西田 幾多郎
東洋の文化の根底には、形なきものの形を見、声なきものの声を聞くと
いった様なものが潜んで居るのではなかろうか。
我々の心はこの如きものを求めてやまない。
◇最近の私たちは、目に見えるものだけを信じ、形になっているものだ
けを実在のモノだと思っている。だから、目には見えない人間の感情に
対して、あまり気遣いができないようになってしまった。
◇自然に対しても同じで、自然のお陰で人間が暮らしていけるのに、は
っきりとそのことが、私たちに自覚されていないから、自然に対しての
畏敬の念も忘れてしまった。私たちは、目には見えないが、私たちにと
って重要なことがあることをすっかり忘れて、自分だけが重要な存在だ
と思うようになってしまったのだ。
◇しかし、そうはいっても、目には見えないが、重要なことがあるので
はないかと思ってもいる。だから、新興宗教が生まれては消え、消えて
は生まれるのだ。
◇それは、今日の言霊も指摘するように、東洋文化はこの形なきものの
形を見ることや声なきものの声を聞くことに対して、非常に繊細な感性
を持っていたからだ。実在することと実在しないことの区別などないよ
うに、考えていたからだ。だから、まだまだ消えそうだとは言え、目に
は見えないものに対して、私たちは、何かを感じるのだろう。
◇私たちが、今取り戻さなくてはならないのは、この感覚だ。つまり、
目には見えなくても、何も聞こえなくても、何かがあると思って、何か
に気づくことをもう一度私たちは、獲得し直すべきだ。気づき(=察す
る)の敏感さをもう一度私たちは、取り戻すべきだ。
◇形なきものの形を見よう。声なきものの声を聞こう。そういう感性を
もう一度取り戻そう。
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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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