庄野 潤三
世の中がどんな風に変わっても、人間が人間らしく生きてゆける
世の中である限りは、義理も人情も、やっぱりあった方がいい。
◇私たちは、恩を受ければその恩に報いるために、その受けた恩を一生
忘れない。私たちは、他人が困っているのに、その困っている他人を見
殺しにして、自分のために先に進むことを潔しとはしない。
◇世の中は、持ちつ持たれつだから、自分が困れば、誰かに助けてもら
うし、他人が困っていて、自分が順調な時は、手をさしのべる。そうい
う相互扶助の精神が浸透している世界に私たちは、生かされてきたのだ。
◇しかし、最近は、そういう相互扶助が、ある一定の世界の中でしか機
能していないように思う(仲良し集団の中でしか)。個々人がバラバラ
になって他人の幸せも不幸も知ったことではないようになってきてしま
った。自分のことだけを考える小さな人間がどんどん増えてしまった。
◇自分のことだけ考えても生きていける安易な世界になったからかもし
れないが、それでも、私たちは、同じ世界の中の構成員として、こんな
ことでは情けない気がする。
◇今日の言霊も指摘するように、私たちの心の基本である「義理人情」
という感性をどんな世界になっても、どんな時代になっても忘れてはい
けないように思う。人間が人間らしくあるということは、そういう感性
が、自然と発揮されることを言うのだ。いつの時代にも私たちは、人間
らしくいたいものだ。

