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2008年06月30日

話を聞かせてください! 

◇よく人は、会話を求める時に「話をしよう」と言います。知らず知らずの
うちに私たちは会話を自分の知っていること、意思や感情を伝えることの
ように思い込んでいる節があります。


◇どうやって上手に話して、相手に理解してもらおうか、そして、願わくば、
自分の思いの通りに動いてもらいたと思っていることも少なくありません。

◇そして、相手も同じように考えていることが多いわけです。結局、互いに
言いたいことを言う機会争奪戦が繰り広げられたり、大声や早口で捲し立て
たりすることになるわけです。


◇もう、こうなったら会話ではありません。どんなに話の主導権を握れた
としても、相手に受け容れられた感触をつかめないので、会話の後で、
不満が募ることもあるでしょう。


◇時には、仲間同士で殺傷事件に発展することもあるようです。


◇会話という響きは、私にとっては大変なごやかな印象を持っています。
会話とは、楽しくて、互いに明日の活力を引き出したり、明日の行動に対
するモチベーションを上げるものである筈です。


◇だから私たちは、楽しい会話を求めるのです。
そして、楽しい会話とはどんなものでしょうか?


◇確かに、相手から自分が欲する知識や視点が得られたら楽しいものです。
その上で、自分が話したことに対しても、「へー!」、「そうなんだ!」、
「それで?」なんて言われながら、前のめりで、笑顔で、一生懸命聞いて
くれたとしたら・・・


◇『相手に対して役に立つ話ができたな~。』と実感することでしょう。
そして、「こんなに私の話を興味を持って聞いてくれたのだから・・・」
と、相手の話も一生懸命聴こうとするわけです。その結果、相手の方にも
満足してもらえることでしょう。


◇「部下のことがわからない」、「上司の考えていることがわからない」と
いう前に、相手の話をしっかり聞くことに挑戦してみてはいかがでしょうか。


◇これは、親子、先生と生徒、仲間同士でも同じことです。そして、相手
の話を聞くことで、今まで以上にいとおしい大切な人になるはずです。


◇ポイントは、自分が話をしやすい聞かれ方を自ら実践することです。
まず、「君の話を聞かせて!」という気持ちで会話に誘ってみましょう。
笑顔で、気持ち前傾姿勢で、まずは、相手の顔を見て、「へー!」、
「そうなんだ!」、「それで?」と相槌を打つことに意識を向けていれば、
話に集中できることでしょう。相手が十分話したところで、今度はあなたが
話しをすればいいのです。


皆さん!是非、相手の話を聞くことから会話を始めてみませんか?

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☆★☆ 編集後記 ☆★☆
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こんなにあったのかと驚くほどに、あちらこちらで紫陽花が花を咲かせて
います。

紫陽花は、今が旬です。

私たちの旬はいつでしょうか?

いつ何時でも、「それは今、この時!」と言いたいものです。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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9月以降の入試特訓を考える!

『はじめに』

◇夏期講習の在籍生の動員は、多分、28日の土曜日で、決着している
ところが多いだろう。7月から、一般生の集客に対する行動を徹底させ
ることと9月以降のことを考えることだ。大手学習塾ならば、去年の内
に08年度のすべての設計は、終了しているだろうが、中小塾であれば、
この時期にもう一度練り直して、売上げ、合格実績をしっかり確保する
方向で考えたほうがよい。今回は、9月以降の入試特訓について考えた
い。

『入試特訓の考え方』

◇集団指導の学習塾では、入試特訓の考え方は3通りある。一つは、あ
まりお勧めしないが、9月以降の基本設計の時間数をアップして、月謝
に組み込んでしまうというものだ。たとえば、7月までは週3回の必修
コースを、9月から1回追加して、その1回は独立的にカリキュラムを
組んで5教科を指導するというものだ。この考えだと前もって、月謝を
告知することが前提になるが、月謝が高く見えるので、価格競争力で負
けてしまうかもしれない。


◇もう一つの考え方は、選択講座制にして、基本コースとは全く別にカ
リキュラムを組んで行なうものだ。私などの設計は、9月から3期に分
けて、月2回平均で授業を組む。期毎にテーマを決めて、申し込みたい
期を選択させるというものだ。受講料は、3期全て申し込んだ場合と各
期単独の申し込みの場合とで、料金に差をつけ、そして支払い方法でも
差をつける。支払い方法は、全納の場合と月謝に上乗せの分割払いの二
種類用意しておく。


◇最後の三つ目は、上記のバリエーションで、12月か1月からは、必
修にしてしまうもので、私としては、この最後のバージョンが一番いい
ように思う。


◇個別指導の場合は大きく分けて、二通りの考え方がある。一つは、通
常の指導形態を踏襲して、土曜日か日曜日に、教科数と時限数をこちら
で提案して受講してもらうやり方だ。ある程度の受講料をもらわなけれ
ばならない。


◇もう一つは、少人数制にして、演習中心で、入試問題を徹底的に解く
やり方だ。このやり方は、基本的に5教科受講を前提にし、個別指導の
料金設定よりも大幅に安くして保護者の負担を減らす。個別指導の場合
は、最後まで選択講座制にしておいた方が無難だ。


◇もし、どうしてもある時期から必修にするというのならば、12月以
降になるはずだが、料金設定の高低によるところが大きい。あまりにも
高額になると保護者や生徒に不信感が生まれるかもしれないので、この
辺は、注意が必要だ。


『経営者の視点』


◇学習塾は、コース設定で色々な組み合わせが生まれるものだ。基本コ
ース設計と選択コース設計を上手く組み合わせることが重要だ。経営者
の視点で言えば、効率よく売上げが伸び、合格実績が向上するのならば、
それに超したことはない。入試特訓は、重要なアイテムなのだ。自塾の
入試特訓の形をしっかり作って、経営基盤の安定を図ってほしい。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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有島 武郎

前途は遠い。しかして暗い。然し恐れてはならぬ。
恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ。

◇私たちの人生は、一寸先は闇だ。何があるかは、全く誰にも分からな
い。そんな人生を歩んでいるのだが、私たちには、それほどの自覚はな
い。明日も明後日も当然今日と同じように来るものだと思っている。だ
から、毎日を気楽に過ごせるのだが、だとしても、もう少し自覚して一
日一日を大切にした方がよい。


◇今日の言霊は、普段のこれらの日常とは全く違う次元の話だ。何か新
しいことに挑戦しようとする時の話だ。そう考えていい。ゼロからスタ
ートするのだ。前途は遠いし、なおかつ未経験だから何があるかも皆目
見当が付かない。


◇だからこそ、恐ろしくなって、尻込みしてしまう。日常を脱して、非
日常にチャレンジする時は、いつでもそうなのだ。今日と同じ明日は、
来ないと思えるのだ。


◇実は、この感覚が、新しい一歩を踏み出そうとする時に重要なのだ。
そういう感覚がない限り、勇気も意識も湧いてこない。日常の連続から
は、勇気を出そうとか、意識的に行動しようとか出てこないものだ。


◇私たちは、日常に潜んだ非日常を発見したり、発明したりして日常の
連続にアクセントをつけ、一日一日を大切にしていこう。勇気を出す準
備、意識を集中する準備を日常の中で培っておこう。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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矢内原 伊作

後悔などしてみても始まらぬ。
だが後悔もないところには一層何事も始まらないのだ。

◇人間のエネルギーは、感情的なものの方が、圧倒的に強い。特に、未
熟な人間は、恨みとか悔しさとか、怒りとか、そういう負の感情をエネ
ルギーにして何かに挑戦したり、誰かに挑戦したりする。


◇そういう感情的なエネルギーがきっかけで、自分の成長が成し遂げら
れることも多い。そういう意味では、一概に負の感情が、全部悪いとい
うものではない。そういう感情的な起伏が、私たちの最初のエネルギー
になってもいいのだ。


◇今日の言霊も、後悔という負の感情の効用を説いている。しかし、後
悔をするだけで、後悔に足元をすくわれているのでは意味がない。上手
くいかなかったことを覚えておいて、次にリベンジする気持ちをエネル
ギーにして、何事かに再チャレンジしていくことは、私たちにとって、
非常に大切なことなのだ。そう今日の言霊は言っているのだ。


◇後悔とは、失敗を自分のものにする大切な感情なのだ。その感情抜き
では、失敗を自分のものには出来ない。後悔という負の感情を次のステ
ップのエネルギーに出来るのならば、どんどん後悔してもいいかもしれ
ない。


