閉鎖的な社会だからこそ、学校の世界は特殊化するのだ!
【記事】学力テストで問題事前配布「教育指導室長が主導」足立区教
委調査結果
読売新聞(2007年10/12)より以下抜粋
2005年1月に実施された東京都の学力テストの約1か月前、足立
区教育委員会が校長に実物の問題用紙などを配布していた問題で、同
区教委は12日、「当時の教育指導室長が事前配布を主導した」とす
る調査結果をまとめた。
○成績を上げるため不正行為を校長に促したとの疑惑については「そ
の意図はなかった」と否定したが、配布の際に室長が「ご活用願いた
い」などと発言していたことも判明した。
○報告書によると、当時の室長は問題用紙が校長会の前日に都から届
けられることを知ると、部下の指導主事らに対し、校長会の配布資料
の中に問題用紙を入れるよう指示。これに対し、指導主事2人は事前
配布に反対したという。配布の目的について、当時の室長は「(名前
の記入形式などに慣れてもらい)テストを円滑に実施するためだった」
と説明。しかし、校長への聞き取りでは110人中54人が「活用・
準備を促す発言で、不審に思った」などとした。区教委は「多くの校
長が不正を強いられているような感情を抱いた」とは認めながらも、
「区教委側には不正を促すような気持ちはなかった」と結論付けた。
○一方、教育長の関与については、当時の室長は「当日朝に教育長か
ら配布の了承を得た」と証言したが、当時の教育長は「知らない」と
否定している。
*私からのコメント
◇学校の世界は、閉鎖的な世界だ。そしてそれは、教育委員会の世界
まで続いている。やっと最近、民間の校長先生が誕生したが、それで
も、まだまだ閉鎖的な世界なのだ。
◇そして、その閉鎖性が問題になるのが、ある種の判断をしなければ
ならない時だ。ある種の判断は、常識に照らし合わせてするのだが、
世間の常識と閉鎖的な社会の常識と二つの常識がある場合、どちらの
常識を優先させるのか、その優先のさせ方で問題が起こる。
◇今回もそのことが記事の中にある。指導主事二人は、問題用紙の配
布に反対した(=世間の常識)が、室長は、練習と称して問題用紙を
配布した(=学校の常識)。この程度のことなら問題ないと判断した
のだ。
◇また、問題が発覚してからの今回の報告だが、この記事を見ても分
かる通り、どこか世間の常識とはかけ離れている。「ご活用願いたい」
と発言しておいて、なぜ不正行為を促す意図がなかったと言い張れる
のだろうか。また『区教委は「多くの校長が不正を強いられているよ
うな感情を抱いた」と』認めながら、なぜ『「区教委側には不正を促
すような気持ちはなかった」と結論付けた』のだろうか。
◇世間の常識であれば、相手がそう感じてしまったのならば、確かに
そうかもしれないと一旦は、その発言からその当時のことを率直に認
めるだろう。しかし、随分と違った結論になっている。身内同士の調
査で、身内の論理だけを見ているから、こういう結論になるのだ。世
間が注目していること以外は、身内の論理だけが通ればいいのだろう。
◇閉鎖的な世界だから、身内の論理がまかり通って、世間に通用する
論理なんぞは、世間が騒ぎ立ててから考えればよいと思っているのか
もしれない。閉鎖社会は、誰からの批判も受けないから、変な判断が
まかり通るのだ。
◇開かれた社会では、第三者が勝手に批判をしてくれるから、批判が
出ないように必死に考えて客観的な判断がなされる。今までの世間の
常識に照らし合わせながら、誰もが納得のいく結論を導いていくから
だ。
◇学校をさらに開かれたものにしよう。そうしなければ、日本の子ど
もたちは、幸せにはならない。

