥ずかしくない程度に育てればよいのだ。それ以上にする必要はない。


◇あとは、社会に出た子どもが自分の力で何とかすればよいのだ。こういう考
え方をしていれば、それほど、必死に子どものために何もかもやろうとする必
要がなくなる。子どものためと称して、親の自己満足を満たそうとすることも
なくなるはずだ。


◇子育ては、基本的に、社会に責任を負っているのだ。社会の構成員として恥
ずかしくない程度に、私たちは、子育てをすればよいのだ。そう考えて、少し
は、子どもとの距離を取ってみてはいかがだろうか。自分の子どもというより
は、社会の子どもだという意識で、子育てに臨んでみたらどうだろうか。


宇野 千代

幸福のかけらはいくつでもある。ただ、それを見つけだすことが上手な
人と、下手な人とがある。

◇ちょっと前に、ポジティブシンキングという言葉が流行ったが、今日
の言霊は、このポジティブシンキングに関わるものだ。


◇幸福のかけらは、誰にでも幸福の種に見えるわけではない。もっと言
うと、幸福どころか、不幸の種のように見えてしまうかもしれない。し
かし、ポジティブシンキングが出来る人、いや自然とそうなってしまう
人には、幸福の種のように見えてしまうのだ。


◇それは、どういうことかというと、幸福の種でも不幸の種でも、嫌で
あろうが望むところであろうが、一旦、自分の中に受け入れて、自分の
糧にしようとしてしまうのだ。現実をえり好みして、自分の好きなもの
だけを求めようとはしていないのだ。


◇だから、他の人よりも幸福のかけらを見つけやすいのだ。だって、え
り好みなんかしないで、全てを自分のために使おうとしているのだから。


◇そう考えると、ポジティブシンキングをする人は、自分の成長にとっ
て非常に貪欲な人だということになる。どんな現実でも自分の糧にして、
取り込んでしまおうとする人だからこそ、幸せを感じる機会が多いのだ。
そういう人は、全てのことにおいて積極的になっていくことだろう。


◇どんな現実でも、生きている限り、自分の現実だ。その現実を自分の
ために使おうと心がけることこそ、ポジティブになることだ。


2007年07月09日

国木田 独歩

実行せざる思い付きは空想と称し、また妄想と称す。

◇最近、いたるところでよく耳にする言葉がある。
「やろうと思っていたんです!」。


◇私が、アドバイスすると顧問先の若い社員が、口にする言葉が、先の
言葉だ。そんな時、私は、ついついいつまでにそれをやるのと聞いてし
まうのだが、そうすると大概の若手社員は、「ちょっと手の空いた時に」
と言って涼しい顔をするのだ。


◇昔だったら「今すぐにやれ!」と怒鳴っていたところだが、最近めっ
きり温厚になった私は、「じゃあ期待しているよ。タイミングを外さな
いでね」と言って、その場を後にする。

◇やろうと思っていても、やっていなければ、他人からは何も分からな
い。やろうとしていた矢先ならば、なんとなく他人は察知する。その準
備をしているからだ。私たちに大切なことは、やろうとすることではな
く、やってしまうことだ。やる前にあれこれ考えて、実行に移せないの
ならば、同じだ。それならばやってしまってから、次の展開を考えた方
がいい。


◇兎に角、やってしまうことなのだ。最近の風潮は、どうも失敗に対し
て、消極的だ。失敗を恐れるあまり、手枷足枷になって、行動を抑止し
てしまっている。考えることは大切なことだが、考えるよりも行動する
ことのほうが、もっと大切なことを忘れてはいけない。


◇人生は、行動ありきだ。行動のないところに、結果はないからだ。

ある塾長の塾見学!

