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先生と呼ばれる人が、変なことをするのは、なぜだろう?

【記事】顧問教諭は停職に PK外して全裸ランニング 大阪
 朝日新聞(2007年9/14)より以下抜粋

大阪市東住吉区の市立中学校で05年8月、サッカー部員を全裸で走
らせた顧問の男性教諭(48)を、市教委は13日付で停職2カ月の
懲戒処分にし、校長(57)を文書訓告にした。


○市教委によると、教諭は05年8月17、18日の練習中、「プレッ
シャーに勝つため」として、ペナルティーキックを外した部員計8人
に対し、全裸で校庭を走るよう指示した。保護者から抗議があったが、
校長は市教委に報告していなかった。

*私からのコメント

◇この記事を読んで、なんでこんなことをいい年をした人間が、やら
かすのだろう?と不思議に思う人は、多いに違いない。こんな馬鹿げ
たことをする人間は、今の世の中でいるはずがないとも思うだろうが、
しかし、現にいるのだ。それも先生と呼ばれる職業の人間が、こうい
う馬鹿げたことをするのだ。


◇それは、なぜなのか。それは、先生という人間の置かれた環境に起
因するところが多い。最近は、社会的な目が厳しいので、学校の先生
初め、医者や弁護士や代議士は、批判の対象に置かれているが、その
昔は、先生と呼ばれて崇められていた。そして、先生と呼ばれるよう
になると、誰からも批判の対象になることはなかったのだ。


◇特に、学校の先生は、学校内にいれば、生徒に権力を振るう最高権
力者だった。子どもという社会的未熟者を指導しているという優位性
があるから、子どもの批判を真っ向から受けることはなかった。また
学校内で全てが処理されて、問題が社会に出ていかなければ、どんな
ことでも許されていた。そんな環境に長年いれば、常識的なことが欠
如してしまうのは、当たり前だ。


◇そして、学校の先生がやることは、児童・生徒のためを思ってやっ
ていることだからという免罪符が功を奏して、自分のやることなすこ
とに自己批判も他者批判も及ばない環境になってしまっていたのだ。


◇また学校の先生の自律性の尊重が、このような自己批判も自己反省
力もなくしてしまうのだ。他者からの批判の目が、人間には、必要だ
が、その環境に先生と呼ばれる人たちはないことが多い。


◇だから、こんな馬鹿げたことが起こってしまうのだ。だから、開か
れた学校作りは、非常にいい試みだ。今まで通用していた学校内での
常識が、社会の常識のまな板に載せられるだけ、今よりは、随分と変
わるはずだ。「先生といわれるほどの馬鹿はなし」という自戒の言葉
を私たちは、もう一度掴みなおすことだ。

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