◇失敗をして、悔しくないような失敗は、自分を賭けた失敗ではない。
そんな失敗をいくらしたところで、自分の成長の素にはならないだろう。
そういう意味で、後悔は今後の役に立つ感情なのだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月27日

スティーブン・コヴィー

愛は、動詞である。愛という気持ちは、愛という行動の結果にすぎない。

◇今日の言霊には、大きな反転がある。気持ちのもとが、行動だと言っ
ているのだ。「愛という行動」の結果、「愛という気持ち」が、生まれ
るのだ、と。


◇この反転は、実は非常に重要なものだ。私たちは、気持ちがあるから
行動が生まれると思っているが、そうではないのだ。フロイドも言うよ
うに、「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しくなるのだ」。


◇今日の言霊の言うように、行動の結果、気持ちが生まれるのだとすれ
ば、私たちは、愛ある行動をどんどん取っていけばよいのだ。そうすれ
ば、自ずと愛情が生まれ、社会に優しくなれるはずだ。気持ちがどうで
あれ、まずは行動だ。愛ある行動を自分にも他人にも要求しよう。


◇私たちに必要なことは、気持ちをどう行動に表すかなのだ。どんなに
気持ちがあると言い張っても、行動にでないものは、ないも同然だ。行
動して初めて気持ちが表現されるものだ。


◇そう考えれば、気持ちに関する全ての言葉は、動詞なのかもしれない。
動詞は、動作をしてはじめて価値を持つものだ。そのことを忘れないで
おこう。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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学び合い=教え合いの授業をが大切だ!

【記事】授業中 友達と「学び合い」 小中学校 不登校対策にも 

 読売新聞(2008年6/20)より以下抜粋


○少人数に分かれ、辞書を調べる児童たち(大阪府茨木市の市立豊川小
で)子供が少人数に分かれて互いに教え合う「学び合い」を大阪府茨木
市立豊川小学校が実践している。

○学力向上だけでなく、不登校対策にもつながるとされ、教育施策の一
環として導入しようという自治体もある。

 
○豊川小6年1組の国語の授業。22人の子供たちが3~4人のグルー
プに分かれて机を寄せ合った。

 
○この日の教材となった文章は、次の世代に原爆の被害を伝える大切さ
を説いた「ヒロシマに歳はないんよ」。担任の西谷佳宏教諭(33)は
タイトルだけを黒板に書き、「歳をとるってどういうことかな。考えて
みて」と問いかけた。

 
○「『歳』は『とし』のほかに読み方があるのかな」「大人になること
じゃなくて大人に近づくことじゃない?」。辞書を引いたり、隣の答え
をのぞき込んだり。児童たちは思い思いの答えで黒板を埋めていった。
 

○授業の中で子供同士で考えさせ、教え合う時間を設ける「学び合い」
は、学力に課題のある子供も授業にかかわりやすいようにとの考えから
約15年前に始まった。現在、全国約2000の小学校と約1000の
中学校で活用されている。
 

○豊川小は「学び合い」を取り入れて8年目。「最初は放置しているよ
うで不安だった」という西谷教諭も「グループのほうが同級生に気軽に
質問できる。教える側も友だちが何を理解していないのか知ることでレ
ベルアップにつながる」と話す。

 
○昨年の全国学力テストでは、児童が問題に全く手を付けない無答率が
全国平均より低かった。村上一久校長は「自分で考えて答えを出す習慣
を身につけている証拠」と手応えを語る。

 
○島根県益田市でも今年度から全31小中学校で「学び合い」を順次導
入する。2005年度にモデル校で実施し、不登校児童が激減。同市教
委は「互いにかかわり合うことが良好な関係につながっている」とみる。

 
○提唱者でもある東京大学の佐藤学教授(学校教育学)は「学力差のあ
る子供を教師主導で教えると、わからない子供は無気力になりがち。『
学び合い』は家庭環境や学力などが異なる子供が同時に学ぶ方法として
有効だ」と話している。(森 重孝)


*私からのコメント


◇今回取り上げた記事にあるような試みは、私の中学時代にもあった。
現に私は、この記事にあるようなことを中学校の数学の授業で、3年間
受けている。


◇私の中学は、横浜の繁華街の近くにある、不良から優等生までしっか
りいる中学校だった。今で言う、指導困難校になりそうで、そうでもな
いような、中学校だった。だから、様々な教育活動が行なわれ、それな
りに効果があったように思う。まあ、当時は私も当事者だから、正確な
評価は出来ないが。


◇そういう取り組みの中で、今回の記事にあるような、学び合いの授業
は、今でも記憶に鮮明に残っている。吉原先生(そういう名前で覚えて
いるが、違うかもしれない)という初老の女性教師(中学生の私にはそ
う映ったが、もっと若かったのかもしれない)が、5人前後のグループ
に生徒を分ける。


◇先生が、新しい単元を教える。そして、グループごとに問題を解き、
わからない問題は、そのグループ内で、教え合うのだ。宿題は、次の授
業で、各グループで、その単元にまつわる問題を作って、その問題を解
き合うのだ。この授業だけは、悪い奴も私も非常に緊張して受けた。そ
の先生は、いつも毅然としていたので、非常に緊張感があり、グループ
で、勉強していても、クラス全体が締まっていたのだ。今思い出しても
、あの授業は、凄い!授業だった。


◇こんな授業を通して、私が、学んだことは、教えることが理解を深め
るということ、みんなのために勉強をしっかりやらないと悪いな!とい
う気持ちを持つということだ。


◇グループの足を引っ張ってはいけないし、出来る生徒が、出来ない生
徒を教えることで、相互扶助の精神も身に付くということだ。だから、
今回の記事にある試みは、非常にいいことだと思う。教育の私事性が薄
らいで、公共性の獲得に寄与する可能性があるからだ。こういう試みが
、大きく広がって、勉強を通して、相互扶助の精神が、子どもの中に出
てくることを望みたい。学び合い=教え合いの精神を全国に広げていき
たいものだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月26日

トーマス・マン

時間こそ、われわれがその中でいっそう賢くなり、いっそう良くなり、
いっそう成熟し、いっそう完全なものとなるために、われわれに与え
られた貴重な贈り物である。

◇私たちが、日頃あまり意識していないものに、空気と時間がある。特
に空気については、ほとんど意識して空気を吸うことはない。時間の方
はどうかというと、空気ほど軽く扱われているわけではないが、といっ
て他の必需品ほど、重要に思われてはいないかもしれない。


◇ただし、時間の中でも締め切りに関するものについては、ビジネス上
非常に重要なものだという認識はあるのだろう。私の周りでも私自身で
も、締め切りについてはピリピリしていることが多いから。


◇しかし、今日の言霊の言う時間については、やはりそれほど意識をし
ているわけではないかもしれない。今日の言霊が言う時間とは、量のこ
と以上に、質のことだからだ。


◇どういう時間を私たちが、過ごすかを私たち自身は、十分に考えてい
るとは思えない。毎日、朝が来て、仕事に、学校に行って、そして夜を
向かえ、眠りにつく。この繰り返しの中で、自分自身が、充実感のある
時間を過ごそうと意識しているだろうか。自分自身の成長に関与する時
間として、日々を過ごしているだろうか。そう考えると、私たちは、時
間に対して無頓着だと思う。


◇量としての時間は、誰でもが平等に与えられているが、質としての時
間は、人それぞれの関わり方で決定する。時間の質を決定するのは、自
分自身だ。時間の質は、全てに通じることだから、言い換えれば、全て
の質を決定するのは、自分自身かもしれない。量よりは、質を意識した
いものだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月25日

「手を振る」

自宅の目の前に私鉄の線路が通っている。


もちろん、道路と線路の間には高い網状の柵が設けられ容易に線路内には
入れない。


その線路脇で、小さな男の子がお母さんと一緒に電車を眺める光景をよく
見かける。

同じ子のときもあれば、違う子のときもあるのだが、全ての男の子に共通
していることがある。


必ず電車に向かって、手を振るのだ。


「バイバーイ」と言いながら、小さな手を左右にヒョコヒョコと振る様
子は何とも微笑ましい。隣のお母さんも、当然笑顔だ。


あなたも、同じような光景を見たことがあるだろう。どうして彼らは電
車に向かって手を振るのだろう。考えてみたが、答えは全く分からない。


実際に自分も手を振ってみたら、彼らの気持ちが分かるのかもしれない。
が、いい歳した大人の男が、電車に向かって手を振っていたら、それは、
ちょっとコワイものを感じる。