『はじめに』

◇大阪の顧問先に、創業4年目で、33歳のおもろい塾長がいる。異業
種からある事情で突如として塾業界に入ってしまった男だから、本物の
塾を経験していないし、見たこともない。そこで、本物の塾を見たいと
いうことで、私の顧問先で、好対照の塾を二つ見学してもらった。


◇一つは、神奈川県の老舗学習塾。この塾は、非常に綺麗だが、未だに
長いす、長机で、生徒をギュウギュウ詰めにしている塾だ。もう一つは、
東京の下町にある世界一汚い学習塾。校舎自体が古臭いし、狭いし、臭
いし、商店街の中にあって、目立たないし、とまあ劣悪な状況の中で、
必死にやっている塾だ。

『どこの塾も同じ悩みを抱えている』


◇まずは、その塾長を顧問先の室長会議に参加させた。7月の在籍生の
入会と退会の分析、夏期講習の集客の中間報告、7月の戦術の確認がそ
の会の内容だ。


◇私の顧問先では、大抵在籍生徒数をオープンにさせているので、室長
会議では、突っ込んだ話が出来る。そして、室長の行動を意識化させら
れる。具体的な数値が、上げられるからだ。その日も、退会者分析を徹
底した。退会の原因が、日頃の生徒フォローにあるのか、それとも保護
者面談の時に、不用意な発言があって、それが引き金になっているのか、
様々な角度から分析をして、他校舎の失敗を共有するのだ。大きな塾で
も、生徒一人ひとりの退学を徹底して分析する。


◇その塾長曰く、「大きな塾も、うちのようなヒヨっ子塾も悩みは同じ
で、いかに生徒と向き合って、生徒を指導していくかなんですね。それ
と保護者に対応することが重要なんですね」。


◇次に、経営会議にその塾長を参加させて、塾業界について理解を深め
てもらった。ここで、私は別の顧問先に行くことになっていたので、あ
とは顧問先のNO2に任せた。その塾長は、校舎ミーティングに参加し、
授業見学をして、そして接待を受けて帰ったらしい。


◇翌日は、その塾長は、昼間から世界一汚い学習塾に見学に行き、通常
業務の風景と授業を見学して、その夜に私とミーティングを持った。


◇その塾長に授業の感想を聞いた。「教師の基本動作が、徹底していま
す。生徒を一発で動かすテクニックは、凄いですね。うちなんか、なか
なか生徒がいうことを聞きませんからね。授業の上手い下手はあるけれ
ど、どの先生もしっかり生徒掌握しているんですね。」と感心していた。

◇その塾長曰く、「二日間で感じたことは、どの塾も悩みは同じで、ど
ういう風に解決するかで、塾の特徴が出ていました。A塾は、組織とし
て解決しているように見たし、B塾は、個人芸で解決しているように見
えた。どちらにしても、問題を解決しなければ、大きくはならないとい
うことです。うちの塾は、その問題の解決が甘いということです。いい
勉強になりました」。


◇その塾長の二日間は、自塾に対しての希望を大きく膨らませたものに
なったようだ。大きくなる方程式を実感できたのかもしれない。

『経営者の視点』


◇他社の視線で、自塾を見てみよう。そうすれば、自塾の弱点も強みも
共に鮮明に分かるはずだ。大きな塾だって大したことはないのだ。昔は
みんな小さかったのだから。

2007年07月07日

日記

** 今週のテーマ **********************

■ 日記 ■

********************************

◇小3の娘に毎週末、日記の宿題が学校から課せられています。
毎週日曜日の夜になると週末の出来事を思い出し、一番印象に残ったこ
とを探して日記にまとめるわけなのですが、これが娘にとっても親にと
ってもストレスがたまります。


◇娘の思うがままに書けば、「土曜日にママと一緒に、買い物に行きま
した。私はスカートと靴を買ってもらいうれしかったです。」なんて言
うつまらない日記になってしますのです。


◇この日記を読むたびに、小5の私の作文を思い出します。小5の夏休
み山の中のキャンプ場に遊びに行ったときのことを作文にしました。
「上をみたらびっくりした。」というフレーズが作文の中にあり、これ
を読んだ私の父親は、「上から恐竜でも降ってきたのか、何をびっくり
したのかわからない」と、批判や皮肉を何度も言い続け、それ以来文章
を書くことが億劫になったのです。


