バチは何処から来るのか?
◇私の友人に口癖のように「バチが当たった!」という人がいます。
先日も「最近身体の調子が相当悪い。きっとバチが当たったんだ。」と訴え
てきました。
◇「何のバチなんだい?」と聞くと、つい最近、車を買い換えたのだが、
以前に乗っていた車の下取りと値引きで、80万円程の値引き交渉をした
というのだ。車好きの彼が言うには、かなり強きの交渉をして担当の営業
マンも困っていたほど、一般人なら叶わない額なのだそうです。
◇なぜ、そのことと体調不良がバチというキーワードでつながるのかよく
わからなかったのですが、彼の論理では非常にシックリきているようでした。
◇さて、先日レストランで食事をしていたとき、隣の席に座っていた、
小学校低学年のお嬢さんとお母さんと思われる二人が、こんな会話をして
いました。
子ども「おかあさん。お金のなる木があったらお母さんほしい?」
お母さん「そうね。その木をもらって何も悪いことが起きないとわかって
いればほしいな。悪いことが起きないとわかっていなければ
いらないな。」
子ども「(ポカーン。)」
◇私は、「子どもは、そんなことを聞きたいんじゃないよ!」と心の中で
思いながら、私の友人と同じような思考回路だなと感じ、こんな信念を
持っている人は、日本人に意外に多いのかもしれないとも感じました。
◇車の費用を値切ったことと自らの体調不良、金のなる木(おそらく、楽を
してお金を得ることの罪悪感)と不幸の間には、何の論理的因果関係も無い
はずなのに・・・。
◇このバチという信念は、バチが降りかからないようにとの消極的かつ守り
の姿勢をつくり、自分自身の行動に必要以上に制限を加えてしまう可能性が
あります。
◇また、現在起きている不幸の原因を過去に求めるために、解決策のない
コントロール不能状態を自ら作り上げ、問題解決の方法を学ぶ機会を
見失ってしまうことも考えられます。
◇今回の例のように、論理的に根拠の無い信念で、問題の本質を見失って
いる場合は、誤った信念は、一旦棚上げした上で解決方法を考えてもらう
ことが大切です。
「もし、~でないとすると・・・」という仮定法の質問でそれが可能にる
かもしれません。
例えば
「今回直面した問題や不幸が、以前のあなたの行為のバチでないとすると、
今後何ができるでしょうか?何をしましょうか?」
のように・・・。

