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2008年02月29日

教師の授業における努力を求めるべきだ!

【記事】1コマ30分に短縮 埼玉の高校初「集中力アップ」

 朝日新聞(2008年2/25)より以下抜粋

○1コマ50分が一般的な高校で、科目の一部に30分授業を導入する
試みが、この春、埼玉県立高校の再編で誕生する鶴ケ島清風高校(鶴ケ
島市)で始まる。東京都や兵庫県での実践例を視察して、埼玉県で初め
て採り入れた。


 
○鶴ケ島清風は、現在の鶴ケ島と毛呂山の2校を統合してできる全日制
の単位制普通科高校だ。240人を募集し、7クラスを編成する。応募
倍率は、5日に面接があった前期で1.77倍、27日に学力試験があ
る後期は1.09倍だった。
 
○開校準備を進める鶴ケ島高校によると、30分授業は1年生の国・数・
英の3科目に限定し、月~金曜の午前中に毎日3コマを連続して行う。
 
○家庭学習の習慣がついていない生徒や、小学校の算数でつまずく生徒
に配慮した。大木充教頭は「短時間で集中力を高めて、毎日繰り返し学
ぶことで力を伸ばしたい」と抱負を語る。
 
○開校にあたり、先生たちは、30分授業の先進校で、基礎学習に力を
入れる東京都立の「エンカレッジスクール」である足立東(足立区)や、
兵庫県立神崎高校(神河町)を視察した。
 
○「問題校」と言われたこともあった神崎高校は今、30分授業や体験
学習の取り組みを経て落ち着きを取り戻し、「再生」の様子を記録した
本も出ている。
 
○鶴ケ島清風も、これらの高校を参考に、就業体験やキャリア教育を特
色として打ち出す。大木教頭は「30分授業は一つの側面。生徒に一つ
でも多くの刺激を与えて、ニーズに合った授業を提供したい」と話す。
 


*私からのコメント

◇この記事を読んで、本当に高校の普通科は、エリート校と大衆校に、
完全に二極化してしまうんだなと感じた。学習の基礎的な作業面を重視
して、細切れの授業時間で、目先を変えて、あまり考えない作業系の学
習単元をどんどんこなして、生徒に考える余裕を与えず、3年間を無難
に過ごさせることに集中するのだ。


◇そんな感じがする。もし、記事にあったように、集中させたいのであ
れば、1コマあたりの授業時間は、50分でも問題はないはずだ。教師
が、授業を工夫しさえすればよいのだ。そして、高校生として、色々と
考えなければならない材料を授業時間に与えて、相互交通的な授業を企
てればよいのだ。それを作業系にシフトして、そういう機会を奪ってし
まうのだ。こんなことでよいのだろうか。


◇教師の努力する余地をそぎ落として、問題校からの脱却を果たしても、
それで生徒は、母校として社会人になってから帰ってくるだろうか。教
師と生徒のぶつかり合いの交流は、授業の中では保証されないような気
がするがどうだろうか。


◇こんな機械的な改革は、高校に必要ではないはずだ。多感な青年期を
迎える生徒たちとどう教師が向き合うのかを考えるべきだ。授業を簡単
にし、生徒に迎合するような改革のような気がする。生徒の潜在的な能
力や思いに働きかけないような、授業形態をとるべきではない。こんな
表面的なことで、学校の評判が上がっても意味はないように思う。生徒
が母校として誇りの持てる教育内容にしてほしい。

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室伏 重信

自分自身を高めることに目標を置かねばならない。

◇最近の日本の教育は、他人との戦いに中心を移そうとしているように
見える。学力獲得競争を必死に行なって、その獲得した知識によって、
優劣を競おうとする風潮が非常に強くなってきた。


◇生徒も教師もその風潮の中で、どんどん競争を強いられている。しか
し、本当に重要なことは、今日の言霊も指摘するように、自分自身の内
的な目標に対する人間的な向上ではないのか。


◇誰かと競争をする前に、昨日の自分と競争をすることが、人間にとっ
て、非常に重要なことではないのか。他人との勝ち負けは、相対的な評
価だ。それに対して、自分自身との成長競争は、絶対的な評価だ。基準
が自分の中におかれて、比べるものが自分の過去となるからだ。自分の
外に比べるべき基準などない。他人とどうのこうのと比べるのではなく、
昨日の自分と今日の自分を自分が比べることなのだ。


◇人生は、他人との比較で豊かになるものではない。人生は、それを生
きてきた自分が、自分の歴史と折り合いをつけることで、豊かに感じら
れる類のものだ。豊かさの基準は、他人の中にはないのだ。


◇自分の中に豊かさの基準があることを知ることが、私たちにとっては、
重要なことではないだろうか。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月28日

ゲーテ

人間を愛すべき存在にしているのは、その過ちや迷いである。

◇よく私は、子育てセミナーなどで、お子さんの欠点を直そうとしては
いけないということを言う。欠点が直って、長所だけになったら、人間
は面白くないから、無理やり欠点を直さないようにした方がよいと忠告
するようにしている。


◇神様とお酒を飲んでも面白くないでしょ!と念を押して、完璧な人間
に子どもをしようとしないようにと呼びかけているのだ。


◇私たちは、長所もあって短所もあって、人間なのだ。影のない人間が
人間ではないように、プラスもマイナスもあって、人間なのだ。欠点だ
けの人間もいなければ、長所だけの人間もいないのだ。いるのは、長所
と短所がバランスよくちりばめられている人間かアンバランスにちりば
められている人間だけだ。


◇短所が目立ちすぎると他人から疎まれ、長所が短所より多く見えると
他人から好かれるだけだ。しかし、今日の言霊も言うように、そういう
長所と短所のバランスの上で人間は、愛嬌ある存在としてあるのだ。


◇人生において失敗や過ちは、つきものだ。その失敗や過ちが自分自身
の良い面を引き立てるためのアクセントだとしたら、どうだろう。失敗
も過ちも共に歓迎するべきものではないか。自分自身を脅かす失敗や過
ちではない限り、日常的な失敗や過ちは、許してやろうではないか。そ
のほうが、自分自身を魅力的にするはずだから。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月27日

「驚愕」(前編)

おそらく、僕が聞いた話の中で、その驚愕度合いは1、2を争うであろう。
とある大手中学受験塾の、ある教室での実際の出来事である。


「うそー、ホント、マジで~~~~!?で、その生徒どうしたの?」と思
わずでかい声が出た。

その事情を知る先生は僕に言った。

「その面談で、室長が『ここではお預かりできません』って断ったみたい」。

「最近の」という言葉はあまり好きではないが、最近の小学生は体の大きな
生徒が多いように思う。


「先生、ちょっと並んでみてぇ」なんて言われて、背比べをさせられ、「先
生、ちっちゃぁい!!」とからかわれたこともある。まぁ、確かにちっちゃ
いんだけど。


もっとも、そうは言っても、各人の成長には当然差があるわけで、一口に
小学6年生と言っても、大きい生徒もいれば、小3、小4クラスで座って
いても違和感のない生徒もいる。

その女の子、A子ちゃんも体の小さな生徒だった。二十人弱いる小6のそ
のクラスの中には彼女と同じぐらいの体格の生徒もいたし、10ある他のク
ラスにも、小さい生徒はたくさんいた。


A子ちゃんの学力は小6のその塾の中程度。学力別クラスでは、真ん中あ
たりのクラスである。真ん中といっても、塾自体の学力レベルが相当高い
ので、なかなかの学力であることは間違いない。


さて、そのA子ちゃんのお母さんと室長が面談を行った。昨年の11月の
ことだ。第一志望校はもちろんのこと、何日目にどの学校を受験しようか
という受験の併願作戦も本格的に決めていこうというような面談だったら
しい。


その開口一番飛び出したお母さんの驚きの一言がこれだ。


次回へ続く。
(生徒名は仮名です。)

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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井上 靖

人生は使い方によっては充分長いものであり、充分尊いものであり、
また充分美しいものであると思う。

◇人それぞれの人生を私たちは、好きなように生きている。いや好きな
ように生きているのだが、そういう実感なしに生きている。今日の言霊
の指摘のように、人生は、悪くも善くもないが、その人生をどういうも
のにするのかは、その人生の主人公によって決まる。


◇たとえ時間的に短い人生だとしても、主人公は、充実した人生だった
と思っていることもあるし、素晴らしい人生だと思っていることもある。


◇主人公が自分の人生をどういう風に生きていきたいのかで、その人生
の質の大半が決まる。そして、残りの半分は、実際にそういう風に生き
ようと努めてきたかに関わっている。実際に生きてこなくても、生きよ
うとするだけでいいのだ。


◇人生は、誰にでも与えられているものだ。その人生をどういう風にし
てしまうのかは、私たち自身の問題だ。最初から最後まで全く自分の自
由にならない人生はない。どこからでも自分の人生として再スタートで
きるのが人生だ。上手く自分の人生を使って生きていこう。人生は自分
のものなのだから。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月26日

学力を獲得することが目的ではない!

◇今月の初めにNHKのディレクターの方が事務所にみえて、学力低下問題に
ついて話をした。教育問題と学力低下問題を同一に考えるべきではないとお話
したが、その中で、学力を獲得することが、教育の重要な側面ではないのだと
強調しておいた。


◇昨今は、学力の高い人が人間的にも上で、学力の低い人が人間的にも下だと
いう風潮があるが、決してそんなことはない。学力が高くても低くても、一人
前の大人になることが重要なのだ。知識の獲得競争にむいている人間もいれば、
むいていない人間もいるし、知識を活用することに長けている人間もいれば、
そうでない人間もいるのだ。子どもの一時期をそういう単純な価値観で縛って
はいけない。


◇学校教育で重要なことは、学力を獲得するということではなく、学力を獲得
する過程の中で、さまざまなことを経験することにある。学力を獲得すること
が目的ではなく、学力を獲得しようと格闘する中で、身につける社会性が重要
なのだ。


◇目の前にある課題に対して誠実に対応するとか、見本になる人の真似をする
ことで、見本となる中身が自分の中に入ってくるとか、そういう経験が重要な
のだ。学びの基本動作を学ぶことで、子どもから責任ある社会の構成メンバー
となり、現実から学んでいけるようになることが重要なのだ。単なる学力獲得
忠誠競争に勝利することが、学校教育の教育効果ではないのだ。そのことを忘
れないで欲しい。


◇学力という基準だけで、子どもを評価しては駄目だ。他人に対する共感力や
相互扶助的な行動力や問題解決能力などの基準で、子どもを多元的に評価して
いくべきなのだ。そうすれば、子どもはきっと今よりももっと活き活きするは
ずだ。

  

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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川端 康成

たとえばどんなにいいことにしろ、それを知るべき年齢よりも早くそれ
を知れば、それは悲劇の色しか帯びない。

◇今日の言霊は、現代の日本の教育状況の指摘のような気がする。子ど
もの受け取る情報量は、以前とは比べものにならないぐらい増加してい
る。それも、子どもが知らなくてはならない情報よりも、子どもが知ら
なくてもよい情報が、本音のところでどんどん増加して、子どもながら
に大人のような感覚を持っている。


◇本来なら、与えられた情報を自分の中で消化して、自分なりに受け止
めてはじめて、その情報が自分の役に立つのに、今では、子どものそう
いう能力(準備段階=レディネス)が付かない段階で、情報が垂れ流さ
れて、子どもに届く。子どもは、それをただ単に受け取って、大人の世
界を判断してしまうのだ。


◇今日の言霊の指摘を私たちは、真摯に受け止めた方がよい。子どもの
成長過程(=経験の量)に応じた情報を私たちは、与えるべきだ。綺麗
事だけを与えろというのではない。本音にしても、子どもがその本音を
社会で生きていくのに必要な建前に解釈できるように、与えていかなく
てはならないのだ。


◇早熟な天才が、成長してからも天才でいるとは限らない。何でもかん
でも子どもに教えていいはずがない。子どもが受け止めて、子どものた
めになるような与え方を大人は考えるべきなのだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月25日

 生徒獲得目標をどう作るか!

