倉田百三
信じてだまされるのは、まことのものを疑うよりどれほどまさっているだろう。
◇私は、高校生の時の倫社の授業で、「自力本願」と「他力本願」につ
いて知った。その当時は、「自力本願」が「他力本願」よりもよい考え
方だと思い、私も人に頼らず、自分で道を切り開いていこうと思った。
◇しかし、今から15年ほど前、その考え方に少し変化が生まれたのだ。
仏教のいう本当の教えはよく分からないが、もし、私を殺しに来た人間
がいたとして、私は、「自力本願」で行くべきか、「他力本願」で行く
べきか、どちらだろうか。自分を守るために、その人と一戦を交えるべ
きなのか、それとも、「他力本願」で、仏に祈って、その人に私を賭け
るのか。
◇本当の強さは、どちらにあるのか。そう思った瞬間、「他力本願」の
ほうが、よっぽど「自力本願」より強い考え方なのかもしれないと思っ
たのだ。自分の命を他人に預けてみることが出来る強さは、並大抵では
ないだろうと思った。
◇今日の言霊もそれに似ているように思う。たかが自分の人生だ。誰を
信じるとか信じないとか、そんなことではなく、人間を信じることが、
人間に裏切られるよりは、大切なことだとしたら、黙って信じればよい
のだ。私たちは、人を信じた瞬間から「他力本願」の領域にはいってい
くことになるのだ。腹をくくろう!そのほうが、誰彼なく疑うよりは、
よっぽどましだ。
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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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