◇さて、娘は自分のようにしたくはないと思うのは親心で、どうしたら
良い文章の書き方を理解してもらえるのか考えた挙句に、主語や述語が
どうだというより、自分自身が何を見て、どんな音や人の話を聞いて何
を感じたかを表現することが大切なんじゃないかと思ったわけです。


◇これは、コーチングにも生かせるNLP(神経言語プログラミング)
というコミュニケーションスキルの中の代表システムという考え方で、
私たちは、視覚、聴覚、体感覚(臭覚、触覚など)などで外部の情報を
キャッチして、自分なりに意味づけをしているというものです。


◇人にメッセージを伝えるときも、人のメッセージを受け取るときも、
この3つの感覚を満遍なくちりばめることで、ありありとしたメッセー
ジの交換が可能になるのです。


◇仕事上の書類作成や企画書等では使えないでしょうが、日記、作文、
手紙等の作成においては、強い武器になります。


◇最近の日曜日の夕方は、娘と週末の話をしながら、その時何が見えた
の?どんな音を聞いたの?または、どんな言葉が聞こえたの?からだの
感じや心の中ではどんな感じだった?なんて聞いて、出来事をありあり
と言葉で表現させてから、日記に取り組ませています。


◇以前に比べると楽に文章が書けるようになったように見えますし、出
来栄えは、先に紹介したものとは比べ物にならない生き生きとした文章
になってきました。


◇もし、作文で困っているお子さんがいらっしゃったら是非試してみて
ください。

武者小路 実篤

自分で自分を支配することが出来ない人は、不幸になりやすい。

◇大概の人は、今日の言霊を「自分自身の感情を支配することが出来な
い人は、不幸になりやすい」と解するはずだ。つまり、自分の感情を上
手くコントロールすれば、不幸にはならないと解する。


◇自分の感情をどうコントロールすればよいのかを分かっている人は、
大概は、どんな状況下でも自分を理性の下におくことが出来る。だから、
それほど不幸になるような状況は作らないものだ。


◇だから、「自分を支配する」ということを「感情をコントロールする」
と解してもよいと思うが、実は、それだけではないように思う。自分の
理性的な判断さえも、自分自身でコントロールすることが出来れば、不
幸にはならない。自分の信念をコントロールできれば、不幸にはならな
い。感情だけではなく、理性的な判断も、自分の信念も、コントロール
してこそ、不幸は遠のいていくものだ。


◇もっと言うと、自分の感情からも理性的な判断からも信念からも、自
分自身を自由にすることが出来れば、不幸はやってこないのだ。世の中
をしなやかに歩いていくことが、実は、自分で自分を支配することだと
考えてみても良いのではないだろうか。

2007年07月06日

教師と教育委員会の関係を問うべきだ!

【記事】柔道の技を何度もかけて脳に障害 中学校教諭を書類送検
 朝日新聞(2007年7/2)より以下抜粋

部活動中に生徒に柔道の技を何度もかけ、脳挫傷などのけがを負わせ
たとして、神奈川県警は2日、横浜市立中学の柔道部顧問の男性教諭
(28)を傷害容疑で横浜地検に書類送検した。「生徒の態度が悪く、
矯正しようと思ったが、指導のつもりだった」と容疑を否認している
という。生徒は後遺症として、記憶力などが低下する高次脳機能障害
が残った。

○調べでは、教諭は04年12月24日、当時中学3年だった男子生
徒(17)に何度も投げ技をかけたり、絞め技で一時的に意識を失わ
せたりして、急性硬膜下血腫と脳挫傷などのけがをさせた疑い。教諭
は、生徒が意識を取り戻した後も、休みを与えず、さらに投げ技をか
け続けたという。
 
○同市教委が「教師の瑕疵(かし)は認められない」と責任を認めな
かったことなどから、生徒と両親が今年2月、県警に教諭を刑事告訴
していた。

*私からのコメント

◇今回の記事を読んで、非常に不愉快になった。私も中学・高校と柔
道をやっていたので、記事の中にある状況が、なんとなくイメージで
きる。高校の柔道部では、たまに先生が、徹底的に生徒をしごくこと
があるが、今回の事件は、明らかに度を超えている。