『はじめに』

◇生徒獲得目標をどう作るかは、職員のモチベーションに関わる問題だ。
生徒の目標数が、現実的に見て、どう考えても到底無理なものならば、
職員のモチベーションは高まらないし、逆にあまりにも現実的であれば、
期待されていないのだなと職員が思って、これまたモチベーションが高
まらない。目標をどう定めるかが、社業の向上には、非常に重要なのだ
が、その定め方も目標設定と同様に重要なものだ。一方的に決定された
目標は、職員が自分のこととして受け止められないものになってしまう
し、職員の自己申告だけで目標を決定してもそれはそれで意味はない。


『目標に論拠を持たせ、職員がその論拠を自分のものとすることが重要だ!』

◇まずは、職員にも目標を考えさせておき、経営者は、経営者で目標を
設定しておくことだ。目標は、まず3年間の数値を平均化する。生徒数
の実数の平均化、3月―7月などの伸び率の平均化、入退会の平均化、
極端に悪い年とよい年を切っての平均化、色々な組み合わせを考えてお
くことだ。


◇そして、現実的にどうなるのかを予想し、最低限のライン、現時的な
ライン、好調なライン、絶好調なラインを決めて、会議に臨む。その際
に、重要なことは、そのラインを決めた資料を持って、ラインの論拠を
しっかり説明できるようにしておくことだ。競合状況や今年度の方針な
ども論拠になるから、準備を怠らないことだ。


◇目標設定会議では、校舎の室長から、目標を発表させ、その目標の論
拠を確認する。その目標にまずは数値的な論拠、その次に行動の論拠が
確認でき、その目標が、どのラインに入るかを見極めたら、OKを出す
かどうかを決めればよいのだ。


◇細かい数値まであれこれいう必要はない。それよりは、その目標の論
拠をしっかり室長と共有できることが重要なのだ。室長が、「この目標
は達成できそうだな」と実感出来るような論拠を示せればよいのだ。


『経営者の視点』

◇論拠には、数値的なものと行動的なものがある。目標設定には、その
両方が必要だが、職員が、目標設定をして、やる気になってもらうこと
が大切なのだ。そのことを意識していれば、目標設定に論拠が、必要な
ことはわかるはずだ。到底無理な目標は、やる気を生まないからだ。自
分で職員が考えた目標に論拠を与えよう。職員のやる気を引き出すこと
が、経営者の役割なのだから。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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人類みなKYだ!

◇KYという略語が話題になっています。もともとはインターネットの
掲示板から発生したようですが、若い人たちを中心に日常会話でも使わ
れるようになったようで、マスコミも大きく取り上げています。略語の
作り方は、いかにも女子高生好みで良いとして、KYの意味を考えると
なかなか奥深いものです。


さて、KYを検索すると「空気読めよ」「空気が読めない奴だな」の意
味で周囲の状況にふさわしい言語ができない人への警告とあります。


教育現場にいた私としては、いじめとなんら変わらない論理ではないか
と感じます。いじめも、自分たちの集団に合わないという主観的論理で、
言葉や肉体的暴力で、ある特定の仲間を排除しようとする行動でした。


アルファベットを使った略語であることで、そのユニークさが評判なの
でしょうが、いじめの温床だと私は感じるわけです。


KYは、ある集団やある力を持った人間が「我々の状況を把握して、そ
れに順応しろ!」と言っているエゴ以外の何ものでもありません。他人
に対してKYを連発する人間ほど、コミュニケーションの本質から言え
ば、KYであるのではないでしょうか。


封建的なコミュニケーションの多くは、多数派や権力者の主張で成り立
っていました。しかし、様々な反省から生まれた民主主義の原理によれ
ば、人はみな対等です。固定的に多数派や権力者が一方的に主張し、そ
れ以外の人間が、それに追従することではありません。互いに主張し、
互いに相手の主張に共感することが対等を実現するための姿勢だと私は
考えます。


「空気読めない」は個人の性格や人間性の問題ではなく、コミュニケー
ションの課題だと考えた方が、幸せになれそうです。人間性の問題であ
るとしたら、人類みなKYです。各人が個性を持っているので、完全に
は相手に順応なんかできないからです。


対人関係で、違和感を覚えるような時こそ、コミュニケーションの必要
性のシグナルなのです。そもそも、ツーカーで分かり合える者同士にコ
ミュニケーションなんて言葉は要りません。仲のいい者同士が、「私た
ちはコミュニケーションがうまくできている」とは言いません。

相手に違和感を覚えたときこそ、相手を非難したり、排除したりするこ
とをやめ、その無駄なエネルギーを変換し建設的なコミュニケーション
に使いたいものです。


今、KYに過敏になっている人が増え、自分が標的にならないように、
メールや掲示板を利用して、KY防止に努めているという話がマスコミ
で取り上げられました。標的防止対策というより、主張と傾聴(共感)
の姿勢を貫き、コミュニケーションスキルを磨くことが肝要だと私は感
じるのですがみなさんは如何です。

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灰谷 健次郎

生きている人だけの世の中じゃないよ。生きている人の中に死んだ人も
いっしょに生きているから、人間はやさしい気持ちを持つことができるのよ。

◇私たちが、食事を前にして、「いただきます」と言うのは、その食事
を作った人への感謝とその食事の材料を作った人への感謝とご先祖様へ
の感謝と自然への感謝からだ。


◇日本では、神様に祈りを捧げて、食事をとるというよりも、自分を支
えてくれる人たち、環境、歴史、自然に感謝して、食事をとっていた。
目には見えない自分を支えるネットワークを意識して、生活していた。


◇今日の言霊で、「人間がやさしい気持ちを持つことができる」という
のは、自分以外のことに対して想像力が豊かになるからだ。自分の痛み
は、自分では分かるが、他人の痛みは、自分では直接分かることはない。
他人の痛みを想像し、自分のことのように感じてはじめて他人の痛みは
分かるものだ。


◇目に見えているものだけしか、考える対象ではなかったら、想像力は
豊かにならないだろう。目に見えないものに対する配慮が、私たちを豊
かにするのだ。それが、「やさしい気持ち」ということだ。


◇自分だけの世界を私たちは生きているわけではないのだ。やさしい気
持ちを誰もが持って生きていけるような世界にしたいものだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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アンネ・フランク

この日光、この雲のない青空があり、生きてこれをながめることのでき
る限り、わたしは不幸ではない。


◇私たちは、生きていることに感謝することはなかなかない。アンネ・
フランクのように極限状態に近い状態で生活をしていれば、生きている
ことが、当たり前の状態になっていないから、当たり前の風景にも感動
し、感謝もするようになる。


◇生きていることが、嬉しくもあり、幸せだと感じるようになるのだ。
しかし、私たちの生活は、当たり前の日常の中にあるように思っている
から、生きていることが、普通なのだ。そこに、感謝の気持ちなど、出
てくる余地はない。


◇しかし、本当に私たちの生活は、安穏としたものだろうか。実は、私
たちの生活は、目には見えないが、極限状態に近いのではないだろうか。
安全という神話の中で、私たちは暮らしてはいるが、1年間で交通事故
死は、1万人弱を数え、自殺者は3万人を超え、殺人事件は日常的に起
こり、雪が降れば交通機関が機能不全に陥り、安全な食品を吟味しなけ
れば、食事がとれない。そういう危険と背中合わせに生活を送っている
のだ。この自分が、被害者にも加害者にも簡単になれてしまう生活を過
ごしながら、生きているのだ。


◇明日、何が起こるか全くわからない生活の中で生きている私たちは、
実は、アンネ・フランクと同じような極限状態の中にいるのかもしれな
い。しかし、生命を奪われる直接的な事態が目には見えないだけなのだ。
明日の命を誰も保証されてはいないのだ。だから、明日目覚めたら、生
きていることに感謝してもいいのだ。物凄い確率で、私たちは、生存し
ているのだ。生きている奇跡に感謝することだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月22日

文部科学省は、2002年の教育改革の総括と今後の教育行政の方向性

【記事】主要教科の授業1割増…新学習指導要領案

 読売新聞(2008年2/16)より以下抜粋

○文部科学省は15日、主要教科の授業を1割以上増やすことなどを柱
にした小中学校の学習指導要領改定案を公表した。


○現行の指導要領が掲げた「ゆとり教育」で学力が低下したとの批判に
こたえることが狙い。小学校は2011年度、中学校では12年度から
実施されるが、算数・数学と理科は一部を先行実施し、09年度から授
業増に踏み切る。現行の指導要領で削減した学習内容も復活させ、算数・
数学と理科は、小中の9年間で15%程度増える見込み。

○「ゆとり」重視の象徴とされた「総合学習」は、小学校で週3コマが
2コマになるなど、小中ともに削減。指導要領の全面改定は1998年
以来で、授業時間が増えるのも約40年ぶり。同省は一般の意見を募集
し、来月末に告示する。同時に改定する幼稚園教育要領は09年度から
完全実施、高校の指導要領案は秋ごろ公表する。

○今回の改定案は、文部科学相の諮問機関「中央教育審議会」が1月に
出した答申に沿って策定された。現行の指導要領に引き続いて「生きる
力の育成」を基本理念に掲げる一方、指導要領は最低基準であると明記
し、学校の裁量でレベルの高い内容を教えることも可能にした。

○授業時間は、小学校が1、2年で週2コマ(1コマ45分)、3~6
年は週1コマ増え、6年間で278コマ多い5645コマになった。中
学も3学年とも週1コマ(1コマ50分)増え、3年間では105コマ
多い3045コマとなる。増えるのは国語、算数、理科、社会などの主
要教科で、小中ともに1割以上の増となった。

○これによって、小学校では、算数と理科がほぼ「ゆとり」以前の水準
に戻る。中学も数学と外国語が「ゆとり」以前とほぼ同じとなり、理科
は大幅に上回って現行の33%増となる。小学校の英語活動も5年生か
ら必修となり、週1コマが充てられる。

○現行の指導要領で削減された学習内容のうち、小学校算数の「台形の
面積」や社会の「縄文時代」、中学数学の2次方程式の「解の公式」な
どが復活。小学算数で「円周率は場合によって3にできる」とした規定
は誤解を招くとして削除した。道徳の教科化は見送られた。

○2002年度に実施された現行の指導要領は、「ゆとり教育」を掲げ、
自ら考える力を重視するとして学習内容を3割削減した。しかし学力低
下を招いたとの批判が高まり、中央教育審議会も答申の中で「授業時間
を減らしすぎた」などと異例の総括をしていた。
 


*私からのコメント

◇私は、2002年の教育改革の本質を教育の自由化と教育の二極化だ
と思っている。その仕掛けとして、ゆとり教育を掲げ、世間を情報操作
した。つまり、学力低下問題を引き起こし、世間に学力問題=教育問題
だという構図を定着させ、学力偏重の下地を作った。総合学習の時間や
絶対評価は、学校離れを食い止めるための一つのリップサービスだ。


◇この教育改革の真の狙いは、エリート教育と大衆教育の複線化の下地
作りだ。しかし、戦前のような単純な複線化(二元的複線化)は、国民
の反対を巻き起こすから、巧妙に、結果的に複線化(一元的複線化)に
なるように仕掛けたのだ。


◇その前提が、教育の自由化の流れだ。学習指導要領をマキシマムスタ
ンダードからミニマムスタンダードにして、最低限の学習項目を示し、
学校の裁量で高度な内容を教えても良いとした。これにより、義務教育
でも学校間格差が生じた。ましてや、普通科高校は、エリート校と中堅
校では、教科書の名前は同じでも、学習している内容は雲泥の差になっ
ていて、暗黙のうちに大学受験の有利不利を生んでいる。しかし、大学
進学の道を中堅高校以下にも閉ざさないように、大学入試形態の自由を
確保している(AO入試や一般公募制や指定校推薦などの入試形態が、
幅を利かせている)。


