人類みなKYだ!
◇KYという略語が話題になっています。もともとはインターネットの
掲示板から発生したようですが、若い人たちを中心に日常会話でも使わ
れるようになったようで、マスコミも大きく取り上げています。略語の
作り方は、いかにも女子高生好みで良いとして、KYの意味を考えると
なかなか奥深いものです。
さて、KYを検索すると「空気読めよ」「空気が読めない奴だな」の意
味で周囲の状況にふさわしい言語ができない人への警告とあります。
教育現場にいた私としては、いじめとなんら変わらない論理ではないか
と感じます。いじめも、自分たちの集団に合わないという主観的論理で、
言葉や肉体的暴力で、ある特定の仲間を排除しようとする行動でした。
アルファベットを使った略語であることで、そのユニークさが評判なの
でしょうが、いじめの温床だと私は感じるわけです。
KYは、ある集団やある力を持った人間が「我々の状況を把握して、そ
れに順応しろ!」と言っているエゴ以外の何ものでもありません。他人
に対してKYを連発する人間ほど、コミュニケーションの本質から言え
ば、KYであるのではないでしょうか。
封建的なコミュニケーションの多くは、多数派や権力者の主張で成り立
っていました。しかし、様々な反省から生まれた民主主義の原理によれ
ば、人はみな対等です。固定的に多数派や権力者が一方的に主張し、そ
れ以外の人間が、それに追従することではありません。互いに主張し、
互いに相手の主張に共感することが対等を実現するための姿勢だと私は
考えます。
「空気読めない」は個人の性格や人間性の問題ではなく、コミュニケー
ションの課題だと考えた方が、幸せになれそうです。人間性の問題であ
るとしたら、人類みなKYです。各人が個性を持っているので、完全に
は相手に順応なんかできないからです。
対人関係で、違和感を覚えるような時こそ、コミュニケーションの必要
性のシグナルなのです。そもそも、ツーカーで分かり合える者同士にコ
ミュニケーションなんて言葉は要りません。仲のいい者同士が、「私た
ちはコミュニケーションがうまくできている」とは言いません。
相手に違和感を覚えたときこそ、相手を非難したり、排除したりするこ
とをやめ、その無駄なエネルギーを変換し建設的なコミュニケーション
に使いたいものです。
今、KYに過敏になっている人が増え、自分が標的にならないように、
メールや掲示板を利用して、KY防止に努めているという話がマスコミ
で取り上げられました。標的防止対策というより、主張と傾聴(共感)
の姿勢を貫き、コミュニケーションスキルを磨くことが肝要だと私は感
じるのですがみなさんは如何です。
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