しかし、ふと思い出した。大人が笑顔で電車に向かって手を振る光景を。
しかも、全く違和感なく、むしろ温かく迎えられる場所が存在する。


ディズニーランド。


園内を走る汽車に向かって、手を振る大人は少なくない。手を振る人を
見ると、僕は汽車の中から必ず手を振り返す。振ってくれた人がもっと
笑顔になるように大げさに、ときにはシャツを捲り上げてお腹をポンポ
ンと叩きながら。


間違いなく、お互い、笑顔である。相手が笑顔になるのがなんだか嬉し
い。向こうも、手を振ったことに対して反応があるときっと嬉しいに違
いない。


確かにそこにはコミュニケーションが存在する。心開いて無邪気に目の
前に存在する誰かと繋がろうとする大人がいる。電子的なものは一切、
介さない。言葉もない。手を振るというある種原始的な行為によって、
である。非日常の空間が生み出す魔法のせい、であろう。


さて、ひるがえって日常。


電車に向かって手を振るぐらいは、もしかしたら何てことないのかもし
れない、と思えてきた。手を振る。実に簡単な行為じゃないか。もしか
したら子供の気持ちも理解できるかもしれない。


電車の中から、子供の隣で手を振る大人を見かけたら、それは、おそら
く、僕、である。


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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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イマヌエル・カント

徳行を根絶やしにしてしまうのは、だらしなさよりむしろいくじなさである。

◇「武士は喰わねど高楊枝」という言葉がある。私は、この言葉にそっ
て頑張ってきたところがある。


◇この言葉は、実は生きる上での美学なのだ。自分が自分として美しく
生きたいと思う、その表現なのだ。自分の信じるところのものと食い違
うならば、いくらヒモジイ思いであっても、食べ物をじっと我慢して、
自分のプライドを捨ててはいけないということだ。その場しのぎのもの
とプライドを交換してはいけないという意味だ。


◇今日の言霊を読んだ時、カントの言うとおりだと思った。だらしない
ことも徳行をだめにしてしまうが、それ以上に、自分の意地=プライド
のなさが、すべてをダメにしてしまうのだ。


◇美しいと言われる生き方は、大概は、みんなに賞賛される生き方だろ
うから、それをみんなは徳ある生き方だというはずだ。そういう生き方
を捨ててしまう人は、きっと自分自身に生きる美学がない人なのだ。プ
ライドのない人なのだ。


◇私たちは、自分を美しくするための大きなプライドを持とう。小さな
プライドは、自分を見苦しくするが、大きなプライドは、自分を美しく
してくれるはずだ。そういうプライドを私たちは、持とう!プライドが
高いことが悪いことではない。自分を見苦しくするプライドを持つこと
が悪いことなのだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月24日

タゴール

人間とは一個の切り離された存在ではなく、宇宙の一部だというのは、
疑う余地のない真理であり、これを認識するとき、人は偉大になる。

◇以前にも書いたことだが、私たちは、誰に約束するかで、その約束の
強さが決まる。また成長の度合いで、誰に約束するかが決まる。未熟な
時は、他人と約束する。他人と約束するのは、無理やり約束させられる
時もあるし、何かの拍子に約束してしまう時もあるから、その約束は、
守られる時もあれば、守られない時もあるが、大概は、訓練としての約
束だ。


◇そして、他人と約束することが上手くできるようになると、今度は、
自分自身と約束するようになる。最初の内は、表面的な自分との約束だ
が、そのうち、自分の心の深いところと約束するようになると、この約
束は守られるようになる。


◇そして最後は、理念や社会と約束するようになる。この約束は、すぐ
には、なかなか実現しない約束だが、その約束をした人間は、人生その
ものが、その約束に規定されてしまう。つまり、人生そのものが約束に
なってしまうのだ。


◇今日の言霊は、この最後の約束を言っているのだ。人間は、結局は自
然の一部だし、宇宙の一部なのだ。そのことをしっかり自覚できれば、
それだけで、力のある存在になれるのだ。その力こそ、自然や宇宙から
譲り受けたものだ。私たちは、この力に気付いていないだけだ。


◇今日の言霊も指摘するように、私たちは、孤独な存在のように見えて、
すべてのものと繋がっている存在だ。だからこそ、生きていけるのだし、
思いもかけないことが出来るのだ。


◇私たちは、孤独な存在ではない。誰かと誰かの間で生を受け、その生
を誰かと誰かの間で、全うする存在だ。その誰かと誰かの間が、広大な
宇宙なのだ。その宇宙を大切にする時、私たちは、思わぬ力を持つこと
が出来るはずだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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ちょっと負荷をかけてみよう!

◇子どもを集中させる簡単な方法は、制限時間を与えることだ。たとえば、5
分では少し難しそうな課題を与えて、「ヨーイ、ドン!」とやることだ。そう
すると、子どもは、必死にその課題をこなそうとする。ちょっと難しい条件を
与えて子どもを必死にさせ、その課題をこなせたら、十分賞賛してあげる。そ
ういうことを日常に組み込んでみると子どものやる気は高まる。

  お母さん:ねえ、A君。あなたの机、汚いじゃない?それを今5分で片付
けてみない。お母さんは、このリビングを5分で掃除するから。
競争しない?!
   A 君:え~・・・。
  お母さん:競争しようよ。競争に勝ったら、今日のおやつを増やすってい
うのはどう?
   A 君:え~・・・。どうしようかな?
  お母さん:お母さんのほうが、A君より不利なように思うけど。A君は、
机の上だけよ。お母さんの方が、よっぽど掃除する面積が多い
んだから。
   A 君:分かったよ。やろう!
  お母さん:それじゃあ、ヨーイ、ドン!


◇こんな程度でも子どもは、必死になってやるものだ。範囲を小さくして、子
どもに十分出来ることを分からせて、ちょっとした制限を加えれば、良いのだ。
集中して物事をやってしまえば、そう難しいことはないということを実感させ
るのだ。そうすれば、子どもは少しずつ自分の能力に自信を持つものだ。そう
いう経験を積ませることが非常に重要なことなのだ。出来るか出来ないかのぎ
りぎりをあたえてみてほしい。子どもは徐々に挑戦しようとするはずだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月23日

あと一ヶ月で、夏期講習生をどう集めるか!

『はじめに』

◇あと1ヶ月で夏期講習だ。夏期講習の集客計画は、順調に進んでいるだ
ろうか。多分、今週は、期末テスト対策の真っ最中だろうが、テスト対策
で一般生を呼び込んで、7月無料体験や夏期講習の参加にしたいところだ。
実際の集客は、どうなっているだろうか。今回は、1ヶ月の追い込み策を
考えたい。

『1ヶ月の追い込み策』

◇まず6月のこの時期までに何をしただろうか。過去生に対して(過去1
年間、問い合わせがあった、講習に参加した、以前在籍生だった、といっ
た接点を持ったことのある生徒)、どういうアプローチをしただろうか。
もし、していなければ、DMを送ることだ。そして、その送った家庭に電
話をして、夏の学習計画はどうですかとお伺いを立てることだ。もしよけ
れば、同封した夏期講習のパンフレットを参照して、参加してくださいと
促すのだ。その際、他塾に行ってるのであれば、参考までにその他塾を教
えてもらうし、もうDMはいらないといわれたら、リストから消去するの
だ。


◇次に中学生ならば、中間テストや期末テストの結果を利用して、高上昇
率や高得点の生徒に友人紹介を促すのだ。また、ポスティングの要素とし
て中間や期末の結果を大きく打ち出して、自塾の期待値を上げていくこと
だ。


◇小学生には、理科実験教室を企画し、「アイスクリーム作り」などの食
べ物系のお楽しみイベントを行なって、友人紹介で参加者を募り、接点を
もって夏期講習を集客していくのだ。弟妹関係などを最大限掘り起こすこ
とも大切だ。


◇これから4週間、自塾のアピールを在籍生にも一般生にしなくてはなら
ない。窓掲示の1週間毎の変更、ポスティングの実施、友人紹介カードの
徹底的な配布、出来る限りのアピールをすることだ。


『経営者の視点』

◇目標に向けて、職員を鼓舞しなければならないのだが、その一つは、ス
キルを与え、一つ一つ地道に追っていくことを職員と共有することだ。あ
と1ヶ月のラストスパートをどうするのかをこの時期、行動として考えさ
せることだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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シラー

自分の世紀とともに生きよ。ただしその落し子とはなるな。
自分の同時代人のためになせ。ただし彼らの賞賛するところをではなく、
彼らの必要とするところを。

◇自分の世紀とともに生きよとは、どういう意味だろうか。それは、自
分が置かれている今を意識的に生きて、社会参加しろということだ。私
たちは、同時代の仲間たちと連帯してより良い時代を作ることが、非常
に重要なのだ。