◇そして、今回の学習指導要領の改訂だ。学力低下問題を受けて、授業
時間を増やし、選択科目を削減して、その分を学力向上のために使うよ
うに、学校の裁量権を増した。教育改革のスローガンは、なんだったの
か!「みんなが百点を取れる教育」を謳って、ゆとり教育を始めたので
はなかったか。こんなスローガンを誰も信じていなかったのに、これを
推し進めた結果責任を誰が取るのか。


◇文部科学省や中央教育審議会は、今までの教育改革を徹底総括し、自
己批判して、今後に臨むべきではないか。そして、今後の教育行政は、
どこに向かって進んでいくのかを示すべきではないか。どんな子どもを
育てるかという前に、どういう仕掛けで、学校制度を子どもが渡ってい
くのかを示したらどうだろうか。


◇美辞麗句を重ねても意味はない。日本の来るべきリーダーを育てるた
めに、エリート教育をしたい、と堂々と明言するべきではないか。そこ
から、私たちの教育に対する議論が始まるように思う。私たちに、教育
行政の真の狙いを公開するべきだ。戦前の二元的複線化も現在の一元的
複線化も私たちは、望んでいないように思えるのだが、どうだろうか。

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天野 貞祐

幸福は受け取られるべきものではなくして、それにねうちする行為に伴う
報償という意味において作られるべきものである。

◇幸せになるためには、幸せになるための投資をしなければならないの
かもしれない。しかし、その投資は、リターンを狙ってするものではな
い。ただ、結果的に忘れた時にリターンがくるようなものだ。


◇幸せになりたくてなりたくて、必死に投資をしても、多分、幸せは逃
げていくだけだろう。なぜならば、幸せは、他人を通してしか実現しな
い類の関係性の上に成り立つものだからだ。自分が幸せになるために、
何かをしても幸せはやってこない。幸せとは、他人を幸せにした結果、
遠回りしながら、自分のところにたまたまやってくるものだからだ。


◇だから、自分が幸せになるためには、他人が幸せになることにどれだ
け貢献するかにかかっているのだ。言い換えれば、自分を優先してしま
う誘惑にどのくらい打ち克って、他人のために自分を使うかだ。自分の
目の前にある幸せを、はやる気持ちを抑えて、他人に譲ることだ。「ま
ず他人から、その次に自分」という考えを持てるかどうかだ。


◇そんなこと言ったって、幸せが廻ってくる前に死んでしまうのではな
いかと思うかもしれないが、それはそれで良いと思うことだ。幸せを狙
って生きていくことはできないからだ。


◇幸せは偶然やってくるものだ。生きているだけで幸せだと思うことだ。
誰でもが、幸せになるチャンスはあるが、そのチャンスを活かすのは、
全員ではない。「まずは他人から、その次に自分」を実践する人が、幸
せになるチャンスを活かすのだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月21日

西田 幾多郎

花が花の本性を現じたる時最も美なるが如く、
人間が人間の本性を現じたる時は美の頂点に達するものである。

◇人間の本性とはなんだろうか。人間について、大きく分けると二つの
考え方がある。その一つは、性善説だ。人間は、本来みんな良い点を持
っていて、環境やその他の悪い影響を受けなければ、自ずと良いことを
するものだという考えだ。


◇それに対して、性悪説は、人間は、本来悪い点を持っていて、そのま
まにしていると悪いことをしてしまうので、環境やその他の外的縛りで、
人間をしっかり管理しなくてはならないのだという考えだ。私としては、
性善説にたって人間を考えたいと思っているが、そんなに単純に人間を
見ることは出来ないかもしれない。


◇今日の言霊は、性善説にたって、人間の本性を考えているようだ。人
間が本来持っているものを発揮すれば、美しいのだと言っているのだか
ら、その人間が本来持っているものは、他人から見て美しいものだ。


◇だとすれば、人間の本性とは、他人を思いやり、他人が困っている時
に、手をさしのべることだ。友愛の情、相互扶助的な行動だ。自分に余
力がある時に、他人のことを慮ることだ。決して、どんな時でも他人を
助けようとすることではない。自分もへとへとなのに、他人が溺れてい
るのを助けることではない。どちらも溺れてしまうからだ。


◇自分の本来持っている良い点を自覚しよう。素直になろう。他人のた
めに、自分の良い点を活用しよう。あくまで、自分に余力がある時に。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月20日

「クシャっ」

ある日の中学受験6年生の授業のこと。

「はい、時間!そこまで!!」と問題演習を切り上げた。
すると「もう、ホント、やだ!」とぼやいたのは美羽である。

「どうした?何がイヤだった?」。僕はきいた。
こういう何気ない一言を逃さず反応してやりたいと思っている。
独り言っぽいことでも、実際は僕に聞いてもらいたかったりするからだ。


論説文の内容が難しかったか、記述ばかりの設問に嫌気がさしたか。
それとも、もっと別なことか。


美羽が言う。
「だってぇ・・・」

苦手なもの、嫌いなもの。誰にでもあるだろう。
僕の場合、食べ物ならシイタケ。
味なのか匂いなのか、小さい頃から嫌いだったので今となっては何が
原因なのかは分からない。もはや理屈じゃないのだろう。


虫。
田舎で育ったので、ちびっ子時代はバッタだの、カブトムシだの、
セミだの、採集しまくった。


もちろん、採集はしなかったが、ゴキブリだってわりと平気だった。
ゴキブリに罪はないが、ビシビシと退治していた。


ある日、夜中に目覚めてトイレに立った。真っ暗な中、トイレの扉の前
までたどり着いた瞬間である。右足が何かをクシャっと踏んだ。

美羽が言う。
「ワタシ、ゴキブリ嫌いなのにぃ~~」。


文章の中には虫とか動物とかがよく出てくる。与えた論説文には『ゴキ
ブリ』が登場していた。何の根拠もないのに悪者にされている、という
内容だったと思う。


つながった。「俺もなんだよぉ!」
そして、ゴキブリを嫌うきっかけになったあの夜の事件のことを話した。


「うわぁぁ」という美羽の低い声が響く。そして。

「先生、こっちにこないで!」

手のひらをこちらに向けて、右手を思いっきり伸ばす美羽。

「いや、昨日の夜のことじゃなくて、もう20年以上前のことなんだ
けど・・・」

明らかな拒絶が哀しかった。しかも、僕は何も悪くない。
『ゴキブリ』もこんな気持ちなのだろうか。


(生徒名は仮名です。)

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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武者小路 実篤

他人の位置に時々自分をおき、自分の位置に他人をおき、他人の気持ち
を察し、小我をのさばらすな。

◇私たちに大切なことは、他人とともに生きていくことだ。他人の助け
なしには、私たちは、どうしたって生きてはいけない。だから、私たち
は、他人の気持ちを理解し、他人の立場を理解し、そして自分のことも
他人に理解してもらって、自分も他人もともに気持ちよく生きていける
ように努力していくことが重要なのだ。


◇今日の言霊は、そのための極意だ。私たちは、意識していないとつい
つい自分を中心にして物事を考えてしまう。他人が目の前にいるのに、
その他人を置き忘れて、自分だけを優先させてしまう。だから、たまに
は、他人と自分を交換して、自分のことを客観的に見てみることと他人
の気持ちになってみることは非常に重要なことだ。


◇他人からどう見られているのか、他人は自分のことをどう感じている
のか、そのことをたまには知ることだ。他人の視点と気持ちを知ること
は、自分を高めることになるからだ。


◇自分だけの世界から、他人とともにある世界に意識を向けよう!自分
が生かされていることに感謝しよう。感謝の気持ちを他人とともに繋い
でいこう。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月19日

見守ることは、愛することだ

◇子育てで重要なことは、見守ることだと言われる。子どもの様子を関心を
もって、見守ることだ。悪いことも良いことも子どもに関心を示しながら子
どもが自分で色々なことを学べるように親はそっと傍らに立って見ているこ
とだ。

◇そして、子どもがしっかりと環境適応的な行動を取った時には認めてやり、
環境適応的な行動が取れない時は、子どもにそれとなくアドバイスをしたり、
注意を促したりすることだ。


◇前回も書いたことだが、子どもの失敗を親が頻繁に叱責すると、子どもは
その失敗から学ぶ以上に失敗を恐れるようになる。


◇そうなると臆病な子どもになってしまうから、子どもに失敗から何かを学
ばせるためには、親は我慢することを覚えなければならない。それを言い換
えると子どもを見守るということになる。


***********************************

  お母さん:何やってるの!?余所見しているからこぼすのよ!

   A君 :ごめんなさい!

  お母さん:早く拭かなきゃ!何ぐずぐずしているのよ!

   A君 :・・・・・。

  お母さん:牛乳を飲む時は、余所見をしないで飲みなさいよ!分かった!

   A君 :・・・・・。
  
***********************************

   A君 :牛乳こぼしちゃった!

  お母さん:雑巾はあそこよ!

   A君 :分かった。

  お母さん:牛乳を拭いたら、雑巾を洗っとくのよ。

   A君 :え~、めんどくさいな。

  お母さん:どうやって雑巾洗うか分かる?

   A君 :・・・・。

  お母さん:雑巾を持ってきなさい。一緒に洗いましょう。

***********************************

◇この二つの状況を作っているのは、お母さんなのだ。どっちも同じ事態だ
が、感情的には全然違っているはずだ。ちょっと我慢をして、距離を置き、
子どもを見守ることだ。子どもの成長は、こんなことの繰り返しの中で生ま
れているのだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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マキァヴェリ

人間は一般に恩知らず、移り気、嘘つきで、
危険に対しては臆病、利益に対しては貪欲である。

◇私たちは、人間を信頼しなければならないが故に、人間と言うものを
しっかり知る必要がある。


◇ある人は、人間を知れば知るほど、人間は信頼に値するものではない
と言うかもしれないが、人間である私たちは、それでもなお人間を信頼
に値するものであると信じない限り、自己矛盾を犯してしまう。

◇人間とは、今日の言霊も言うように、どうしようもない動物だ。


◇自分が困っている時は誰かにすがり、自分の都合で嘘をついて他人を
勝手にだまし、自分がやりたくないものは、どうにかして逃れようとし、
自分が得たいものについては、どんなことがあっても欲しいと思う。人
間なんて、こんなものなのだ。


◇しかし、こんなものだからこそ、人間は、人間としての存在意義があ
るのだ。こんな惨めな人間だからこそ、必死にどうにかしたいと思って
いるのだ。


◇人間は、人間以上に立派になれはしないし、人間以下の魂のない生き
物にもなれない。そういう人間を人間が信頼できることに重要な希望が
あるし、信頼を裏切ってもなお人間を信頼できる余地があるのだ。


◇人間にがっかりしてはいけない。人間はこの程度のものなのだ。しか
し、自分も人間なんだ。そのことを忘れて、人間不信になることはない。
ダメな動物として人間を尊重することが私たちの生を豊かにしてくれる
のだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月18日

日能研の戦略のミスでサピックスの中学入試は当分圧勝が続く!