◇中学生に対して絞め技をかけ、絞め落として(一時的に意識を失わ
せて)それでもなお、投げ技をかけ続けることが指導だというのだろ
うか。明らかに、感情的になった柔道の達人が、弱いものをいたぶっ
たものだ。


◇柔道部の顧問は、体重別の大会で、日本一になったと別の記事には
あった。そんな人間が、本気になれば、どうなるのか誰でもが分かる
はずだ。


◇そして、この事件の市教委の対応だが、これが、また尋常では考え
られないぐらいお粗末なものだ。「教師の瑕疵(かし)は認められな
い」と責任を認めなかった」とあるが、少しでも常識のある人間が、
この事実を知れば、明らかに、「瑕疵」が認められるはずだ。


◇中学生に絞め技をやり、意識が朦朧とした段階で、さらに投げ技を
繰り返すとは、常軌を逸している。教員としてあるまじき行為なはず
だ。完全に怪我を負わせる目的以外には、考えられない。


◇それでは、なぜ市教委は、この教員をかばったのだろうか。それは、
その中学校の雰囲気によるところが多いのかも知れない。被害者の生
徒が、その中学校の教員集団には、よく思われていない可能性がある
のではないだろうか。


◇だから、「それぐらいやっても仕方がない」という雰囲気で、市教
委も流されてしまったのではないか。これは全くの想像だから、的外
れな邪推なのかもしれないが、もし、そうだとしたら、身内意識もほ
どほどにするべきだ。


◇客観的な判断の出来ない集団だということだ。こんな教育委員会や
学校では、全く意味がない。それどころか、その学校の教員集団自体
が意味がない。こんな非常識な人間たちが、子どもたちにものを教え、
生きる力を教えることなど出来るはずがない。


◇今回の事件を機に、教育委員会も学校も自浄能力のある集団に変貌
して欲しい。謝罪して済む問題ではないように思う。

西堀 栄三郎

とにかく、強い願いを持ち続けていれば、降って湧いたようにチャンス
がやってくるものです。その時、取り越し苦労などしないで、躊躇なく
勇敢に実行を決意することです。

◇私たちは希望を語るが、その語った希望を、本当に実現しようとして
いるかどうか、疑わしい時がある。何かになりたいとよく人は言うが、
本当になりたいと思っているのかどうか、ちょっとやそっとでわからな
い人がいる。


◇もし、仮に何かに本当になりたいとすれば、それなりの努力をするは
ずだが、その努力が見えない人がいる。全く自分では何もやらないで、
ただチャンスが来るのを待っているだけ、という人もいる。こんな人が、
案外この世の中には多い。


◇何かになりたいという願いを強く持っても、実は願いを持つだけでは、
何も生まれないのだ。だから、今日の言霊の言う「強い願いを持ち続け
れば」というのは、強く願えば、それなりに行動がともなっているのだ
ろうという前提があるはずなのだ。


◇願いと行動が、結びついているはずだ。だからこそ、チャンスが来た
時に、その準備が出来ているからリスクを犯してまで、チャンスを掴も
うとするのだ。ただ願うだけの人ならば、チャンスが来ても、リスクを
犯そうとする勇気など生まれないはずだ。


◇自分の願いと自分の行動を一致させよう。願いを行動に結びつけよう。
生きている限り、チャンスは誰にでも来るものだ。そのチャンスをリス
クを犯してまで掴もうとする自分でいよう!

