相田 みつを
ぐちをこぼしたっていいがな 弱音を吐いたっていいがな 人間だもの
たまには涙をみせたっていいがな 生きているんだもの
◇今日の言霊を自分の中で受け入れるようになったのは、確か40代に
なってからのことだ。それまでは、何を言い訳を擁護しているんだ!と
ばかり思っていたし、愚痴を言うところ、弱音を吐くところ、涙を見せ
るところが、問題だ。それをクリアしていれば、許してやろうとえらそ
うなことを思いながら、この言霊を鑑賞していた。
◇しかし、愚痴を言うところを心得ている人間、弱音を吐くところを心
得ている人間、涙を流すところを心得ている人間は、実は思いっきり強
い人間なんだと思うようになった。
◇弱い人間だからこそ、どんな時にでもふと自分の中で歯止めが利かな
くなって、愚痴や弱音や涙が出てくるのだ。そのことを理解しない限り、
私は、弱者なのに、弱者の側に立てないと気がついた。それが、40代
のことだった。それからは、この言霊が、好きになって、人間観が深ま
ったように思う。
◇私たちが生きていくということは、自分の思い通りにはいかないと言
うことだ。そんな中で、ふとした淋しさや悲しさを正直に受け止めて、
それを言葉にしてもそれほど大したことではないはずだ。それを弱い人
間だと誹謗しても何も意味はない。そのことを今日の言霊は私に教えて
くれたのだ。
◇人間の弱さを自覚してそこに寄り添って生きていくことは、非常に難
しいことだが、重要なことなのだ。この視点が、実は自分自身をも受け
入れる視点であるはずだ。人間だもの弱くたって恥ずかしくはないのだ。