『はじめに』

◇ここ10年、首都圏の中学入試は、サピックスと日能研の戦いだ。四
谷大塚は、この10年で大きく衰退してしまった。しかし、昨年のナガ
セのてこ入れで、今後四谷大塚は、徐々に力を巻き返すかもしれない。
それにしても、今年のサピックスの合格実績は、他を圧勝し、日能研は、
この先、生徒集めが苦しくなるかもしれない。

『難関校にシフトした専門店化が、大きな実績を生んだ!』

◇サピックスの出自は、八丁堀にあったTAPだ。TAPは、1拠点で
2000名もの生徒を集め、難関校合格に向けて、徹底指導する専門店
だった。サピックスもその伝統を引き継ぎ、難関校合格に圧倒的な力を
示している。それに対して、日能研は、中学入試を大衆化し、学力レン
ジを広くして多くの生徒を抱えて、難関校から中堅校までの合格を出し
てきた。


◇日能研は、20数年前に、神奈川県を脱して、東京・千葉に進出をし
ていった。その時のターゲットは四谷大塚で、四谷大塚の難関校の合格
実績をひっくり返そうと、ゴールデンラインと称して、麻布・栄光・浅
野の合格実績を伸ばして、四谷大塚の牙城を崩し、その地位を確立して、
10数年前には、首都圏の中学入試を制覇したように見えた。


◇その頃、サピックスは、TAPから分離独立して、難関校のほとんど
の合格実績をTAPから奪って、一躍脚光を浴びた。サピックスは、T
APの1拠点主義を否定して、多店舗展開に戦略をシフトし、上位層の
獲得に動き出していった。


◇この戦略上の変更が、今日の日能研とサピックスの合格競争を決定付
けている。もし、サピックスがTAPと同じように1拠点主義を取って
いたら、日能研との棲み分けが出来て、中学受験マーケットに今日のよ
うな存在感は、出なかっただろうと思う。また、日能研の側からみれば、
サピックスの多店舗展開が、TAPとの棲み分けのようになると高をく
くったのか、それとも多店舗展開のオペレーションが上手く行かないと
踏んだのか、全くと言っていいほど、サピックスを叩こうという戦略も
戦術もなかったようだ。


◇やっと最近になって対応策をとったが、合格実績に水をあけられてか
らの戦略変更だったので、それなりに気合を必要としたが、その戦略の
衝撃度は、まったくなかったといっていい。サピックスの多店舗展開が、
まさに専門店の多店舗展開として、日能研の上位生を奪っていったのだ。
このまま、日能研が、サピックスとの戦いに本格的に取り組まない限り、
上位生はどんどん奪われ、難関校の合格実績で、さらに水をあけられ、
難関校への存在感が薄れて、大衆中学受験塾になっていくことだろう。

『経営者の視点』

◇日能研の今日の衰退(まだそこまでいっていないかもしれないが、合
格実績的に言ったら衰退だろう)は、出る杭を打たなかったことにある。
四谷大塚が神奈川県から脱した当初の日能研を本格的に打たなかったこ
とと本質的には構造は同じだ。相手の戦略は、当然自社に影響する。地
域の塾の動向は、いつでも注意してみるべきだ。気が付いたら、水をあ
けられているかもしれないから。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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ヘレン・ケラー

元気を出しなさい。
今日の失敗ではなく、明日訪れるかも知れない成功について考えるのです。

◇私たちが未来志向になる時、その時は、多分、順調に行っている時だ。
順調にことが進んで、自分でもウキウキしている時に、私たちは、大体
未来志向でいられるものだ。


◇しかし、それが本当に未来志向なのかと言われれば、そうではないか
もしれない。今日の言霊のように、自分自身で元気の出ない時、失敗を
して打ちひしがれている時に、明日の成功を思い描いて、今を頑張れる
のかが、本当の未来志向のポイントではないだろうか。


◇私たちは、今現在に非常に囚われている。失敗をした今をずっと引き
ずって、未来にまで持ち越そうとするし、成功をした今を握りしめ、未
来にまで持ち越して成功した過去にしがみつこうとする。


◇しかし、今を未来にそのまま持っていこうとしても、無理なものだ。
未来には未来の今があるのだ。その未来の今に向かって、自分を開いて
いくしかないのだ。そういう意志を未来志向というのだろうと思う。


◇朝の来ない夜はないし、陽の昇らぬ朝はないのだ。だから、その朝に
期待をしよう。夢を持とう。元気を出そう!

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月16日

2月15日号 『楽しい塾環境づくり』

◆目次

■巻頭所感                      
■Pick Up教育ニュース&ポイント                   
■達人の小技:生徒と向き合う                                
■MBA特集:楽しい塾環境づくり                              
■学習塾標準化計画:受付対応                                     ■イノさんのコミュニケーション道場:第44ラウンド
【潜在能力を評価しすぎることなかれ!】                          
■誌上セミナーレポート:2008年2月度塾経営アドバンスセミナーより
~経営問題の解決      

「塾経営サクセスネットMBA」108号を皆様にお届けします。
 
 今号の特集は「楽しい環境づくり」です。最近の子供達の心性を考えた時、学習塾の教育空間になくてはならないのが「楽しさ」です。厳しいだけの押し付け授業は流石に見なくなりましたが、まだ「楽しさ=知的興味」を喚起する授業は少ないようです。だとすれば、そういう授業を目指さなくてはなりませんが、それがなかなかすぐにはできないものです。そこでまずは教室という物理的な空間を「楽しさ」で満たしましょう。ということでこの特集を組みました。ぜひ参考にしてください。
 
 また、今号では「受付対応」のポイントを具体的に挙げています。集客期になりますので、入会スキルのブラッシュアップの参考にしてください。


マネジメント・ブレイン・アソシエイツ代表 中土井鉄信

報酬はどこからやってくるのか?

◇先日、我が子に質問されました。「パパ。どうしたらお金がもらえるの?」
と。

◇ゲームを買ってくれの、どこかに連れて行けの言われると、「家は貧乏
だから・・・。」と言って、拒否していることがこの発言の基のようです。
どうしたら、お金を手にして、自分のほしいものややりたいことができるの
だろうと疑問に思ったのでしょう。

◇我が子も労働と報酬の意識が出てきたものとうれしくなりながら、
ちょっと子どもの前で貧乏を言いすぎているかなと反省もしました。

◇あなたならなんと答えますか?
「一生懸命はたらけばお金がもらえる」
「一生懸命勉強してえらくなったらお金がもらえる」
「一生懸命勉強して大きな会社に入ったら、お金がもらえる」
「○○という専門職に就けばお金がもらえる」
とかでしょうか。

◇私は、娘の質問に「人の役に立って、『ありがとう』と感謝されると
お金がもらえるよ。」と伝えました。「ふーん。」と言って、よく理解でき
ていなかったようですが、今回はここまでにしておこうと切り上げました。

◇私は子どもの頃から、「いい学校に入り、いい仕事に就けば、たくさん
給料ももらえて、何不自由なく生活ができる。大金持ちになれる。」と、
言われ続けてきたような気がします。「だから勉強しろ。」と・・・。残
念ながら、勉強の努力不足か、子どもの頃に描いていたようには未だにな
っていないし、きっと一生ならないだろう、と思います。

◇しかし、最近、「自分の努力と地位や環境がお金を手にすることの条件だ」
と考えている限り、お金を手にすることは期待できないと感じています。

◇ある鉄道会社の職員採用広告のキャッチフレーズに「きのうのすごいを
あしたのふつうに」というのがありました。過去にすごいことが実現できた
ので今は、人から感謝され、それなりのお金も手に入れることができている
かもしれません。しかし、未来になって、普通になったときには、感謝され
ることがなくなるので、さほどお金は期待できないでしょう。

◇人がよろこんでくれる、つまり感謝してくれるために努力をし続けること
でしか、期待するお金を手にすることはできないと思うわけです。


◇お金は、自己実現のツールでしかないことは、以前お伝えをしました。
しかし、自己実現にお金というツールが必要ならば、そのツールを手に
するために、人からの感謝が必要だとしたら、人に喜んでもらえない限り、
自己実現は達成できないのかもしれません。

「こんなに努力しているのに報酬が少ない。」と言う前に
「自分はどれだけ人に貢献できたのか?」
「どれだけの感謝をいただけたのか?」と問うてみる必要があるのかも
しれないと感じたわけです。

◇子どもの素直な質問に既にお金をもらうことに慣れてしまったいい大人
は真剣に考える貴重な機会を得ました。

子どもに感謝!もしかしたら、お小遣いをあげなければいけませんかね。

内田百聞

ただ覚えさえすればいい。忘れる方は努力しなくても、自然に忘れる。
忘れる事を恐れたら、何も覚えられやしない。

◇今日の言霊をこういう風に言い換えたらどうだろうか。「ただ前進し
さえすればいい。後退する方は努力しなくても自然と後退している。後
退することを恐れて何もしなければ、全く前進しないものだ」

◇私たちは、リスクを回避したいと思うあまり、何もしないことが多い。
しかし、時代が動いている状況の中で、何もしないでいることは、何か
をして失敗することと同じで、これまた非常に大きなリスクなのだ。


◇幼児が、1歳前後に危険を犯して、お母さんの胸から旅立って自分で
立つように、私たちは、リスクを承知で、前進しなければならないのだ。
そうしなければ、自分の夢を実現することは出来ない。


◇中学時代に、理科で習った作用と反作用を思い出してみよう。前に行
く力と同じだけ後ろに行く力もあるのだ。どうしたって、何かをすると
言うことには、リスクが付きまとうものだ。そのリスクの大きさが、今
から自分で挑む課題の大きさなのだ。そして、その課題を達成した時に
感じる満足感の大きさなのだ。


◇一歩前に歩み出す時、その同じ力が後退へ誘う力にもなる。あなたは、
前に進むのか後ろに退くのか、いつでも決断が迫られているのだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月15日

教育サービスの宿命である顧客の二重性が引き起こした事件!

【記事】給食費滞納の児童、教師が名指しで非難 水戸

 朝日新聞(2008年2/10)より以下抜粋

○水戸市内の小学校で、30代の女性教諭がクラス全員の前で、給食費
を滞納していた家庭の児童1人を名指しし、「払っていないお金が何カ
月かたまっている」と非難していたことがわかった。1万円余りの具体
的な滞納額も公言した。同市教育委員会は「児童への心理的な影響が心
配され、許されることではない」と事態を重視し、学校側に再発防止を
指示した。


○市教委によると、教諭は5日午後の「帰りの会」で給食費の支払いな
どを連絡事項として伝え、この児童に向かって「(滞納額は)1万円余
りになる」などと発言した。学校側は別の保護者からの連絡で、名指し
の事実を把握。翌日に担任が児童に謝罪したという。


*私からのコメント

◇教育の世界は、非常に変わった世界だ。教育を受ける生徒とその教育
の結果を評価する保護者に分かれる。通常のサービスは、そのサービス
を受けるものとそのサービスを評価し、その対価を払う者は同一だが、
教育サービスだけは、違ってくる。今回の事件も、このことが背景にあ
る。


◇子どもが、給食費を滞納しているわけではない。保護者が、給食費を
滞納しているのだ。しかし、教師の指導の対象は、児童・生徒だから、
保護者の自己責任と児童・生徒の自己責任を混同してしまったようだ。
児童・生徒を責めることではないのに、児童・生徒を指導(=責めてし
まう)しようとした結果、今回の筋違いの指摘になってしまったのだ。


◇また、昨今の風潮も今回の事件の背景に影響を与えているように思う。
給食費を払えるのに払わない保護者や、理不尽な欲求を学校へ押し付け
て教師を困らせる保護者の存在が喧伝されているところにも、今回の事
件への影響が感じられる。大人の社会の反映が、学校の中までに浸透し、
教師も保護者も簡単に垣根を越えて、子どもを犠牲にしてしまうのだ。


◇昨今では、普通の感覚が教師に求められるけれど、教師が、活躍する
教育空間は特殊な空間であるのだ。そのことを深く自覚し、その中で普
通の感覚を持つことが大切なことなのではないだろうか。

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樫山 純三

実行力がある、というだけでは競争相手に差をつけることはできないし、
第一、大きな潮の変わり目で自らの馬力を過信していると、流れに取り
残される。
実行力に増して先見性やアイデアが重要なのだ。