◇だから、意識的に生きることを通じて、同時代の仲間たちのためにな
ることをするのだ。しかし、今日の言霊も言うように、他人の「賞賛」
を得るためにするのではなくて、他人の「必要とするところ」のことを
行なうのだ。あくまで自律的に生きて、他者のためになることをするの
だ。


◇私たちに大切な感覚は、他者と繋がり、社会と繋がっているというこ
とだ。孤独な存在である人間は、大きな何ものかと繋がっているという
感覚を持つ時、非常に強くなれる。自分の志が、自分だけのためのもの
ではなく、他者や社会のためのものになっていれば、その志は強くなっ
ていくのだ。そうなれば、私たちは、自分の世紀を堂々と生きていける
はずだ。


◇時代にしがみつくことなく、時代に依存することもなく、時代のため
に生きていこう。どんな小さなことでもいいのだ。その小さなことが積
み重なって続いていく時、それは大きな事実になっていく。自分ひとり
で、世界を変えようと思わなくてもいいのだ。自分の出来ることを意識
的にしていくことが、重要なことだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月21日

アイソポス(英名イソップ)

運命はこれまで、われわれに二つの道を示してきている。一つは自由の
道で、これは始まりこそ凸凹が多くて歩きにくいが、終わりは平坦で歩
きやすい。他方、いま一つは奴隷の道で、始まりは平らで滑らかだが、
終わりは苦しくて凸凹が多い。

◇私たちは、いつでも選択を迫られている。それは、安易な道をいくか、
苦労の多い道を行くかの選択だ。苦労の多い道を選ぼうとする人間は、
なかなかいるものではないから、もし苦労の多い道を選ぼうとすれば、
そこには、必ず選んだ人の意志があるはずだ。


◇選択するのだから、そこに意志があるはずだと思うのは間違いで、安
易な道を選ぶ人に明確な意思などなかなかあるものではないのだ。ただ
なんとなく、そうしたというのが、世の常だ。


◇今日の言霊は、自律の道と他律の道を示している。自律の道は、自分
自身で人生を歩もうと決意した道だ。その道は、誰にも頼るところがな
いから、始めの内は、つまずいたり、転んだりしてヨチヨチ歩きを余儀
なくされるが、そういう苦労が、自分の足腰を鍛える結果になり最終的
には自由自在に歩けるようになる。


◇逆に他律の道は、ただなんとなく他人に流され、時代に流されて歩ん
でいる道だ。他人に従って歩んでいるから、始めからある程度は楽に歩
けるが、安易な道だから、足腰を鍛えることがない。最終的には、足が
萎えて、上手く歩けなくなってしまうのだ。


◇さあ、私たちは、どちらの道を選択するだろうか。今日からでも自律
の道を選んではどうだろうか。自分の人生だ。他人の奴隷になるために、
生きてきたわけではないのだ。自分の意志で自分の人生を選ぶことにし
たらどうだろうか。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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「プレゼントは金じゃないね!心だね!」

◇先日、友人の女性へのプレゼントの話で盛り上がりました。
友人が言うには、付き合いたいと思っている女性に以前、誕生石でできた
云万円するピアスを昨年贈ったそうだ。彼女の誕生石を選んだし、すごく喜
んでもらえると期待したところが、期待するほどではなかったようです。

◇そして、先日、今年の誕生日にプレゼントを贈ったそうなのです。興味深
いのは、1,500円のプレゼントが昨年以上に彼女を喜ばせたということです。


◇今回、彼は、彼女が今まで話す中で、彼女が着物が好きで、着物で出かけ
たときの話をしていた時にすごくうれしそうだったことを思い出し、着物は
無理だけれど、着物に合う小物に絞ったのです。


◇店に行って、小物を見る中で目に留まったのが扇子でした。彼が言うに、
比較的安く、夏、彼女が着物を着て、扇子で優雅に扇ぐ姿を想像したときに
これだ!と思ったのだそうです。


◇次に、デザインです。色とりどりの扇子が並んでいます。ここでも彼は、
彼女が良く来ている洋服の色や柄を思い出したそうです。ピンク系と紺系が
比較的多いと感じた彼は、二色に絞りました。


◇次に彼は柄を決めなくてはならないのですが、ここでも彼はイメージを
したそうです。彼女との僅かな会話の中から、彼女が何を望んでいる人なの
か考えたのです。


◇彼に浮かんだイメージは、自由を大切にしている。人からの束縛は嫌い、
しかし、人当たりが良いところに気づき、花と蝶の模様に決めたのです。


◇きれいな花の中を優雅に自由に飛び回る蝶のイメージがぴったりだった
そうです。そして、その柄のイメージが更に引き立つ色として結果的に紫を
貴重とした扇子に決めたのです。


◇そして、彼女の反応は、
「『びっくり!なぜ私が蝶のデザインが好きなのを知っていたの!?それに、
紫は、今私がはまっている色なのよ!』何か私のほしいものを120%わか
ってもらえたという感じ。すごい!すごい!」と喜びを通り越して感動すら
しているようだったそうで、語る彼も興奮気味だったのです。


◇彼女が着物姿で彼のプレゼントを身につけ食事をする約束ができたそう
です。彼曰く「プレゼントは金じゃないね!心だね!」と調子に乗ってい
ました。


◇彼が今回のプレゼントで効果的だったのは、彼女の価値観に『自由』が
あることに気づいたことではないでしょうか。私たちは、見た目やその人の
発言からそのまま相手を判断しがちですが、更に行動や発言から相手が何を
大切にしている人なのか、深い関心に関心を寄せることで、今まででは手に
入れられなかった情報までも得られる可能性があるのです。


「あなたの気持ちが今、喜びや充足を感じているのは、
何が尊重されているからですか?」

「あなたの気持ちが今、落ち込んでいたり、怒りを感じているのは、
あなたの何を傷つけられているからですか?」


相手の大切なもの、そして相手を元気にするスイッチが発見できることで
しょう。


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☆★☆ 編集後記 ☆★☆
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宮城県地方で、大きな被害と未だに不安が残る大きな地震がありました。
お亡くなりになった方のご冥福をお祈りすると共に、被災された方々の一日
も早く安心した生活が送れますようお見舞い申し上げます。

今日は夏至です。太陽が一番高い経路を進み、日の出から日の入りの時間が
一番長い日です。梅雨のない日本ではさほど心配は要りませんが、欧米では
1年のうちで紫外線が一番強い時期だそうです。日本では、雨の災害が心配
です。
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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月20日

プルタルコス

人生の道には、広いのはたくさんあるが、
天才が歩んだ道はほんのわずかしかない。

◇私たちの人生は、誰でもが全う出来る平凡なものだ。その平凡な中に、
多少の波風がたち、多少の山や谷があって、そうして生きていく人生だ。
だから、今日の言霊も言うように、広い道なのだ。


◇しかし、天才と言われる人は、平凡な人生を送ろうとしていても、誰
もが通れるような平坦な道ではなくて、自分なりに課題を決めた道を歩
むものだ。だから、普通の人なら通りにくいような道なのだ。今日の言
霊が天才の歩む道は「ほんのわずかしかない」と言うのは、そのことだ。


◇大概の人は、平凡を望んではいないが、平凡にとどまってしまう。そ
れは、自分で自分の課題を設定できないからだ。または、設定できたと
してもその課題を徹底的に解決しようと人生を歩もうとしないからだ。


◇もし、私たちが、覚悟を決めて、自分の目指すところに到達するため
の課題を設定し、その課題解決のために人生を賭けようとすれば、その
人生は、多分天才の道になっていくだろう。


◇その時に、覚えておいてほしいのは、誰にも理解してもらわなくても
いいという覚悟も必要だということだ。孤独を承知で、人生を歩むぞと
決めてしまえば、私たちは天才の道を歩めるのだ。


◇どうだろうか。もうそろそろ私たちも、夢を語るだけではなくて、そ
の夢を実現することに精力を傾けてみようではないか。覚悟を決めて歩
み始めることだ。一歩踏み出してみることだ。天才への道を。覚悟さえ
あれば、誰でも天才への道には踏み出せるのだから。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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ツールを使うこと、持つことを禁止するよりも、どう使うかを教えよう!