2007年07月05日

岡本 太郎

人生に挑み、本当に生きるには、
瞬間瞬間に新しく生まれ変わって運命を開くのだ。
それには心身ともに無一物、無条件で生きなければならない。

◇人生に挑むとは、どういうことだろうか。今日の言霊で言うところの
「人生に挑み、本当に生きる」とはどういうことだろうか。


◇凡人である私たちが、既成概念を打破する芸術家と同じ次元で、人生
を語れないことは重々承知しているが、それでも私たち凡人が、今日の
言霊の100分の1や1000分の1を受け止めて生きるとするとどう
いう生き方が、できるだろうか。


◇人生に挑むとは、自分自身の今までに挑むということではないだろう
か。今までの自分のキャリアに挑む、今までの自分の成功体験に挑む、
今まで自分が築いてきたポジションに挑む、そういう自分自身の過去に
挑んで、自分をいつまでも更新し続けることではなだろうか。


◇そのためには、今まで自分が獲得してきたものを捨て去る決意が必要
なのだ。着膨れになる前にいつでも自分を素にしておくことが自己更新
の鉄則だ。過去や今に拘っては未来の自分にめぐり会えない。今を自由
に生きていかない限り、自己更新は難しい。


◇だから、岡本太郎は、「心身ともに無一物、無条件」で生きろという
のだ。岡本太郎の言うように、私たちは、生きられるかどうか分からな
いが、自己更新し続けようと努力することは、私たちにとっても非常に
重要なことかもしれない。それは日々私たちが、生まれ変わっていく可
能性があるからだ。

2007年07月04日

「場面設定」(後編)

例えば英語の「受動態」の授業。これも僕は前から疑問に思っていた。
ある塾用テキストの例文がこれである。


『This computer is used by Ken.』
(このコンピューターは健によって使われています。)


「不自然でしょ、これ?」と思う。

普通の会話なら、「このコンピューター、誰が使うの?」「健だよ」だ
ろう。


受身の形なんて、日常会話に滅多に登場しないように思う。(もっとも
僕の感覚がおかしいだけなのかもしれないが。)


受動態って、やる側とやられる側の注目度の問題だと僕は考える。上
の例文で言えば、やる側は「Ken」であり、やられる側は「computer」
である。


この両者のどちらにも注目すべきことがない場合、通常は能動態を使
うはずだ。つまり、「健はこのコンピューターを使う」である。


どちらか一方に注目したい場合に、受動態を使うのではないか。


例えば、何らかの理由があって「僕がキムタクを蹴る」という事件が
あったとしよう。(もちろん、そんなことはありえないが)


翌日のスポーツ新聞の一面の見出しはどうなるか・・・・。


『荒木がキムタクを蹴る!』


では、ない。絶対に。なぜなら、荒木は全く無名の、どこの馬の骨だ
か分からない素人。一方、キクタクは誰もが知る、国民的大スター。
よって、見出しはこうなる。


『キムタク、蹴られる!』


である。注目度合いの高いほうが主語になる。この「蹴られる」は受
動態(受身)である。


反対に、僕がキムタクに蹴られても、見出しは、『キムタク、一般人
を蹴る!」であり、『荒木、蹴られる!』とはならない。


『This computer is used by Ken.』が不自然だと感じるのがお分か
りいただけるだろうか。


もちろん、この例文は「受動態の仕組み」として、きっちりと教え
なければならない。


しかし、ただ教えるのと、「受動態とはどういうものか」という思
想なり考えなりがあって教えるのとでは、生徒に与える「知的好奇
心」が異なるのではないか。


『This computer is used by Ken.』を教えるのなら、やはり、こ
れを用いてもおかしくないような場面設定が必要なのだ。

M先生には悪かったが、僕がちょっと口をはさんだ。


「麻美、例えばね、君が欲しい服があるとするだろ。でも、欲しい
んだけどお金がない。で、お母さんにおねだりをするじゃん。

『ねぇねぇ、お母さん、服が欲しいんだけど、お小遣いもらえる?』

で、お母さんが答えるよな。

『分かったわ。じゃぁ、あなた、いくら必要なの?』

ってこんな感じで使うんじゃないかな。分かる?」


「あぁ、そうか」と麻美。とりあえず、その後の英文解説はスムース
に運んでいた。


(登場する生徒名は全て仮名です。)

江戸 英雄

運に恵まれるというのには、努力が必要である。

◇運のいい人は、確かにいるが、その運のいい人が何も努力をしていな
いかというとそうではない。運のいい人は、私の知る限り、物凄く努力
をしている人だ。運を活かしきれる人が、運のいい人だからだ。