◇私には、馬力しかないところがある。実行力と言えるかどうかわから
ないが、どんなことをしてもやってしまおうというところがある。その
反面、先見性やアイディアは、どうも二の次になって、兎に角、思いつ
いたら行動だ!という気質なのだ。


◇こんな気質だから、やっていることが、時代遅れだったり、時代の潮
流を意識していなかったりする。今日の言霊の指摘通り、先見性やアイ
ディアが、重要なのにも関わらず、そのことを軽視して、どんどん行動
して、後になって徒労だったなと思うこともしばしばだ。歩きながら考
えるタイプなのだ。


◇今日の言霊も言うように、時代を先読みする力(先見性)と現実が変
化していく方向への対応力(アイディア)が重要なことは言うまでもな
い。行動は、そういう指針があって初めて有効に機能するものだ。


◇海図のない航海は、危険な航海なのだ。人生という航海を私たちは、
どういう海図で渡っていくのか、そのことが、問われているのだ。自分
の定めた目的にそって歩みを進めよう。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月14日

小林 一三

下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。
そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。

◇私は、小林一三のこの言霊が大好きだ。高校時代の私は、柔道部にい
て、それなりに強かったが、先輩からはちょっと評判がよくなかった。
大掃除の時、ちょっと怖い先輩が、私に便所掃除を命じた。私は、何で
この自分が便所掃除なんかしなくてはならないんだ!と思って、
「え~?何で僕が?」と反論した。その瞬間に先輩の鉄拳が飛んできて、
一発触発の事態になった。この事態を救ってくれたのが、何を隠そう、
今テレビで活躍している「まいう!」の石塚英彦君だ。彼は、一緒に便
所掃除をしてくれたのだ。それも喜んで。


◇この事件以来、私は、嫌な仕事を自分からしない限り、他人には、評
価してもらえないのだなと思うようになった。そして、成人して、この
小林一三の言霊に触れるようになって、どんな仕事でも、一流になれば
いいのだと思えるようになった。どうだろう。そう思うまでに十年以上、
そして思ってから十五年以上が過ぎているが、なかなか一流の粋まで達
していないように思う。


◇私たちを取り巻く現実は、時に理不尽なこともあれば、今までの積み
重ねの結果として自分の前に立ちはだかる時もある。そのどちらをも、
自分のこととして受け止めて、その中で努力していくことが、私たちの
人生だ。それを受け入れることを拒否して、自分のことではないと思っ
て、逃げていてもはじまらない。この自分が何でこんな現実を与えられ
たのだ!?と嘆いてみても仕方がないのだ。


◇一番辛い仕事を与えられたなら、その仕事をマスターして、誰をも凌
ぐ実力を手にすればよいのだ。若いうちは、自分の希望なんて通ること
はないのだ。年を取ってからですらそうなのだ。


◇現実を受け入れ、その中で自分自身に挑戦していくしかないのだ。
「何でこの俺が!?」と驚く必要はない。
「よし!この俺が何とかしてやろう!」と立ち上がっていこう。
そういう人生の方が、よっぽど面白いはずだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月13日

「激励」

フラフラっとやってきたS先生。足元がどことなくおぼつかない。
目も腫れぼったいが、ま、それは僕もおんなじだ。


「しかし、どうしてS先生がここに?」


早朝から湿り気をたくさん含んだ雪が降っていた。
アスファルトに積もった雪は、たくさんの中学受験生、保護者、激励の
塾教師たちに踏まれ、みぞれ状態に変わる。

中学入試の激励。受験生たちと校門前で握手を交わし、声をかける。
2月1日から始まった中学入試も、その日で4日目。志望校合格を勝ち
取った生徒。合格はしていても違う学校を挑戦する生徒。そして、まだ
合格を勝ち取っていない生徒。


慶介はまだ合格を勝ち取っていない生徒だった。僕は彼の激励にI学園
を訪れた。彼は2日のI学園のA試験が残念な結果に終わり、この日の
B試験に挑戦する。


僕が慶介の激励に行くことになったのは前日の校舎ミーティングで決ま
った。他にも受験生はいる。しかし、当然ながら、合格をまだ手にして
いない生徒の激励を優先した。


A日程の激励は個人担当でもあるS先生が行った。今度もS先生が行く
のがいいのだろうけど、A日程が不合格だったので、別の先生にしよう
ということになった。そこで、僕がI学園に向かうことになったのだ。

傘をさす慶介の姿が見えた。隣にいるのはお父さんだ。表情は意外とす
っきりしている。いい顔だ。今日はうまくいきそうだ。


と、沿道から一人の男性がフラフラっと慶介のもとへ近づいた。S先生
だった。二人はがっちりと握手を交わした。目の下にクマを作ったS先
生の顔を見つめて、慶介はかすかに微笑んだ。


「いやぁ、寝てたらさ、慶介が夢ん中に出てきてさ、起きて気付いたら
I学園にいたんだよ」。S先生は僕にそう言った。

翌日、I学園B日程合格発表。
慶介、合格。


(生徒名は仮名です。)

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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アインシュタイン

理詰めで物事を考えることによって、新しい発見をしたことは、
私には一度もない。


◇何かを発見するということは、今までの視点を変えるということだ。
今までは、何気なく見えていた様々なものが、ある瞬間に、自分にとっ
て今までとは違った意味を帯びて見えてくる時がある。


◇あれ?!これってこんな感じでここにあったっけ?!という瞬間だ。
もうこれだけで新しい発見が芽生えているのだ。同じものでも、視点が
変われば、違う意味が生まれ、その違う意味の中に現実を動かすエネル
ギーが認められれば、十分、新しい発見をしたと言うことができる。


◇だから、同じ視点で、いくらロジックを作り上げていっても、新しい
発見は見えてこないものだ。同じ視点で物事を考えてみても、論理的な
帰結は、同じだからだ。今日の言霊も指摘するように、理詰めである程
度物事を考えたら、その理詰めの視点を変更して、飛躍しなければ新し
い発見には至らないものだ。


◇最後は、勇気が必要になってくる。せっかく、理詰めで物事を突き詰
めてきたけれど、その理詰めを捨てて、違った世界に飛び立たなければ、
新しいものは見えてこないからだ。どんなものでも、新しいことを発見
したり、新しいことを実行しようと思った時には、リスクが生まれるも
のだ。そのリスクを敢て取らない限り、新しい地点には到達できないの
だ。

◇リスクを自分のものとして受け止め、勇気を持って新しい世界に飛躍
していきたいものだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月12日

☆間違うことを歓迎して欲しい!☆

◇子どもを持つお母さんのよくある習性は、間違いを恐れるというものだ。
子どもが、失敗しないように、間違わないように、必死に注意をし、確認を
とり、念を押して子どもを幼稚園へ、学校へ送り出す。

◇そして、幼稚園や学校から帰ってきたら、失敗をしていないか、間違いを
していないかと確認し、失敗をしてしまったり、間違いをしてしまっていた
ら、ついつい叱ってしまう。
「あれほど言ったのに、なぜ失敗をしちゃったの!」と。


◇人生には、失敗はつきものだ。子どものうちに失敗をさせ、間違いをさせ、
その失敗や過ちから学ぶ習慣を身につけさせたほうが本当はよいのだが、大
人になって、失敗しないように、間違いを犯さないようにと思って、子ども
のうちに失敗や間違いを注意し、叱ってしまう。そんな親心も分からないで
はないが、長い人生を考えた時、自分で失敗や間違いから学ぶ習慣を身につ
けさせたほうが、お母さんが、死ぬまで注意をしなければならない環境を作
るよりもよっぽどよいと思うが、どうだろうか。

   A君 :今日学校でB雄と喧嘩しちゃってさ、頭にきたよ!
  お母さん:どうしたの?いつも仲良くしているじゃない?!
   A君 :B雄がむかつくんだよ!ふざけやがって!
  お母さん:随分怒ってるわね。何があったのよ。
   A君 :何があったか!思い出したくもないよ!
  お母さん:たまには喧嘩もいいかもね。
   A君 :いいわけないじゃん!喧嘩なんてしない方がいいに決まって
       いるよ!
  お母さん:そうよね。喧嘩は辛いよね。喧嘩にならないようにするのは、
       どうすればよかったのか、ちょっと考えてみてもいいかもね。

◇本来なら、喧嘩なんてしちゃいけないでしょ!というところだろうが、そ
こをぐっと我慢して、A君の上手く言葉に出来ないような感情を聞いてあげ
ることだ。そして、喧嘩を次にしないようにするための促しをしてあげれば、
いいのだ。あまり突っ込みすぎて、A君の感情をさらに害することがないよ
うにしてほしい。


◇失敗や間違いは、それを犯した本人が一番悔やんでいるのだから、ほって
おけば自然と何が失敗の原因なのかを学ぶようになるものだ。根気よく待つ
ことも子育てにとっては、大切なことだ。

 
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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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フォルケ・ヘンシェン

たとえ年をとって老人になっても、
自分の生き方を見出せる人は幸いである。

◇人生には、遅すぎると言うことはない。死ぬ間際であれ、人生の何た
るかを知った人間は、それだけで幸せだ。そうだったのか!人生とはこ
ういうものだったのか!と分かれば、自分の生きてきた人生が無駄では
なかったと思えるからだ。


◇人生に無駄なことは何もないが、私たち凡人は、自分の生きてきた軌
跡に自信が持てずに、いつでも無駄だったのではないかと不安なのだ。
その不安が解消する時、私たちは生きてきたことに安心し、感謝できる
ようになるのだ。たとえ、その気づきが、死ぬ間際でも。


◇今日の言霊もこのことと同じだ。若いうちに気が付けばよいのに、老
人になって、自分の生き方を知ったところで何になる?と思いがちだが、
そうではないのだ。自分の生き方を知って少しでも自分の本当の意志で
歩くことが出来れば、その生きた人生は、最後は、良かったと思えるの
だ。今度生まれ変わっても、この自分として生まれてくるぞ!と思える
ようになるはずだ。


◇自分の命は、自分の意志で使っていこう!自分のためにも他人のため
にも社会のためにも。自分の生き方を見つけるように。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月11日

個別指導の春期講習の提案の考え方

『はじめに』

◇集団指導を長年やっている塾人には、個別指導の考え方を理解するこ
とが、なかなか難しいようだ。個別指導は、入り口では、自由な表現で
生徒の期待値を上げ、中間では、その生徒の特性をしっかり把握し、ベ
ストな提案をしながら不自由に育てて学力を向上させ、出口では、その
生徒にあった受験指導を通して、第一志望校に合格させるということだ。
個別指導においては、提案が全てだ。その次に全ての指導がやってくる。
集団指導は、指導が全てだ。提案は、もう既にコース設定の中で前もっ
て行なっているからだ。コースがあって、生徒がいるのだ。個別指導は、
提案があって、はじめて生徒の指導に入ることが出来る。


『春期講習の提案の考え方』

◇個別指導で、実績(売上げや合格実績)の上がらないものは、提案が、
教務的な裏づけを持たないものが多い。生徒や保護者のニーズを鵜呑み
にして、教室が奴隷のように従うだけの個別指導だ。このような個別指
導は、生徒や保護者の御用聞きになってしまっているから、教室の提案
が、提案の体をなしていない。そして、生徒の学力状況に対応した指導
や志望校へ向けての指導が、生徒や保護者のご都合主義になってしまう
から、学力向上が難しく合格実績が出ないのだ。そして、講習の売上げ
も上がらなくなってしまうのだ。


◇まず、講習に関して言うと、個別指導の対象の生徒たちは、普通の学
力の生徒が増えたとはいえ、学力的に言えば、それほど高くはない。学
校がある時と学校が休みの時では、学習指導の効果に大きな差がある。
学校での勉強と塾での勉強の二本立てになると、学力的に低い生徒は、
辛いことになるが、学校が休みの時は、塾だけの勉強の一本立てとなる
から、集中できる。学校が休みの時こそ、個別指導は、徹底的に勉強さ
せるべきなのだ。


◇それでは、講習による提案の考え方だが、春期講習は、新しい学年の
準備講習となる。たとえば、中1の時に、英数の2科目しかとっていな
かった生徒は、新中2として、学年が上がるから、高校受験の前学年と
して科目を3科目にし、1科目における時限数を5コマ前後にして、提
案するのだ。春期講習は、今までの学年の状況をリセットする講習だ。
そう思ってベストな提案をするようにしよう。そこから、保護者の意見
とすり合わせて、妥協点を高い位置に持っていくのだ。


『経営者の視点』

◇個別指導は、設計のコンセプトによって結果が違ってくる。学力向上
型なのか、薄利多売型なのかで講習の提案は違ってくる。今回は、学習
塾の本流である学力向上型の考え方を書いた。提案が、個別指導の一番
重要な要素だ。その提案に教務的な裏づけがなされれば、必ず、個別指
導の有効性が大きく向上するはずだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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コノテーション

◇休日に疲れて横になりながらテレビを見る私に、もし、妻が「今日は
天気がいいわね~。」と言われると心穏やかでなくなります。

本当に天気がいいのになぜ私は心穏やかでなくなるのか?