【記事】小中学生の携帯電話禁止 自民有志、議員立法めざす 

 朝日新聞(2008年6/17)より以下抜粋

○「小中学生が携帯電話を持つことは好ましくない」。自民党の有志議
員でつくる「携帯電話から小中学生を守ろう勉強会」(中曽根弘文会長)
は17日、中間提言を取りまとめ、今秋の臨時国会で小中学生の携帯電
話所持を禁止する議員立法をめざす方針を打ち出した。

○提言では、小中学生の現状として「食事中や睡眠前にも携帯電話で遊
んでいる」「メールのやり取りで、子どもたちが一種の携帯依存症にな
っている」などと指摘。当面は、学校や家庭に携帯電話の使用をめぐる
ルールづくりを求めている。
 

○家庭の問題として「保護者の携帯電話に対する意識が低い」「簡単に
買い与えている」などと示し、学校では「休み時間に多くの生徒が携帯
電話を使用している」と記した。
 

○この問題では、福田首相が「有害情報の心配をした方がいい」と記者
団に指摘した。


*私からのコメント


◇携帯電話を子どもに持たせようが、持たせまいが、家庭の問題だ。法
律で、子どもの行動を制限することはない。携帯電話をどういう風に使
うのかを家庭で親が教育する。学校で教師が教育する。そういうことで
よいはずだ。何でもかんでも法律で、制限してしまうのは、家庭にとっ
ては余計なお世話だ。こういう発想をほっておいてはいけない。こうい
う発想は、どんどん家庭に国家が入り込んで、家庭をがんじがらめにす
るだけだ。


◇それよりは、家庭が、子どもとしっかり話し合い、有害情報への対処
についてしっかりしておけばよいのだ。携帯電話の年齢に応じた使用を
教えればよい話だ。それも家庭ごとの考えで。一律に何でも規制して、
事たれりとしないことだ。こういう発想が、子どもたちと大人の関係を
悪くするのだ。議員の皆さんに再考をお願いしたい。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月19日

アルベルト・シュバイツアー

未来を見る目を失い、現実に先んずるすべを忘れた人間。
そのゆきつく先は、自然の破壊だ。

◇私たちは、今だけに生きているわけではない。今という様々なこと
やものを引きずって未来に向かって、生きて行っているのだ。


◇だから、本当は、今出来る最大のことをやって、出来れば未来に現
在の荷物を持ち越さないようにすることだ。そうしないと私たちの未
来には、この今の負債(未来から見れば過去の負債)があふれること
になってしまうはずだ。


◇今日の言霊は、私たちには本当に痛い指摘だ。「未来を見る目を失」
っている私たちは、今という刹那にすべてを委ねて、未来が来ないか
のように、今だけを享受しようと必死になっている。


◇未来のために、今最大限の努力をして、未来に遺恨を残さないように
しようなどとほとんどの人が思ってない。今の自分の生活をさらに良く
しようとは思うが、未来の私たちの仲間のために、自分の生活を制限し
ようとは、多くの人は思えない。


◇口ではエコだ!エコだ!というが、その実、ほとんどの人の生活は、
本当の意味で、環境(エコロジー)にとって良い方向へ踏み込んだもの
にはなっていないように思える。私もそのうちの一人なのだが。


◇私たちの生活は、もうこれ以上、成長できる余地のないところまで来
ている可能性が高い。中国やインドやブラジルやその他の発展途上国が、
経済成長を遂げていけば、多分、地球のキャパシティーでは、私たちの
今の生活は支えられないだろう。そんな予測は、きっと誰でもしている
はずだ。


◇もうそろそろ、私たちは、真剣に自分の生活を未来のために、考えな
ければならないのではないだろうか。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月18日

「習字の先生」(後編)

○前回のあらすじ

僕は小3から小5まで、地元では名士と言われる人に書道を習っていた。

僕が小5のときだ。
新年の朝の有線電話の放送で、百人一首の朗読が行われた。1日二十首ず
つ、平日1週間かけて毎朝放送された。

この朗読を行っていたのが、習字の先生の奥さんだった。後で知ったのだ
が、先生の奥さんは、その道では有名な百人一首の読み手の方だったらし
い。


その放送から、ふた月ぐらいたっただろうか。先生の奥さんがお亡くなり
になった。習字教室も2週間ほど、お休みになった。

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久しぶりの教室は、いつもと同じ場所だけど、それでもやっぱりいつも
と同じじゃなかった。


たった2週間会わなかっただけなのに、先生は明らかにやせていた。
やんちゃ坊主たちも、大人しく準備を整え、正座をしている。


先生がおもむろに口を開く。

「みんなに聞いてほしいのですが・・・」


そういうと先生はラジカセを奥の部屋から持ってきた。
カセットテープを入れるカチャッという音が響く。
誰も何も言わない。


再生ボタンを押す。が、テープは回らない。
先生は、停止ボタンを押し、もう一度、再生ボタンを押す。
やっぱり回らない。


「あれ、おかしいな。電池切れかな。でも、この前、電池を換えたばか
りだけどな」


さらに数回、再生ボタンを押すが、ラジカセは動かない。

「故障かもしれませんね。電池は換えたばかりですから」。

誰に言うともなく、先生はつぶやく。


「ちょっと待ってて下さい。電器屋さんへ行ってきます」


ちょうど道路を挟んだ向かいが電器屋だった。5分ほどして先生は戻っ
てきた。


「やっぱり、電池切れでした。この前変えたばかりだったのですが」


今度は確かな手ごたえとともに再生ボタンが押された。
テープの回る音がする。


数秒の沈黙。そして。


流れてきたのは、先生の奥さんの声だった。
ラジカセの中の奥さんは、百人一首を読んでいる。
有線電話放送の、あの録音テープだった。


ゆっくりとした抑揚のある声が部屋を流れる。
ただただ静かだった。


先生、いったい、このテープをどのくらい聴いたのだろう。
この前、換えた電池がなくなるくらい、きっと何度も何度も、だ。


「いい声ですね」


百個目の歌が終わり、先生がかすかに笑いながら言った。
悲しいとか、せつないとか、その本当の気持ちに初めて触れた瞬間だっ
た。

それからしばらくして、僕は習字教室へ行かなくなった。
理由は覚えていない。先生が、教室をやめてしまったからかもしれない。

先生がお亡くなりになったとき、市営体育館での葬儀にはたくさんの人
が駆けつけたということだ。


僕にとって、思い出の先生の一人である。

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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ガルシン

まったくこの世の中に、人間ほど強欲で性の悪い獣はねえよ。狼は共食い
なんかしねえが、人間ときた日にゃ生き身の人間をぼりぼり食うんだ。

◇私たちは、すべての人を同じ人間だと思って安心しているととんでも
ない目に遭う。先週発生した秋葉原の無差別殺傷事件は、同じ人間とは
思えない、本当に惨たらしい事件だった。


◇事件を起こした25歳の彼は、きっと人間として生まれ、人間として成
長し、そして人間として暮らしてきたはずだ。しかし、とんでもないこ
とをしてしまった。それも計画的に。こんな事件が後を絶たない。なん
と私たち人間は、悲しい存在なのだろう。


◇今日の言霊は、人間を獣の中で一番強欲で性の悪いものとして狼と比
較しているが、それは、狼は狼として同じ狼なのだが、人間は人間とし
て同じ人間ではないのだと言っているのだ。共食いをする獣は、人間以
外にはないと。


◇それも人間は、自分のお腹が空いたから、共食いをするのではなくて、
自分の精神的欲求で共食いをする。生きる根本のところで、他人を犠牲
にするのではなく、自分が自分であろうとするところで、共食いをする。
だからこそ、人間は強欲なのだ。


◇私たちは、人間のこの本質を自覚することだ。人間は、「どんなこと」
でもしてしまう動物なのだ。人間として、この「どんなこと」が、人に
より全然違うのだ。


◇そんな人間が、集まって生きていくのだから、同じ人間というよりも
全く違う人間としてどう向かい合うのかを考えることだ。全く違う人間
同士が、どうやったら相互に尊重できる社会になるのかを、私たちは、
考えるべきではないだろうか。人間はどうしようもない動物なのだから。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月17日

ピンダロス

ことばは行為よりも長く生きる。

◇今日の言霊は、ちょっと微妙かもしれない。それは、言葉も行為もと
もに長く生きるし、ともに直ぐに消えていってしまうかもしれない存在
だからだ。私たちにしてみれば、誰が言った言葉かも重要なことだし、
誰がやったことかも重要なことだ。


◇しかし、一番重要なことは、それが、人生の中で占める大きさだ。そ
の大きさの比重によって、記憶に残る時間が決まっていく。そして、も
う一つ大切なことは、その言葉や行為が、自分とどう関わってきたのか、
どう関わっていくのかということだ。


◇全く自分とかかわりを持たないものであれば、言葉も行為もともに長
くは記憶に残らないだろうし、逆に自分と深く関わるならば、そのどち
らも長く記憶に残っていくことだろう。


◇言葉も行為もともに、自分にとって、社会にとって、世界にとって、
どういう意味を持つかで、実のところその寿命が決まっていくのだ。当
たり障りのない言葉も当たり障りのない行為も、ともに私たちにとって
は大きな意味を持たないものだ。


◇私たちにとって、重要なことは、私たち自身の存在を問うような言葉
だし行為だ。そういう意味では、言葉も行為の一部だし、行為も言葉の
一部かもしれない。それはともに、私たち自身の生の意味に関わるもの
だからだ。私たちにとって意味のあるものだけが、長く生きられるのか
もしれない。


◇私たちは、無味乾燥な世界の中で生きているように思えるし、逆に意
味の一杯詰まった世界の中で生きているようにも思える。そのどちらで
もある世界に私たちは、いる。だとすれば、私たちは、言葉や行為の意
味を掬い取ることで、そのどちらの寿命も長く出来るのだ。選択するの
は、私たち自身なのだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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子どもの気持ちを代弁してあげよう!

