「道徳」という名称をかえてはどうだろうか!
【記事】「道徳」の時間に責任教員を配置
読売新聞(2008年2/3)より以下抜粋
○文部科学省は、現在改定作業を進めている次期学習指導要領で、道徳
教育の全体計画と「道徳」の時間の年間指導計画作成の中心となる教員
を各小中学校に1人ずつ配置することを明記する方針を決めた。 指導
計画担当教科化は見送り。
○政府の教育再生会議が強く主張した道徳の教科化を見送る一方で、道
徳教育の充実を図ることで一定の配慮をした形だ。同会議が求めていた
偉人伝などを道徳の教材として活用することも指導要領に盛り込む。
○現在の学習指導要領は道徳の時間の年間指導計画について、「校長を
はじめ全教師が協力して作成する」と規定している。道徳は、ほかの教
科と違い教員免許がないため責任があいまいになっている面があり、今
回の改定により各校が、責任者となる教員を決めることでより計画的な
指導をすることを狙ったものだ。
○道徳は、国語や理科などの教科とは別枠に位置づけられており正式な
教科とは認められていない。教育再生会議が1月31日の最終報告で
「直ちに実施に取りかかるべき事項」として「道徳を教科として充実さ
せ、人間として必要な規範意識を学校で身につけさせる」と明記するな
ど「教科化」を求めてきた経緯がある。また、町村官房長官も文科省に
対し、次期学習指導要領に道徳を正式な教科として位置づけるように促
してきた。
○ただ、正式な教科とするためには〈1〉5段階など数値で評価する
〈2〉検定教科書を使用する〈3〉中学校以上は各教科専門の教員免許
を設ける――の3条件が必要だ。指導要領の改定を審議してきた中央教
育審議会(文部科学相の諮問機関)では、数値での評価や検定教科書を
作ることは道徳教育になじまないとして反対論が根強かった。
○このため文科省内で、道徳の扱いについて調整し、教育再生会議の意見
も反映させることにした。
*私からのコメント
◇私たちの近々の教育課題は、「道徳」教育だろうか。人の道を説くこ
とで、子どもたちの何に寄与しようとするのだろうか。人の道を何回説
いて聞かせたところで、子どもたちが、成人君主には、なかなかなれな
いものだから、多分、今回の記事にある「道徳」の時間に、そういう人
徳的な要素を求めているのではないだろう。
◇今私たちが、本当に子どもたちに知ってもらいたいことは、社会のル
ールや公共的な意識ではないだろうか。そういうルールをまず教えるこ
とが、重要なことだ。多分、文科省も教育再生会議のメンバーもそうい
う意図で、「道徳」という教科らしいものを学校で教えようと提案して
いるのではないだろうか。だとすれば、ここで「道徳」という言葉を捨
ててしまって、違う名称で社会的なもの、公共的なものを教えてみては
どうだろうか。
◇たとえば、「道徳」に変わって、「社会性教育」とか「命のルール」
とか、「公共性教育」とか、教える内容に即した名称を使ってみてはど
うだろうか。「道徳」と言う教科らしきものには、「修身」とか「教育
勅語」という負のイメージが付きまとっているし、もしかしたら、「教
育勅語」の復権を本当に考えている人もいるかもしれないから、そうい
う誤解をもたれる名称を学校の教科らしきものから取ってしまうことだ。
◇私は、「教育勅語」の徳目が、意味がないと思ってそういうことを言
っているのではない。「教育勅語」の形式が、天皇から与えられた徳目
というものになっていることが、問題だと思っているのだ。
◇「道徳」という名称を変えて新たな名称にしてしまえば、その教科の
担当教員も少しは、重荷をおろせるのではないだろうか。学習内容に即
した名称を考えてもらいたい。
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