◇そうなのです。私は「今日は天気がいいわね~。」という言葉にはな
い別のメッセージを聞いているのです。「こんなに天気がいいんだから
どこかに出かけようよ。」という誘いメッセージです。内心、今日は、
のんびりと過ごそうと考えているのに買い物につき合わされるのを想
像すると心穏やかではありません。


◇妻から発せられた言葉は、「今日は天気がいいわね~。」だけなの
に、私は別のメッセージを聞いているわけです。

「こんなに天気がいいんだからどこかに出かけようよ。」というよう
に、発せられた言葉以外のメッセージをコノテーションといい、それ
に対して「今日は天気がいいわね~。」という発せられた言葉そのも
のをディノテーションといいます。

◇コノテーションは、聞く人それぞれによって違いが出てきます。つ
まり、コノテーションは聞く人の直感と、想像力に依存するのです。

◇前の例で言うと、「今日は天気がいいわね~。」に「こんなに天気
がいいんだからどこかに出かけようよ。」というメッセージがあった
かどうかは微妙です。

私が直感的にそう感じただけかもしれません。
他の人が同じ言葉を聞いたら違うメッセージと受け取ったかもしれま
せん。

◇しかし、「天気がいいから出かけようか」と言う私の言葉を聞いて、
喜ぶ姿を見ると、私の解釈は大きくは間違っていないと考えられます。

◇このように、相手の言葉は、真のメッセージを言葉と言う記号に乗
せて発せられるので、言葉どおりのディノテーションとして受け取る
と、コミュニケーションがうまく取れないことがあります。せいぜい
「そうだね。いい天気だね。」と言ったところで会話はそこで終了し、
相手は不満顔をしているかもしれません。


◇日頃から、相手をよく理解し、直感力で相手の真のメッセージを聞
けるとスムーズな会話が楽しめます。


◇ところで「疲れた~。」と言われたら、あなたはどんなコノテーシ
ョンを受け取りますか。

◇私は「『頑張ったね。』と言って(認めて)ほしい。」と解釈しま
す。そこで、立場上問題がなければ、「頑張ったんだね。」と応答し
ますし、目上の人であれば、「お疲れ様でした。」と応答します。


◇「今、私怒っているんです。」と言われたら、あなたはきっと
「どうしたの?」と訊ねることでしょう。そして、スムーズに会話が
進みます。そうするとこの時のコノテーションは、
「私の話を聞いて・・・。」だと想像できます。

◇「何でこんなこと言うんだろう?」と不思議に感じるような発言を
耳にした時には、是非コノテーションを感じて相手の真のメッセージ
を受け取るように心がけてみましょう。

ますます、会話が深まることでしょう。

山本 有三

母性愛なんて言いますが、自分の子供のことしか考えないようなものは、
動物と変わるところがないじゃありませんか。

◇今日の言霊は、動物には失礼なものだが、現在の日本の親御さんたち
に伝えたいものだ。自分の子どものことを考えることは親として当然だ
が、自分の子どものことだけしか考えないのは問題だ。


◇自分の子どもだけがよければそれでよいと言う風潮が、このところ、
日本で幅を利かせているように思うが、こんなことでは、子どもは真っ
当な大人になれるわけがない。自分のことだけしか考えない大人が、真
っ当な大人のわけがないからだ。


◇社会の中で生きる私たち人間は、他人との共生を主眼にして生きてい
くことが基本なのだ。その限りにおいて、自分のことを考え、他人のこ
とを考えて、生きていくものだ。


◇子どもは、社会の子どもなのだ。自分の子どもであるのと同じぐらい
社会の子どもなのだ。そういう意識を私たち大人は持っていた方がよい。
子どもの学力をいくら高めようが、自分のことしか考えないような大人
になってしまったら、意味がないのだ。そのことを私たちは、もっとは
っきり表明した方がよいと思う。


◇自分のためだけに勉強するんじゃない。社会のためにも勉強すること
だ。そのことを大人はもっと子どもに伝えていかなくてはならないと思
う。世の「教育ママ」や「教育パパ」は、今日の言霊をしっかり受け止
めて欲しいと思う。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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福永 武彦

未来は偶然ではない、未来は或る程度まで現在を生きる時の勇気と、
事に当っての正しい選択とによって決定される。


◇私たちは、必然と偶然の間を生きている。今あるポジションは、自分
の今までの努力がその大半を占めている必然的な要素だが、たとえば、
今日の電車の遅れは、自分の今までの努力の結果ではない、偶然の出来
事だ。私たちの人生は、必然と偶然が折り重なって、その中を生きてい
るのだ。


◇今日の言霊は、未来を自分の意志で創るための心構えを言っているの
だ。未来を自分の意志で創っていくためには、自分の現状を捨てる勇気
が必要だ。保身に気を使いながら、現在を生きていくのでは、未来に向
けた正しい判断が出来ないからだ。自分の現状に拘束されすぎて、未来
に自分が向くことがないからだ。だから、勇気を持って現状を超え、未
来にとって正しい判断を現時点で行なっていくこ
とが、未来を自分の意
志で創ることになるのだ。そうすれば、未来は、自分の必然として立ち
現れてくるはずだ。


◇自分の今をどう受け止めるかで、未来が変わる。今、自分の思い通り
の人生を送れていなければ、その今を導いた自分の判断をこれから変え
ればいいのだ。逆に今、自分の思い通りの人生を送っているのであれば、
油断しないで、今後も今までの判断をのぼせずにしていけばよいのだ。


◇未来は、自分の必然なのだ。偶然的な要素も十分含まれるが、その大
半が、必然のなせる業なのだ。そう受け止めて、自分で自分の未来を創
っていこうと決めることだ。そういう勇気を持つことだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月08日

「道徳」という名称をかえてはどうだろうか!

【記事】「道徳」の時間に責任教員を配置

 読売新聞(2008年2/3)より以下抜粋

○文部科学省は、現在改定作業を進めている次期学習指導要領で、道徳
教育の全体計画と「道徳」の時間の年間指導計画作成の中心となる教員
を各小中学校に1人ずつ配置することを明記する方針を決めた。 指導
計画担当教科化は見送り。

○政府の教育再生会議が強く主張した道徳の教科化を見送る一方で、道
徳教育の充実を図ることで一定の配慮をした形だ。同会議が求めていた
偉人伝などを道徳の教材として活用することも指導要領に盛り込む。
 
○現在の学習指導要領は道徳の時間の年間指導計画について、「校長を
はじめ全教師が協力して作成する」と規定している。道徳は、ほかの教
科と違い教員免許がないため責任があいまいになっている面があり、今
回の改定により各校が、責任者となる教員を決めることでより計画的な
指導をすることを狙ったものだ。
 
○道徳は、国語や理科などの教科とは別枠に位置づけられており正式な
教科とは認められていない。教育再生会議が1月31日の最終報告で
「直ちに実施に取りかかるべき事項」として「道徳を教科として充実さ
せ、人間として必要な規範意識を学校で身につけさせる」と明記するな
ど「教科化」を求めてきた経緯がある。また、町村官房長官も文科省に
対し、次期学習指導要領に道徳を正式な教科として位置づけるように促
してきた。
 
○ただ、正式な教科とするためには〈1〉5段階など数値で評価する
〈2〉検定教科書を使用する〈3〉中学校以上は各教科専門の教員免許
を設ける――の3条件が必要だ。指導要領の改定を審議してきた中央教
育審議会(文部科学相の諮問機関)では、数値での評価や検定教科書を
作ることは道徳教育になじまないとして反対論が根強かった。
 
○このため文科省内で、道徳の扱いについて調整し、教育再生会議の意見
も反映させることにした。

*私からのコメント

◇私たちの近々の教育課題は、「道徳」教育だろうか。人の道を説くこ
とで、子どもたちの何に寄与しようとするのだろうか。人の道を何回説
いて聞かせたところで、子どもたちが、成人君主には、なかなかなれな
いものだから、多分、今回の記事にある「道徳」の時間に、そういう人
徳的な要素を求めているのではないだろう。

◇今私たちが、本当に子どもたちに知ってもらいたいことは、社会のル
ールや公共的な意識ではないだろうか。そういうルールをまず教えるこ
とが、重要なことだ。多分、文科省も教育再生会議のメンバーもそうい
う意図で、「道徳」という教科らしいものを学校で教えようと提案して
いるのではないだろうか。だとすれば、ここで「道徳」という言葉を捨
ててしまって、違う名称で社会的なもの、公共的なものを教えてみては
どうだろうか。


◇たとえば、「道徳」に変わって、「社会性教育」とか「命のルール」
とか、「公共性教育」とか、教える内容に即した名称を使ってみてはど
うだろうか。「道徳」と言う教科らしきものには、「修身」とか「教育
勅語」という負のイメージが付きまとっているし、もしかしたら、「教
育勅語」の復権を本当に考えている人もいるかもしれないから、そうい
う誤解をもたれる名称を学校の教科らしきものから取ってしまうことだ。


◇私は、「教育勅語」の徳目が、意味がないと思ってそういうことを言
っているのではない。「教育勅語」の形式が、天皇から与えられた徳目
というものになっていることが、問題だと思っているのだ。


◇「道徳」という名称を変えて新たな名称にしてしまえば、その教科の
担当教員も少しは、重荷をおろせるのではないだろうか。学習内容に即
した名称を考えてもらいたい。


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山岡 荘八

重荷が人をつくるのじゃぞ。身軽足軽では人は出来ぬ。

◇その昔、小学校の修学旅行で日光に行くのが、横浜市の小学校の定番
だった。その日光で、今ではもう見なくなった三角形の張物をお土産に
買って家に飾っていたのだが、それが、徳川家康の家訓というもので、
その中で、「人生は重荷を背負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず」
というのが確かあったように記憶している。


◇子ども心に、人生の厳しさを知ったように思うし、自分の生きる環境
が苦しければ苦しいほど、自分が立派になっていくのだなあと思ったも
のだ。今日の言霊もそのことを言っているのだが、最近の風潮は、そう
いう苦労を嫌う。


◇楽して何とかなればよいと思っている傾向が、非常に強い。楽をして、
時間をかけずに、すぐにものになることだけを求めているような感じが
するが、そういう考え方は、自分の一生を振り返って考えてみても、い
いことではない。


◇自分の人生を自分の身の丈の力で歩んでこそ、自分の人生なのに、楽
に、簡単に、気軽に、歩もうとしたら、何か大切なものを置き去りにし
てしまうように思う。


◇私たちは、自分自身を背負って人生を歩んでいくのだ。身軽になるこ
とはない。身軽を目指してみても、それは、自分自身に嘘をつくことか
もしれない。重荷とは自分のことだ。この得体の知れない自分を背負う
て人生を一歩、一歩、歩んでいこう。それしか、私たちの生き方はない
のだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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松下 幸之助

感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく。

◇私たちは、どうあがいても一人で完結することのない人生を歩んでい
る。他人のいない人生は、考えられない。親であろうとも自分以外の肉
体を持った他人だ。私たちは、常に他人の中で生きていく動物なのだ。


◇そんな私たちだから、他人を前提にして生がある。他人あっての自分
だと言えなくもない。そうだとすれば、他人と共に幸福を追求しない限
り、幸福がやってくることはない。他人と共に幸福を享受しなければ、
幸福になることはない。他人あっての自分だからだ。


◇今日の言霊も指摘するように、他人に対する感謝の気持ちが、私たち
に根付くようになればなるほど、私たちの幸福感は高まるはずだ。それ
は、他人あっての自分だと深く感じることが出来るからだ。感謝の気持
ちを忘れてはならない。


◇自分が生きていけるのは、他人の存在があってのことだ。感謝の気持
ちと共に生きていけるような自分になることだ。生かされてることに感
謝しよう!