◇子どもを叱っていると、ふと子どもの気持ちが分かる時はないだろうか。ま
たは、きっと子どもは、こんなことを思いながら、私のお説教を聴いているの
だろうな?と思うことはないだろうか。そんな時、「今こんなことを思ってる
でしょ!?」とか、「煩わしいなあと思いながら聞いているでしょ!?」とか、
子どもの心の中が見えているように子どもに短い単語で語ってみるのはどうだ
ろうか。「今むかついてるでしょ!?」でも「煩わしいなあこの鬼婆!?」と
か。言葉は悪いが、そんな感情が、子どもの中にあるかもしれないし、そうい
うことをお母さんは、理解してるんだけど、あえて言っているのよ!的な状況
を子どもに見せてみるのもなかなかいいかもしれない。しかし、短い単語で。

  お母さん:なんで約束どおりに勉強をしないのよ!
   A 君:え~・・・。
  お母さん:なんか言いなさいよ!都合が悪くなると直ぐ黙るんだから!
   A 君:そんなことないよ!今から勉強しようと思ってたんだよ。
  お母さん:嘘言いなさい!だったら直ぐにしなさいよ。分かった!
   A 君:分かったよ。やればいいだろう!
  お母さん:そうよ。やればいいのよ。


  お母さん:なんで約束どおりに勉強をしないのよ!
   A 君:え~・・・。
  お母さん:なんか言いなさいよ!都合が悪くなると直ぐ黙るんだから!
   A 君:そんなことないよ!今から勉強しようと思ってたんだよ。
  お母さん:煩わしいなあとか思ってんでしょ!せっかく勉強しようと思っ
       てたのに、もうしないぞ!って思ってんでしょ!
   A 君:えっ!そんなこと思ってないよ。
  お母さん:本当!?じゃあ良かった。勉強頑張ってね!


◇どうだろう。この二つの会話は、途中までは同じだが、その先の結末が多少
違う。ちょっとしたことで、会話の最後が違って見える。そのことが重要なの
だ。こんな感じで会話が出来れば、いいんじゃないだろうか。たまには、こん
な会話をしてみてはどうだろう。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月16日

小学校の英語の必修化は、学習塾にとってどういう意味を持つのか!

『はじめに』

◇2011年から小学校の5年から必修化する英語だが、どういう内容
になるのだろうか。先日、英語ノートなるものとその指導書を見た。多
分、あと3年後にこの英語ノーとなるものが小学校の英語の教科書にな
るのだろうが、驚くべきことに、この英語ノートは、オーラル中心の構
成になっている。もしかすると、大変なことになる!そういう思いが沸
き起こってきた。

『学習塾にとって2011年は、ビジネスチャンス!』

◇教科書にも驚いたが、その指導書は、もっと驚く。小学校の先生が、
英語の苦手ならば、この指導書を見ても何も出来ないだろうと感じた。
まずこの指導書や英語ノートは、ダイレクトメソッドを視野に入れたも
のになっているのだ。授業中に日本語をほとんど使わないようになって
いるのだ。英会話を求めているといってもいいかもしれない。


◇この英語ノートは、従来の教科書とは異なって、教科書に沿って指導
するには、あまりにも単純過ぎる。教科書の中の絵や情報が、点在して
いて、その絵や情報を繋ぐためには、英文(=日本語が使えないとすれ
ば)が必要になる。こんな授業が、日本の小学校の先生に出来るのかど
うか、非常に疑わしい。教科書に頼った指導が出来ないのだから、それ
なりの知識や技術が、必要となるのだ。


◇そしてもう一つ。もしこの英語授業が成功したら、今度は、中学校の
英語の授業を全面的に変えない限り、小学校との学習における接続がス
ムーズに行かずに、英語嫌いが大量に生まれる可能性がある。全く異質
な授業を小学校と中学校が、提供することになるからだ。小学校では、
多分英語は、どの科目に比べても面白くなるだろう(授業が上手く行っ
ていれば)。その期待値を生徒が持って、中学校の英語の授業に臨んだ
から、その期待は裏切られることになる。そして、英語嫌いになってし
まうだろう。


◇今回は、英語ノートや指導書を見て、来るべき事態の予測を書いてみ
た。もし、こういう事態が、3年後に起こるとすれば、私たちは、どう
いう対応をしていったらよいのだろうか。教育再生懇談会は、英語を小
学校3年生から行なえと答申を出すだろうし、そういう実験を5000
校でしたいと提案するかもしれない。そうなったら、英語に対する保護
者の意識は、どんどん先鋭化されてくるはずだ。そういう状況の中で、
学習塾が、どういう教育サービスを提供するのかが、問われるだろう。
教務力のない学習塾は、ますます淘汰される状況になっていくかもしれ
ない。ということは、2011年は、2002年と同じようにビジネス
チャンスなのだ。


『経営者の視点』

◇近い将来、教育を取り巻く環境がどう変化していくのかを経営者は予
測する必要がある。そのために、従来から私は、教育行政にアンテナを
立てておくべきだと言っているのだが、それは、今回のように大掛かり
なものもあるし、高校入試の制度変更のようなものもあるし、学校統合
のようなこともある。地域に根ざすことが重要なポイントだが、そのた
めにも、大きな情報と小さな情報をしっかりフォローして、自分なりの
見解を用意しておくことだ。リーダーは、方向性を示すことなのだから、
将来に対する予測をいつでも用意しておこう。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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井上 靖

人間の苦しみの中で、猜疑心という奴が一番苦しいものかな。
火刑(ひあぶり)よりも磔(はりつけ)よりも苦しいかも知れないな。

◇他人を信じられなければ、私たちは、不安になって、いつでも他人を
疑い続けなければならない。自分以外の他人を信じる勇気を持たなけれ
ば、自分の他に味方がいないことと同じだから心が安らぐことはない。


◇いつでもびくびくして、他人を疑いの目で見、そして、他人を傷つけ、
他人に傷つけられて過ごさなければならない。今日の言霊の言うように、
猜疑心は、自分を地獄へと導くものなのだ。


◇なぜ、他人が信じられないのだろう。同じ人間なのだから、人間とし
ての信を置けるはずなのに、なぜ。他人の心が分からないからなのか、
それとも他人の気持ちが移り変わりやすいからなのか。


◇他人を信じられないという人は、実は、自分を信じられない人だ。自
分を信じられないから、同じ人間である他人を信じられないのだ。だか
ら、まず猜疑心の強い人は、自分自身と向き合うほかはない。自分の心
をしっかり受け止めて、他人の心も自分の心と同じだと気が付くことし
かないのだ。


◇どんな人間も同じだ。裏切らざるを得ない時に裏切るだけなのだ。だ
から、私たちは、自分を信じるように、他人を信じることだ。自分も他
人も人間としての価値は同じなのだから。


◇私たちは、他人と共にある。そのことをしっかり噛み締めよう。自律
=自立的な関係が成り立つ時に初めて、信頼関係が生まれるのだ。依存
的な関係の中では猜疑心が生まれてしまうだけだ。自分を信じることが、
自律=自立するということだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月14日

「『話を聴く』ということ」

◇以前にふとしたことで、仕事の相談を受けた31歳の女性がいました。
先日、突然電話がかかってきました。この女性というのが、有名大学を出
ているにもかかわらず、所謂フリーターとして、生活をしてきた人でした。