◇何も努力をしていない人が、たまたま絶好のチャンスに恵まれても、
その運を最大限活かして、何かを実現することはないだろう。何かを実
現しなければ、その運は使われなかったことになるから、運があったか
なかったかは、他人からは全く分からない。


◇逆にその運を活かした人は何かを実現するのだから、他人からも運が
あったとはっきり分かる。だから、運のいい人だと他人がやっかむのだ。


◇運を活かすためには、運を受け止める努力が必要なのだ。運に身を任
せても駄目だ。運を最大限活かせる自分でいなければ駄目だ。


◇運は誰にでもやってくる。その運を使える自分でいるために、自分の
器を広げよう。そのために、日々の努力を怠ってはいけないのだ。運は
ある日突然やってくるものだから。

2007年07月03日

父親の関与について

◇先週も土曜日、日曜日と京都、大阪で「子どものやる気を引き出す親のア
プローチ」と出して、学習塾の保護者の方にお話をしてきた。子育ては、親子
のコミュニケーションだから、そのコミュニケーションを通して、子どものセ
ルフ・エステーム(自己重要感・自己有能感)を高めることが大切なのだ。


◇このセルフ・エステームが高くなればなるほど、新しいことに挑戦するよう
になるし、何かについてやる気になるようになるのだ。こんな話を具体例を交
えて話し終わった時に、1人のお母さんから、質問があった。

お母さん:先生のお話は、非常に耳が痛かった。いつも私はガミガミ子ども
      に言って、子どもを叱っていた。今日の話を聴いて、改めようと
      思うが、父親の関与は、どのくらいでいいのだろうか。


 中土井 :お父さんは、お母さんの叱ったあとのフォローでいいと思います。
      お父さんまで、ガミガミ言ってしまえば、お子さんの逃げ場がな
      くなってしまいます。お父さんは、お母さんとは違う側面で色々
      アドバイスをしていただくのが一番です。


◇この質問を呼び水に、次のお母さんが、お父さんの言動についてどうしたら
よいのかと質問があった。


 お母さん:うちのお父さんは、自分が子どもの頃に他人に言われなくても勉
      強をしていたらしいので、子どもが、自分で勉強をやらないと、
      すぐに子どもを小ばかにしたようなことを言って、子どものやる
      気を殺ぐのです。だからといって、私が、お父さんに注意をする
      ことも出来ないのですが、どうすればよいですか。


 中土井 :お父さんの意図をお子さんにお母さんから伝えてください。「お
      父さんは、あなたに1人で勉強してほしいから、皮肉を言ったの
      よ。」という感じで、お母さんがフォローをそっと入れてみてく
      ださい。


◇最近、お父さんまで、教育に熱心になってきているが、子どもに対して、お
母さんとお父さんが、同じ視点で注意をしたり、アドバイスをするというので
は、子どもの居場所がなくなってしまうかもしれない。この点を十分注意して
ほしい。


◇お父さんは、お母さん以上に子どもを客観的に見ることが出来るはずだから、
その立場を十分有効に使うようにしてほしい。お母さんに対するアドバイス役
という感じで、双方に臨むのがよいのではないだろうか。

本田 宗一郎

私は自分と同じ性格の人間とは、組まないという信念を持っていた。

◇本田宗一郎には、藤沢という相棒がいた。全く正反対の個性の持ち主
の二人が、世界のホンダを築いた。それは、二人の補完関係が、非常に
上手くいったからだ。お互いがお互いを尊重しながら、お互いに欠けて
いるところを補いながら進んでいったのだ。


◇今日の言霊は、そんな本田宗一郎のものだけに真実味がある。大きな
人間は、自分だけで大きくなってはいないということだ。自分を拡大す
るために、自分とは全く違う人間を自分の中に取り込もうとするのだ。