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2008年02月06日

大江 健三郎

教わって「知る」、それを自分で使えるようになるのが「分かる」、
そのように深めるうち、初めての難しいことも自力で突破できるようになる。
それが「さとる」ということ。

◇今日の言霊は、まさしく教育のプロセスだ。何を知るのかも重要な
ことだが、知ったことを自分で使えるようになって初めて教育が完結
する。その先の困難な事態に対して、その使えるようになった知識を
駆使して、その困難な事態を乗り越えようとするのは、もう学力の問
題ではないかもしれない。それは、自分の問題になってくるからだ。
だから、今日の言霊は、「さとる」という言葉を使っていると思う。


◇昨今の私たちは、教育と学力問題を同一視して、学力が高い方が、
ただそれだけで素晴らしいことのように考えている節があるが、それ
は間違いだ。何かを教え、それを使えるようになるまでは、学力の範
囲内のことだが、それ以上は、学力の問題ではない。


◇高度な内容を知って、それを使えるようになったからと言って、そ
の先の困難な事態に対してどう向き合って、それをどう打開するかは、
自分の問題なのだ。だから、学力の問題以上に、自分の処し方の問題
だ。そのことに思いを馳せない学力問題は、教育全般の問題ではない
のだ。


◇今日の言霊で大江健三郎氏が「さとる」という言葉を使った意味を
考えることは非常に重要なことのように思う。私たちの教育の問題を
ただ学力問題にすり替えないようにしたいものだ。教育の問題を自分
との向き合い方の問題としても議論するべきだと思う。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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「モチベーション」(後編)

○前回のあらすじ

小4あたりから中学受験勉強を始めるご家庭が多いだろう。
ただ、小4は学習に対するモチベーションを維持させるのがなかなか
難しい。

そんな小4に関することで、先日、ある中学受験塾の先生からこんな
話を聞いて、なんだかちょっと悲しくなった。


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小4を担当していたとき、明日香という生徒がいたそうだ。
授業のノートをお母さんが毎回必ずチェックする。
別にノートをチェックするのは珍しいことではない。


「どんな勉強しているんだろうか?」
「先生はどんな指導をしているのだろうか?」
「うちの子は理解しているのだろうか?」
など、親なら当然知りたいはずだ。


しかし、明日香のお母さんは、ただのノートチェックだけにはとどま
らなかった。


仮にその担当の先生をA先生としておく。A先生が担当になった二回
目の授業のことだ。


記述問題を机間巡視しながら、チェックしていく。明日香のノートを
覗くと、○の上に大きく×がしてある。それは、前回、授業中にやっ
た記述問題だ。


明日香の記述を○したのはA先生自身である。では、×は?

「これ、どうしたの?」

気になったA先生は明日香に尋ねた。明日香は答える。

「お母さんが・・・・」

A先生の○をした上から×をしたのは明日香のお母さんだった。


明日香が書いた記述の解答が模範解答と異なっている。それなのに
○がしてある。基準が甘い。これが×をした理由である。


A先生も全く間違っているのに○をつけはしない。ただ、だいたい
の趣旨が合っていれば、多少の違いは目をつぶって正解としている。


枝葉末節にこだわってやる気をなくさせては意味がない。○をして
あげて、生徒のモチベーションを維持しようという狙いがある。


細かい部分は小5になってからでも十分である。書くの嫌い!国語
嫌い!という生徒を小4の段階で作りたくないのだ。


「好き!」と思わせればしめたもの。好きな教科の勉強は苦ではな
い。嫌いな教科よりも進んで勉強する。勉強をすれば、学力も上が
る。


しかも、模範解答は所詮「大人の作った答え」である。小4の生徒
が全く同じような記述を書けたのなら、それは本当に凄いことであ
る。


○をする。でも、明日香はこう言う。

「どうせ、お母さんに×されるから・・・」


何度かこういうことが続き、お母さんからの「厳しくつけてほしい」
という要望が室長へ届いた。


A先生はほかの生徒と違う基準で明日香の記述を厳しくつけなくて
はならなくなった。

しばらくして、明日香は学力別に編成されているクラスをダウンし
てしまった。成績もどんどん落ちていった。


もちろん、国語の記述の件が原因かどうかは分からない。
ただ、子供の口から「どうせ・・・」なんていう言葉は聞きたくはな
いなぁ、やっぱり。

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2008年02月05日

2月1号『新年度口コミ戦略~集客の仕掛け作りを考える』

◆目次
■巻頭所感
■Pick Up教育ニュース&ポイント
■達人の小技:入試の活用
■MBA特集:新年度口コミ戦略
~集客の仕掛け作りを考える
■月刊塾経営の視点:2008年2月度
■イノさんのコミュニケーション道場:第43ラウンド「叱られる部下にも五分の魂」
■数で読む教育:教育費負担の実態調査

「塾経営サクセスネットMBA」107 号を皆様にお届けします。

 今号の特集は、「新年度口コミ戦略」です。今回は、集客の仕掛けを口コミに求めました。口コミに上るためには、口コミに上る材料を生徒や保護者に提供することが必要です。合格実績の打ち出し方やプロセス実績の打ち出し方を工夫し、そしてアンケート結果を保護者や生徒に徹底的にアピールすることです。そうすれば、口コミになっていく可能性が大きいのです。ぜひ、参考にしてください。
 また今号は、「イノさんのコミュニケーション道場」で叱り方について取り上げています。新入社員が入ってくる時期です。今までの叱り方を見直してみてはどうでしょうか。叱られた社員の言い分にも五分の魂があるはずです。そのことを受け入れながら、注意を促してみてもよいかもしれません。それにしても、人を叱るのは難しいものです。


マネジメント・ブレイン・アソシエイツ代表 中土井鉄信

子どものとの主導権を争いから身を引こう!

◇正義感の強いお母さんは、子どもに対しても、正義を通そうとする傾向が
強い。子どもは小さな大人だとは言っても、それほど、言語活動が発達して
いるわけではないから、お母さんのロジックに勝てるわけはない。色々抵抗
はしていても、結局のところは、口でやり込められてしまうことが多い。


◇往々にして、正義感の強いお母さんは、子どもに敗北感を負わせながら、
子育てをしているようなところがある。これは傍から見ていると、お母さん
と子どもの主導権争いそのものなのだが、お母さんは、それにどういうわけ
かなかなか気が付かないのだ。


◇こんな会話が行なわれて、お母さんが不愉快になりそうだったら、自ら身
を引いて欲しい。それは、主導権争いを子どもとやっている可能性が強いか
らだ。

   A君 :ただいま!今から遊びに行ってくるよ!
  お母さん:学校の宿題はないの?
   A君 :後でやるから平気だよ!
  お母さん:いつもそんなこと言って、やったためしがないじゃない!宿
題をやってから遊びに行きなさいよ!
   A君 :えっ!?ダメだよ。友だちが待っているから。
  お母さん:どこで待っているのよ。そんなこと言ってもダメよ。今日は、
宿題をやらないで遊びに行くことは許しませんからね。
   A君 :ふざけるなよ!何で?後で宿題やるって言ってんじゃん!
  お母さん:何がふざけるなよ!?そんな言葉使いして!自分の都合が悪
くなるといつもふざけるなって!そういうことで良いわけないでしょ!


◇こんな会話が、繰り広げられたら、これは宿題をやらせたいお母さんとす
ぐに遊びに行きたい子どもの力関係の争いになっているのだ。無理やり宿題
をやらせたところで、結果は知れている。勉強にならないはずだ。


◇だとすれば、裏切られる約束かもしれないが、遊びに行った後で宿題をす
ることを約束し、その約束を子どもがどう実行するのかで、話し合いを持つ
ことだ。言い争いの最中にシロクロ決着をつける必要はないのだ。子どもを
言い負かしてもいいことはない。親が大人になることだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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ヘレン・ケラー

一番大事なことは、どんな環境が必要かということではなく、
どんな考えで毎日生活しているか、どんな理想を追い求めているか、
ということなのです。


◇私たちは、都合のよい動物だから、物事が順調な時は、自分の能力の
なせる業のように考え、物事が上手く行かなくなると途端に他人のせい
にしたり、環境のせいにして、上手く行かない原因を自分以外に求める。


◇自分にとって都合のいいことは、自分の手柄で、自分にとって都合の
悪いことは、他人のせいにして、自分の精神を安定させている。しかし、
それが過ぎると、他人から疎ましく思われてしまい、自分の首を自分で
絞めるような結果になって、ニッチモサッチモ行かなくなる。悪循環が
生まれて、自分の人生をつまらないものにしてしまう。


◇今日の言霊は、そういう悪循環を断ち切る言葉だ。一番大切なことは、
自分自身と向き合って、どういう考えをして、一日を過ごすかだ。自分
なりの理想を求めて、一日一日をどういう風に生きるかだ。自分の生活
を自分の意志で、生きようと覚悟を決めることだ。


◇そうすれば、自分の人生に責任を持つことが出来る。自分の人生を、
自分の生まれた環境のせいにも親のせいにも友人のせいにもしないだろ
う。自分の人生なのだから、全てのことは、自分のためにあるのだ。全
て自分が原因で起こることなのだ。ただし、偶発的な天災・事故は除い
ては。


◇自分の人生を肯定していこう。良いことも悪いことも全て自分の人生
だ。自分のこととして全て受け入れて、次のステップを踏んでいこう。
もう一度自分の人生を生きたくなるように、全力で走り抜けていこう。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年02月04日

脱!青い鳥症候群

◇現状に満足することができず、自分にもっと良い環境があるはず、
自分はもっと幸せを享受できる人間であるという信念の下、次々に転職を
繰り返したりするような人のことを「青い鳥症候群」と言います。


◇きっと周りから、「何を甘いことを考えているんだ。」「そんな夢みたい
なことなんか現実にあるわけないだろう。」と非難されることでしょう。

◇青い鳥症候群とは対照的な生き方‐‐地道な研究や努力で、成功を収
めた人の中には、努力の過程で、生産性を見出せず世間から揶揄され、
それでも愛する家族だけは、貧しい生活に耐え、協力してくれた。など
といった成功談もありますので、逆の生き方である青い鳥症候群にも何
らかの可能性があって捨てたものではないかもしれませんね。冗談です。

◇青い鳥症候群と地道な努力をしている人の間には、全く異なった
信念とプロセスがあるのです。青い鳥症候群の人は、実は自分の存在を
軽視している可能性が高いのです。環境は絶対的なもので、自分の手が
及ばないと感じているので、転々と環境を変えようとしているのです。

◇一方、成功する人は、自分の夢と能力を信じ、居心地の悪い環境なら、
時間はかかるかもしれないが、いつか変えることを夢見て、自分の力を
信じて、地道な努力をしているのです。

◇私たちは、おぎゃーと生まれた時から、環境の一員です。
あなたの誕生は、家族に喜び与え、親に生きる張り合いを与えてきました。
社会に出て、あなたが物を買うことで、恵みを受けている人がいます。
あなたが働くことで、あなたが作ったものが人を幸せにしているのです。

◇私たちは、一生懸命生活しているだけで、十分社会と言う環境にかかわり
続けているのです。社会という環境は、私たち一人一人が作っている成果
なのです。

◇現状を受け入れる勇気を持つか、現状を変革する勇気を持てば、存在
しない青い鳥を探すと言う、非生産的なことにエネルギーを使い自らを
惨めにする必要はないのです。

◇私の教師現役時代、中学校の卒業式で

知恵あるものは知恵を使え、
知恵なきものは身体を使え、
知恵も身体も使わぬものはここから立ち去れ!