◇「30歳を超え、そろそろきちんと正社員になろうとしているのですが、
採用してもらえない」というのが、以前の相談でした。

◇そして今回、女性(A)は、
A:「あれから、このままではいけないと資格を取れる学校に通っていま
  す。」
私:「毎日?」
A:「週に一度です。」
私:「その他の日は、事務員としてアルバイトでもいいので働きたいと思
  っているのですが、なかなか使ってもらえません。」
私:「お金が必要なのはわかるけど、蓄えは?」
A:「ないわけではないですが、親に心配もかけられませんから・・・」
私:「どんな仕事がいいの?」
A:「やはり事務がいいのですが、電話応対は自信がありません。
  それから、週に2日は、学校もありますし、他の事に使いたいので、
  週5日ぐらい勤めたいのですが・・・」

◇「何を甘いことを・・・」と感じましたが、もう少し彼女の気持ちに寄り
添ってみることにしました。

私:「ところで、今回電話をくれたのは、私に何を期待しているのですか?」
A:「『もやもやしてるのを整理してもらえるかな』と思って・・・」
私:「わかりました。ところで、どうも話を聞いていると、『何が何でも
  仕事を見つけるんだ。したいんだ。』という感じがしないのだけれど。」
私:「もしかしたら、仕事が決まらないでもやもやしているのとは違うん
  じゃないのかな?」
A:「仕事をしていないと、『このままでいいのかな?』と不安になります。」
私:「だから、不安を解消しようと思って仕事に就きたいと思っているんだ
  ね。」
A:「そうです。」
私:「さあ、そんなあなたが採用面接に言ったら、会社の方はあなたを
  どれくらい採用したいと思うだろうね。」
A:「きっと、採用してくれませんね。『全然自信がない。』と思われると
  思います。」
私:「君は、もしかしたら自信をつけようとして、資格の学校に通い始めた
  のではないですか?」
A:「そうです。」
私:「なのに、日数の問題だけではないけれど、自信をつけるには物足り
  ないと感じているのではないかな。もし、そうだとしたら、自信を
  つけるために、今まで『やりたいな~』と思っていて、しり込みして
  やってこなかったことを探してみて、今できそうなことから始めたら
  どうだろう?」
A:「そうですね。今までの資料などを探してみます。」

◇最初は、就職の悩みのようでしたが、よくよく聞くと、それも含めた不安
の解消だったようです。

◇会話の前半で、「仕事をなめるな!」とか「甘い」とかいった短絡的な
言葉を発しなくて良かったと胸を撫で下ろしました。

自分の意見や評価を棚上げして、人の話を聞くということは、非常に大切な
ことであり、誠に大変なことです。

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☆★☆ 編集後記 ☆★☆
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梅雨に入り、曇りや雨の日が多くなりました。既に九州地方では、大雨の
被害が出ているようです。水は確保したいものの、多すぎる雨で、災害に
ならないことを祈るばかりです。

さて、梅雨の晴れ間という言葉がありますが、この時期青い空が見える日や
時間は心にとっても貴重です。でも、こんなにも貴重に感じるのは、ぐず
ついた天気が続くからですね。

晴天のありがたみを存分に味わえる演出を梅雨はしてくれているのかもしれ
ません。

真夏のぎらぎらした晴天続きには、逆にうんざりしますものね。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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井伏 鱒二

まあ何とかなるじゃろうじゃないか。のう、そうじゃろう、
窮すれば通ずるということもあるからのう。

◇「窮すれば通ずる」という言葉が、私は好きだ。困った時こそ、自分
の実力が出てくるのだ。本当に困ったと自覚出来れば、人間はどんなこ
とでもやってしまうだろう。それだけの可能性を持っていると思う。


◇「火事場の馬鹿力」という言葉は、そんな人間の潜在能力を言ってい
るのだ。困ったら、困ったなりに人間は、自分の持っている力を最大限
発揮して、自分の状況を好転させるものだ。


◇その人間への信頼が、今日の言霊の「まあ何とかなるじゃろう」だ。
困難な状況を前にして、悲壮感は全くない。それが、この言霊の魅力だ
が、実はそれが、人間の魅力なのだ。悲壮感を漂わせて、難題に立ち向
かうよりは、肩の力を抜いてそれでいて、必死に立ち向かっていくよう
な、あらん限りの力を内部に溜め込みながらも、軽々と立ち向かってい
くような、そんな人間の有り様が、本来の人間の姿かもしれない。


◇自分にとって困難な事態を素直に受け止めよう。それが、軽々受け止
める姿と重なるのだ。自分を信頼しよう。何とか自分でしてしまう能力
が私たちにはあるのだから。どんなときでも何とかなるものだ。そのた
めに、日頃から自分の力を出し切って、有事に備えておこう。安穏な毎
日なんてないのだから。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月13日

川北 義則

恐怖は逃げれば二倍になるが 立ち向かえば半分になる。


◇私たちは、得体の知れないものに対して恐怖を抱く。暗闇に何か白い
影が見えたりするとぞっとする。何か訳のわからないものを見ると不安
になる。私たちは、何かを意味あるものとしない限り、不安になったり、
恐怖を抱いたりするものなのだ。


◇だから、私たちは、得体の知れないものを得体の知れるものにするこ
とを望む。そうすれば、不安や恐怖は和らぐからだ。だとすれば、恐怖
に対して、恐怖になっているものを直視できれば、恐怖心が和らいで問
題を解決することさえ出来るのだ。


◇今日の言霊の言うのは、そういうことだ。自分にとって恐怖だと感じ
るものの正体を知ることだ。正体を知るためには、そのものの側に歩み
寄って、しっかり直視することだ。それが、恐怖に立ち向かうというこ
となのだ。


◇逃げれば逃げるほど、恐怖は自分を追ってくる。追われる者になって
しまえば、恐怖は、その実態以上に大きくなって、自分を苦しめるはず
だ。だから、恐怖に背中を見せてはダメだ。恐怖に対して真正面を向く
ことだ。正々堂々立ち向かっていくことだ。案外、恐怖の正体は、自分
の思っている以上に、小さいものかもしれない。どんな時でも大概は、
「案ずるより産むが易し」なのだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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秋葉原無差別殺人事件に思う。

【記事】「重大な事件を犯し申し訳ない」 加藤容疑者の両親謝罪 

 朝日新聞(2008年6/11)より以下抜粋

○東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、殺人未遂の疑いで逮捕、送検され
た加藤智大容疑者(25)の両親が10日夜、青森市内の自宅前で報道
陣を前に謝罪した。

○謝罪会見が始まったのは同日午後7時25分ごろ。車で自宅に戻った
両親が事件後初めて報道陣の前に姿を見せた。両親は玄関前に並んで立
ち、母親(53)が一礼。父親(49)が「息子が重大な事件を犯し、
社会に与えた不安もかなりあり、本当に申し訳ございませんでした」と
はっきりした口調で話した。


○報道陣が事件前の加藤容疑者の様子などについて質問すると、「警視
庁の事情聴取を受けたばかりなので」と遮り、「謝っても謝っても償い
きれるものではないと思います」などと話した。記者会見中に母親が倒
れ、父親が抱きかかえるように室内に入っていった。


○加藤容疑者の両親は近隣でも教育熱心と知られ、小学校低学年のころ
から加藤容疑者にそろばん塾などの習い事をさせていたという。


○子どもが加藤容疑者と小中学校で一緒だった近所の女性は、加藤容疑
者が中学に進学したころ、反抗期を迎えた息子たちについて母親から何
度か相談を持ちかけられた。互いに子どものことを相談し合うことはな
かったため、記憶に残っていた。


○友人らによると、加藤容疑者は県立の進学校の高校に合格したものの、
成績は伸び悩み、一方で自動車に興味を持ち始めたという。進路につい
ても、4年制大学への進学を望んでいた両親の想いに従わず、自動車整
備関係の短大に進学したという。


*私からのコメント


◇まず、犠牲者の皆さんのご冥福をお祈り申し上げます。またその関係
者の方に、お悔やみ申し上げます。こんな事件が、二度と起こらないよ
うな社会にしなければなりません。そのために、この事件で考えたこと
思ったことを教育の側面から書きたいと思います。


◇下記のものは、6月4日に加藤本人が、書き込んだものだ。
(読売新聞からの抜粋)

5時51分 親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り、親
に無理やり勉強させられてたから勉強は完璧
5時52分 親が周りに自分の息子を自慢したいから完璧に仕上げたわ
けだ
5時53分 中学生になった頃には親の力が足りなくなって、捨てられた
5時55分 中学では小学校の「貯金」だけでトップを取り続けた 中
学から始まった英語が極端に悪かったけど、他の科目で十
分カバーできてたし
5時57分 当然、県内トップの進学校に入って、あとはずっとビリ 
高校出てから8年、負けっ放しの人生
5時58分 自分で頑張った奴に勝てるわけない