◇これは、全く違う性格や個性を取り込もうとするのだから、非常に辛
いはずだが、それでもあえてそれをしようとするところに、その人の大
きさが現れている。


◇私たちは、往々にして「イエスマン」を自分の側に置いておきたいも
のだ。耳に心地の良い言葉だけを聴いていたいものだ。しかし、そんな
ことをしていれば、自分自身がおかしくなって、自分の判断が狂い、せ
っかく自分が築いてきた全てのものが消えていくことになる。


◇過去の長い歴史を見てもそんなことは分かりきっている。それでも私
たちは、ついつい「イエスマン」を置いてしまう。それだけ私たちの心
が弱いからだ。


◇だから、今日の言霊のように、そういう風にならないために、信念を
持つことだ。ついつい流されてしまう自分の心に歯止めをかけることだ。
どんな人間でも心の弱さは同じはずだ。それをそのまま放置しない努力
をするかしないかだ。

2007年07月02日

6月15日号「問い合わせを確実に講習参加に結びつける~効果的な受付対応を考える」

■巻頭所感                       
■Pick Up教育ニュース&ポイント                  
■達人の小技:スピード感                              
■MBA特集:問い合わせを確実に講習参加に結びつける~効果的な受付対応を考える      
■学習塾標準化計画:保護者面談①                                                  
■イノさんのコミュニケーション道場:第28ラウンド
【あなたの思いを伝えよう】                
                  
■今月の採用面接:何を隠したいのか?                            
■誌上セミナーレポート:2007年5月個別指導塾生徒倍増セミナー~成功しない個別指導    

今号の特集は、
「問い合わせを確実に講習参加に結びつける~効果的な受付対応を考える」です。

夏期講習という大イベントを控えて、各塾ともに集客についての準備には、
余念のないところだと思いますが、その中で盲点になっているのが、「受付対応」ではないでしょうか。

生徒との接点作り、保護者との接点作りに関しては、サクセスネットを通じて何回となく特集を組んで来ましたし、読者の皆さんも行動に移してこられたと思います。

 しかし、「受付対応」に関しては、それほど意識されていなかったのではないでしょうか。機会損失という意味で、「受付対応」を考えてはいても、積極的対応として「受付対応」を考えては来なかったのではないでしょうか。

今号の特集は、積極的「受付対応」とでも言った内容になっています。

ぜひ、参考にしていただき、この夏期講習の集客を成功させてください。


マネジメント・ブレイン・アソシエイツ代表 中土井鉄信

クールビズをどうするか!

『はじめに』


◇先週、ある情報交換会で、クールビズの話が出た。大手学習塾の社長
の話だと、父母面談で、お母さんから、なぜクールビズにしないのです
かと職員が言われたそうだ。


◇また、本部の職員からもクールビズの話が出たので、現場の教室長を
集めて、討議したそうだ。結局は、その大手学習塾では、クールビズ導
入を見送ったそうだが。


◇クールビズについては、学習塾には関係ないと思っている方もいるだ
ろうが、そうではないのだ。学習塾の地位が向上してくればくるほど、
社会の話が塾の中にも影響を与えるのだ。そこで、今回は、服装の問題
を考えてみよう。


『服装は何を表すのか。』


◇昔、学習塾は、社会的地位が低かったから、服装については、保護者
のほうもそれほど気にはしていなかった。社会人としてどうなのか? 
と思えるような服装をしていても、学校の先生もそんなもんだから仕方
がないやと思っていた。ノーネクタイで、ジャージでもTシャツでもそ
れほど問題はなかった。


◇かく言う私も、23年前は、GパンにTシャツで授業をしていた。ま
たあまりにもGパンが汚いので、その当時の塾長にスラックスを着用し
ろ!と言われて、1ヶ月ごねてやっとスラックスをはき、TシャツをY
シャツにするまでにさらに1ヶ月抵抗し、Yシャツにネクタイをつける
までに数週間抵抗をして、サラリーマンの格好になった。それほどまで
に、格好については、あまり気にしない業界だった。


◇逆に言えば、学習塾が、企業ではなかったのだ。だから、学習塾が企
業化していくと当然、服装については、神経質になっていき、時間講師
に白衣を着せたり、社員にドレスコードの遵守を求めたりという状況に
なっていった。


