子どもは、社会の子という考え方
◇私たちは、子どもの幸せを祈りながら、教育に時間とお金をかけている。自
分の子どもだから、必死になって、育てているのだ。だから、色々な問題が生
まれる。
◇もし、客観的に子どもを見ることが出来、適切な距離を取ることが出来たら、
子育ては、非常に楽になるはずだ。子育ての問題は、親と子の近すぎる心理的
な距離に起因するところが多いからだ。
◇しかし、なぜそんなに親は子育てを必死にしているのだろうか。親は誰に対
して責任を負っているのだろうか。それは、自分の分身としての子どもだから、
必死に育てているのだろうし、子どもに対して責任を負っているから必死なん
だろう。しかし、その必死さが子育てを上手くいかなくさせているのも事実だ。
◇こういう必死さから自由になるためには、子育てに関する意識を変える必要
がある。そうそう簡単に変わらないだろうが、自分の子どもに責任を持つとい
う考え方から、社会に責任を持つという考え方に変えてみてはどうだろうか。
◇社会から子どもを預かって、子育てをし、社会にもう一度子どもを返すとい
う考え方をとったらどうだろうか。そうすれば、それほど必死になって子育て
をしなくても済みそうな気がしてこないだろうか。子どもを社会の構成員とし
て、恥ずかしくない程度に育てればよいのだ。それ以上にする必要はない。
◇あとは、社会に出た子どもが自分の力で何とかすればよいのだ。こういう考
え方をしていれば、それほど、必死に子どものために何もかもやろうとする必
要がなくなる。子どものためと称して、親の自己満足を満たそうとすることも
なくなるはずだ。
◇子育ては、基本的に、社会に責任を負っているのだ。社会の構成員として恥
ずかしくない程度に、私たちは、子育てをすればよいのだ。そう考えて、少し
は、子どもとの距離を取ってみてはいかがだろうか。自分の子どもというより
は、社会の子どもだという意識で、子育てに臨んでみたらどうだろうか。

