モンスターペアレンツに思う!
◇最近、モンスターペアレンツの話題が、何かとマスコミに登場する。新聞や
テレビの報道を見聞すると驚くべきクレームが学校に寄せられているようだが、
何でこんなクレームを親が言うようになってしまったのだろうか。
以下新聞からの抜粋。
・義務教育なのだから、野球部のユニホームは学校で洗って欲しい。
・おもちゃの取り合いで喧嘩になったのだから、おもちゃを幼稚園に置かな
いで欲しい。
・いじめが原因で、学校を転校することになったのだから、新しい学校へ通
う分の交通費を負担して欲しい。
・朝早く起きられないから学校で起こして欲しい。
◇こんなクレームを親が学校や幼稚園に堂々と言ってしまう。そして、それに
対して学校の教師が、狼狽する。こんな報道がここ何ヶ月か続いている。親の
社会性が問われるこのようなクレームを学校の教師が、毅然とした態度で諭せ
ないことも問題だが、それ以上に、親のこの厚顔無恥さに呆れる。しかし、こ
のような現象が発生するようになったのは、どうしてなのか。
◇私の考えでは、一つは、学校教育の相対的地位の低下が挙げられる。以前と
比べて、格段に社会的地位が低下している。学校の言うことは昔は絶対だった
が、今は胡散臭く思われている。学校の先生は、尊敬の対象からバッシングの
対象になってしまった。
◇それに伴って、今までは、学校の先生は、生徒を評価する側だったから、他
者から評価されているという意識が低い。親からどう見られているか、全く考
えていないので、批判されやすいのだ。
◇もう一つは、教育の私事性の問題だ。教育を受けるのは、自分のためだという
意識が完全に定着した。そのため、学校や教師を自分のために使おうという意識
が無意識のうちに働くのだ。この考えは、戦後教育の中で広まった考え方だが、
この考え方は、教育勅語の反動で、この考え方が教育の全てを語っているわけで
はない。
◇教育は、社会の公共財だから、教育を受けるのは、社会のためなのだ。個人の
ためにもなるが、社会構成員として生きていくために、また社会に貢献していく
ために社会の公共財を学ぶのだ。教育は、個人的なものではなく、社会的なもの
なのだ。このことを最近の親やマスコミや政府は、忘れているのだ。
◇親を見て子どもが育つとすれば、このモンスターペアレンツの問題は、非常に
恐ろしい。私たちは、子どもに社会生活上のルールを教えていく存在なのだから、
こんなモンスターペアレンツにならないように注意しよう。
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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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