◇そういう状況になってくると、社会の目も一般企業並みの要求水準に
なる。保護者から見れば、社会人としての服装のコードで学習塾を見る。
だから、普通の社会人の服装をしていないと、その人間にクエッション
を感じるようになった。この先生は、本当に大丈夫なのかと。


◇特に、若い教師の場合は、若いだけで保護者は不安になるから、社会
人としてしっかりとした服装が求められる。見た目から信用されないと、
話の中身まで、受け入れてもらえないのだ。


◇チャラチャラした服装では、その本人の社会的な見識が、疑われてし
まうのだ。だから、大手学習塾は、ドレスコードをしっかり社員に遵守
させるのだ。若い教師になればなるほど、ネクタイ・スーツ着用が、ポ
イントになるのだ。


◇しかし、やっと定着したドレスコードだったが、ここに来て、クール
ビズが、社会的に謳われるようになった。省エネ・環境問題が、社会的
な関心事となり、夏の暑い時期に、わざわざ暑いような服装をしないで、
極力涼しい格好をして、エアコンの温度を押さえて、省エネを実行し、
環境問題に配慮しようということが、謳われだしたのだ。


◇せっかく、見た目を充実させて、若い社員の信用を少しでも高めてい
こうとしてきた学習塾の努力が、クールビズでストップをかけられそう
になった。このままスーツ・ネクタイ着用でいこうか、クールビズに配
慮しようかというわけだ。


◇基本的なことを言えば、この選択は、学習塾の成長過程で異なる。ま
だ成長途上で、未熟であれば、クールビズに配慮する必要はない。また
は、エアコンの温度調整は、クールビズ並みに行なって、スーツ・ネク
タイ着用で通すべきだ。


◇逆にある程度地域で、ステイタスのある塾は、クールビズをセンス良
く実行したほうが良い。あまりにもラフな格好は論外だが、塾でデザイ
ンしたTシャツを職員でそろえ、生徒にもそろえさせたら良いのだ。夏
限定のTシャツでクールビズをアピールしてよいのではないだろうか。


『経営者の視点』


◇社会の目が、学習塾に厳しい。先日倒産した学習塾は、授業料年間一
括払いの非常に特異な塾で、有名な塾でも何でもなかったが、それでも
塾業界全体の問題になって読売新聞やその系列のテレビ局で、大々的に
報道されてしまった。


◇私も日テレのニュースでインタビューを受けたが、その内容は、学習
塾の経営全般のものだった。今、社会の目は、私たち業界に厳しいのだ。
そのことを意識した塾経営をしてほしい。そうしないと業界全体が、元
気を失くしてしまう。

五島 慶太

自分より偉い人はみんな利用しなければだめだ。

◇リーダーになる人は、誰でも自分以上の能力のある人間を活用して、
自分の夢の実現に邁進している。それは、リーダーが、自分の能力を正
確に把握している証拠だ。


◇自分にはない能力を誰かが持っているのであれば、その誰かの力を借
りてでも夢や目的を実現したいと願う。それがリーダーだ。自分の小さ
なプライドよりも自分の大きな夢に全てを賭けているからだ。


◇私たちは、ともすると小さなプライドを尊重してしまって、もっと大
切な自分の大きな夢を実現することを忘れてしまう。自分の面子を気に
してしまって、自分の大きな目的を後ろに追いやってしまう。今の自分
がかわいいから、未来の自分を台無しにしても、それほど気にはしない
のだ。


◇しかし、今の自分をかわいがっても、結局は、今の自分にとっては、
何もならない。面子は保たれるが、自分の気がつかないところで大きな
恥をかいているものだ。


◇たとえばこんな具合だ。「あの人に任せておけば上手くいったのに。
人を信用できない人間なんだな」そんな物言いが自分の知らないところ
で、随分と交わされているはずだ。


◇私たちは、自分自身のリーダーなのだ。そのことを私たちは忘れるべ
きではない。自分の目的や夢の実現のために、自分の足りない部分を他
人に補ってもらおう。そのぐらいの度量を私たちは、持つべきだ。

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