という厳しい言葉を送ったPTA会長さんがいらっしゃいました。

◇私たち人間は社会に多かれ少なかれ社会に貢献する権利と義務を
負っています。そこが、自分や子孫がただ生き続けることだけに
関心がある他の動物と違うところです。

◇私たちの幸せは、社会に貢献したときに感じられるものだ。
と私は信じています。社会から離脱したり、社会に反抗している限り、
その人に幸せは訪れることはないと思うのです。

◇「あなたが最近、人にしたことは何ですか?」
「あなたが最近、人から喜んでもらったことは何ですか?」
「そのことを思い出すとどんな感じがしますか?」

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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定員を区切る募集と区切らない募集

『はじめに』

◇一時期、「後何名で満席」という打ち出しが流行ったことがあった。
今でもやっているところもあるが、その塾自体の評価がよくなければ、
そういう打ち出しをしても全く効果はないはずだ。逆に、そういう打
ち出しが、その塾の集客能力を表してしまって、大したことはない!
というように思われてしまうこともある。今回は、チラシ等の打ち出
し方の工夫について考えたい。


『プレミアム戦略か、一般化戦略か』

◇定員を限定して募集をすると言うことは、ターゲットを明確にして
はじめて有効なものになる。ターゲットを明確にするとは、小学生と
か中学生とか高校生とか、という大きな集合ではなく、小学生ならば、
どんな目的を持った小学生なのか、どういう成績の小学生なのかを具
体的に絞っていくということだ。


◇この絞りがあって、定員を限定するから、サービスに高級感の期待
が醸成されるのだ。このことをまず、押えておくべきだ。セグメント
を明確に打ち出すということは、薄利多売的なコースではなく、小ロ
ットのコースとなるはずだから、価格帯もそれなりに高価格帯にして
おかないと旨みはないし、逆に信頼感の醸成にならないから、顧客に
対する訴求力がつかない。これが、プレミアム戦略の第一歩だ。


◇次に一般化戦略は、上記のようにセグメントを絞るのとは反対に、
ターゲットを大きな集合にして、その中で大きく網を広げて、顧客を
獲得する方法だ。


◇こういう時は、一般的なニーズを明確にして、具体的なサービスの
あり方を打ち出して、最大公約数的な謳い文句で、みんなの共感を得
るような広告にすることだ。価格帯も値ごろ感のあるものがいい。そ
して、募集定員だが、塾の評判がよければ、今回の募集では3名とか
5名になったら打ち切りです、というように絞ってもいいが、評判に
自信がなければ、定員を区切ることはしない方がよい。それよりは、
特典を工夫して、他塾よりも入りやすい演出をした方が得策だ。


◇経済状況がまた悪くなり始めている昨今、様々に工夫をすることで、
入会誘引は大きくなるはずだ。塾の置かれた地域状況をよくよく考え
て、宣伝戦略を創っていくことだ。

『経営者の視点』

◇新しい戦略をとるか、従来の戦略を深耕させるかは、その塾の地域
ポジショニングによる。自塾の立ち位置をよくよく分析して、広報宣
伝を考えていくことだ。

トーマス・エジソン

人間は笑うという才能によって、他のすべての生物よりすぐれている。


◇笑顔が笑顔を呼ぶ。笑顔の連鎖が私たちを幸せにする。だから、私た
ちは、笑顔でいることをいつも心掛ける必要がある。悲しくても辛くて
も、笑顔でいれば、その悲しみやその辛さは半減して、いつかは楽しく
なっていくものだ。


◇笑顔は、人間に与えられた最大の贈り物だ。その笑顔を十分に使わな
い人生は、なんともったいない人生だろう。笑顔で満ちた人生を私たち
は、送りたいものだ。


◇人間の笑うという才能を私たちは、十分に意識しているだろうか。楽
しい時は、自然と笑えるが、それだけが、笑うことではない。自分の馬
鹿さ加減を笑ってみること、他人の面白い側面を笑って受け入れること、
自分の予想を超えた事態を笑って過ごすこと、権力者に対して笑いなが
ら反抗すること、実に色々な笑いが私たちにはある。その笑いを私たち
は、自分の人生のエネルギーにしているだろうか。


◇たまには、大きな笑い声を上げよう。自分の笑顔を自分のために、他
人のために、意識して使っていこう。笑う角には福来り!だから。

オルテガ・イ・ガセット

過去は、われわれが自分たちの将来をつくるための武器を見つける唯一の
兵器庫である。われわれは理由なく記憶するのではない。


◇私たちがよりよく生きていくためには、それなりのスキルが必要だ。
そのスキルの源は、基本的には過去の中にある。歴史の中に様々な人
生劇場があり、歴史の必然と言われるような事件があり、そして、今
日にまで繋がる伝統がある。私たちの人生は、その中の一部をもう一
度再現しているようなところがあるから、歴史を振り返って、自分に
とって重要だと思われることから何かを学ぶことが、生きていくため
のスキルとなっていくのだ。


◇私たちが、記憶に留めている歴史は、私たちにとって有益なものだ
から、記憶に残っているのだ。だから、記憶に残る歴史から私たちが、
学ぶことは数多くあるはずだ。今日の言霊はそう言うのだ。過去が、
現在を形作り、未来に影響を与える以上、過去から学ぶべきことは非
常に多くある。未来は、過去の焼き直しだという指摘があるが、そう
いう一面は否定できない。過去を捨てて、現在も未来もない。


◇未来の夢も希望も、今を、過去を受け止めながら、それでもそこに
留まらないことで実現していくものだ。学ぶべきものを謙虚に学んで
いこう。私たちの歴史なんだから。

2008年02月01日

どういう目的で効果測定を行うのか?

【記事】都が全公立小・中学校約2000校で学力テスト実施(東京)

 読売新聞(2008年1/21)より以下抜粋

○都内の公立の小学5年生と中学2年生を対象にした都学力テスト「問
題解決能力等」が17日、約2000校で一斉に行われた。問題解決能
力調査は、応用力や読解力を測るために昨年度から実施され、2回目と
なるこの日は、16万6000人の児童・生徒が取り組んだ。


○都教委は2003年度から、都内の児童・生徒の学習指導要領に基づ
く学力を測るとして、国語、算数・数学、理科、社会、英語(中学のみ)
の各科目で、独自の学力テストを実施してきた。昨年度からは、問題解
決能力調査も始めた。

 
○しかし、今年度から全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が始
まったため、都教委は「すみ分けを図る」として、児童・生徒の応用力
や読解力を問う問題解決能力調査のみを全校で実施することにした。ま
た、国語と算数・数学については、成績下位層の問題点を発見するため、
やや難易度を下げたテストを、希望する学校など計約520校に絞り、
今月10~21日の日程で実施している。

 
○この日の問題解決能力調査では、バラバラの文章を並べ替えて手紙を
完成させる(小学)ほか、2人の会話文を読んで、どれだけ論点を理解
したかを問う(中学)など、昨年度と同様、ユニークな問題が出題され
た。
 
○大手進学塾「栄光ゼミナール」の横田保美・広報部長は、「出題量も
難易度も適切で、非常に練られた良問」と評価。ただ、「選択肢を先に
読む受験テクニックで、問題文をすべて読まなくても正解が出せる問題
があった。記述問題を増やしても良いのでは」とも指摘した。


*私からのコメント

◇テストは、効果測定だ。だから、学習したことをチェックすることは
それほどおかしいことではないが、学校を超えて、一律で効果測定する
ことが、どれほど教師に授業の反省材料になるのか、疑問に残る。こ
ういう学力テストを東京都全体で実施することで、学校や教師に無言の
圧力になっているのではないかと危惧する。また学校での授業自体が、
こういうテストに対する忠誠競争になりかねないようで心配だ。

◇テストをすればするほど、テストでは点数が取りやすくなることは、
私も経験していることではあるが、それだからといって、テストの圧力
を学校や教師にかけて、学力を上げようとしても、それは本末転倒では
ないだろうか。授業の質を高めるための指針つくりであれば、今回のよ
うに大々的に経費をかけてテストを実施する必要はない。それよりは、
公開授業等を実施し、教師同士で評価軸を確立していったほうがよい。


◇また都教委の言う事をより聞かせるために、こういうテストを実施し、
学校や教師を統制する目的があるのであれば、話は別だ。日の丸の話と
同様、しっかり議論するべきだ。


◇学校教育が、学力向上のためだけのものならば、こういうテストで学
校や教師をがんじがらめにすればよいだろうが、そうではないとすれば、
効果測定の方法を変えることも考えたほうがよい。あまりにも学力にば
かり注目してしまうのは、私たちにとってはマイナスになるはずだ。


◇学力の高い人間が優れた人間ではない。学力を身につけるプロセスで、
自己を見つめ、他者と関係合いながら成長することで、優れた人間に形
成されていくのであって、学力が高いから優れた人間になるのではない。
そのことをもう一度私たちは、見直すべきだ。


◇教師もそれと同様で、テストの点数をうまく取らせる教師が、優れた
教師ではなく、生徒が自己を見つめられるように促すことが出来る教師
が、優れているのだ。そういう教師は、結果的に知的好奇心を刺激する
からテストの点数もよくなっていくのだ。この関係を私たちは、忘れる
べきではないと思う。

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三木 清

全体性における人間は天使でもなければ動物でもなく、
天使であると同時に動物である。かくして人間とは矛盾の存在である。

◇人間ほど、同じ種である人間を殺害してきた動物も珍しいのではない
か。また、人間ほど、同じ種である人間を助けてきた動物も珍しいので
はないか。


◇自然界で暮らす動物は、自分が生きていくこと、同じ仲間が生きてい
くことに全精力をつぎ込み、その限りにおいて、助け合い、他の種を殺
し合って、生きながらえているのだから矛盾はないが、ただ一人人間だ
けは、自然界からはみ出した文明・文化の中で生きているから、自然界
からの影響と文明・文化の影響を二重に受けて、どうしても相反する行
動や思いが生まれてしまう。


◇天使にもなれば、悪魔にもなってしまうのが、人間なのだ。だからこ
そ、人間は、他の動物よりも複雑だし、不思議な存在なのだが、そんな
人間を理解しようとすると、人間である私たちには、大きな難問として
立ちはだかる。


◇あんな残酷な人が、あんな優しいことも出来るのかと、驚くこともし
ばしばならば、その逆も真で、あんな優しい人が、あんな残酷なことも
出来るのかと人間不信になることもしばしばだ。


◇しかし、それが、人間の矛盾的なありようなのだ。矛盾的なありよう
があってこそ人間なのだ。だから、それを私たちが、希望的な観測を超
えて、しっかり受け止めることなのだ。人間なんて、動物の成れの果て、
動物のような一貫性のない生き物なんだと自覚することなのだ。


◇私の中には、天使も悪魔も住んでいるのだ。そのどちらをどのタイミ
ングで出すかは、自分次第なのだ。天使と悪魔の共存の上に、私たちは
生きているのだから。

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