◇この書き込みを見て、私は、この事件は、親に対する復讐なのではな
いかと思った。それほど、この書き込みには、子どもと親の断絶が感じ
られるし、子どもの親に対する憎しみが、感じられる。


◇加藤容疑者の両親は、教育熱心だったのだろう。子どものために必死
に関与して、勉強を見ていたようだ。この書き込みを見ると「親が書い
た作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り」と親の勉強に対する強い
関与と子ども時代に勉強等で注目を受けたことが書いてある。


◇多分、その頃の加藤本人は、そんな自分と親の関係をそれほど気にし
ていなかったのではないだろうか。むしろ歓迎していたのではないだろ
うか。しかし、中学生になってからは、その親の勉強に対する強い関与
だけでは、小学校時代のようには、行かなくなっていったのだ。そして、
自慢の息子の地位から段々外されていったのだろう。


◇だから、彼は、「中学生になった頃には親の力が足りなくなって、捨
てられた」と書いたのだ。この頃から、徐々に操り人形としての自分か
ら脱却しようとしたのではないだろうか。多分、高校進学でもきっと彼
には、葛藤があったのだろう。このままでは、親の期待には応えられな
いと。


◇しかし、親の期待と自分のプライドで、県内トップ高校へ進学したの
だが、高校生になってからは、学力競争についていけずに、劣等感が植
え付けられていったのかもしれない。そして、大学進学では、親から決
別することになる。もう、親の言うことを聞く必要がないからだ。落ち
こぼれの自分に親は必要ないと思ったのだろう。優越感や劣等感の源泉
も実は親の評価だったのかもしれない。


◇今回の書き込みは、その当時の感情ではなく、大人になってから子ど
も時代を振り返った時点で考えていることだ。あのころ、親の操り人形
になっていなかったら、こうなっていなかったという思いが感じられる。
親の言うなりになって、したくもない勉強をやらされていた自分が、勉
強を「自分で頑張った奴に勝てるわけない」と振り返るのだ。


◇この事件は、人生に負け続けた人間が、その人生の最後で、誰かに注
目されたいという思いが、起こさせたものかもしれないし、最後の彼の
自己顕示欲が起こしたものかもしれないが、彼のこういう人生を決定付
けた両親に対する復讐だと思えないこともない。親にしてみれば、良か
れと思って、教育に強く関与したのだ。こんな結末では、救われないだ
ろうし、子どもである加藤容疑者自身も救われるものではない。


◇紙面の都合で、結論を急ぐが、勉強は子どもが自律するための、道具
だ。勉強ができるようになることが目的ではない。勉強は、子ども時代
に目の前にある課題なのだ。その目の前にある課題に誠実に取り組むこ
とを子どもに要求するだけだ。勉強の結果を評価するために、勉強をさ
せることではない。勉強を競争の道具にしてはいけない理由もここにあ
るのだ。自律を促すものが、勉強以外にあるのならば、それでもいいの
だ。その程度のものが勉強だ。そう考えて見ることも重要なことだ。


◇もう一度確認して終わりたい。学校で優秀な成績をとることが勉強す
る目的ではない。勉強ができるできないを親が評価して、優越感や劣等
感の源泉にしてはいけない。そのために、勉強をどう考えるかを私たち
は、もう一度考えてみることだ。大人になってから、勉強することがで
きるようにしてあげればよいのだ。その程度のものなのだ。勉強なんて。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月12日

松下 幸之助

人は何度やりそこなっても、「もういっぺん」の勇気を失わなければ、
かならずものになる。

◇失敗に懲りるという時、私たちには、二つの懲りるがある。一つは、
失敗することをもう二度としたくないから、失敗から学んで、次は成
功しようと必死になって失敗の可能性を減らしていくということだ。


◇もう一つは、もう失敗なんかしたくないから、チャレンジすること
を諦め、行動を止めることで、失敗の可能性を減らしていくというこ
とだ。そのどちらも、失敗を契機に何かを学んでいるのだが、その結
論としては全く逆の方向へ向かう。


◇私たちは、失敗を望まない。しかし、失敗するのは、生きている上
で当然のことだ。何もかもすべていつも成功するというのは、望んで
も無駄なことだ。だとすれば、失敗を自分から遠ざける発想よりは、
失敗を次の成功に結びつける発想を取ることだ。失敗をしたくないと
いうことと、成功したいということのどちらを積極的に自分のことと
するかだ。その違いが、人生を決定するものになるだろう。


◇人間として生きている限り、私たちには、私たちなりの成功も失敗
もあるはずだ。神様ではないのだ。成功のあとの失敗も、失敗の後の
成功もどちらも用意されている。機会は、すべて同じだけやってくる。


◇しかし、その機会をどういう風に見るかは、自分次第なのだ。成功
するための機会なのか、失敗しないための機会なのか、私たちは、い
つでも判断しなければならないのだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月11日

「習字の先生」(中編)

○前回のあらすじ

僕は小3から小5まで、地元では名士と言われる人に書道を習っていた。
厳しい先生だったが、お正月には生徒を集めて新年会を開いてくれた。

新年会では坊主めくりに百人一首をやった。
百人一首の読み手は、先生の奥さんだ。

奥さんは子供にとても優しいお婆ちゃんで、先生が子供を叱ると、
それをたしなめるような人だった。

威厳ある先生と優しい奥さん。理想的な老夫婦だったのだが。
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有線電話というのをご存知だろうか。
飲食店などにあって音楽が流れてくるあの「有線」とは違う。


簡単に言うと、ある一定の地域内でしか通じない電話である。
もちろん、電話なので、通話が可能だ。しかも通話料は無料。


一般加入電話が普及していない地域(農林漁村など)で、自治体や地域団
体によって設置されていたようだ。


僕の住む市内の家庭には、一般の電話のほかに、この有線電話が各家庭に
設置されていた。みんな「有線」と呼んでいた。


市内には、有線を使って電話をしないと母親にめちゃくちゃ怒られた。有
線は「タダ」だからだ。家には有線しかなく、市外への通話は公衆電話を
使っている友人もいたぐらいだ。


この有線、通話機能だけではなく、地域の情報伝達の役目も担っている。
毎日、定期的に「市からのお知らせ」がラジオみたいに、流れてくるのだ。
基本的に有線が繋がっている限り、この放送を止めることは出来ない。


例えば、「お悔やみ放送」。市内で誰かがお亡くなりになると、どこの誰が
亡くなったのか、放送が入る。


「お悔やみ放送をいたします。○○町の××さんが、昨夜お亡くなりにな
りました・・・」。


父も母も、どんなにおしゃべりしていてもピタッと止めて、この放送には
じっと耳を傾けていたのを思い出す。狭い家だったので、有線の音はどこ
にいても聞こえてきた。


平日の毎朝六時半にも必ず放送が流れた。


「今週は交通安全強化週間です」、「10日は○○小学校の運動会です」な
ど、市からのお知らせと、そして、なぜか、その日の学校給食の献立が必
ず放送された。献立を聞いて、それからよく二度寝をしたものだ。

僕が小5のときだ。
新年の朝の放送で、百人一首の朗読が行われた。1日二十首ずつ、平日1
週間かけて毎朝放送された。


この朗読を行っていたのが、習字の先生の奥さんだった。後で知ったのだ
が、先生の奥さんは、その道では有名な百人一首の読み手の方だったらし
い。


新年会で、先生が読まずに、奥さんが読み手になった理由もなんとなくそ
の放送で分かった気がした。


その週は、「朝の有線放送の時間です」という声で目を覚まし、歌の内容
は全く分からなかったけれども、毎日、奥さんの百人一首の朗読を聞いた。

その放送から、ふた月ぐらいたっただろうか。先生の奥さんがお亡くなり
になった。習字教室も2週間ほど、お休みになった。


○次回へ続く。

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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住井 すゑ

人間、年をとることは自然なので、それが「老人問題」だと騒がれるのは
よくよく世の中がゆがんでいるからなのです。

◇当然の成り行きが、ここのところどうもおかしくなっている。今日の
言霊の「老人問題」にしても、今までは老人の人口構成比における比率
が低かったから、何も言われなかったが、今では、その構成比が、どん
どん上昇して、若年層との関係が、歪になっているのだ。


◇子どもの出生率が従来と同じならば、「老人問題」はそれほど問題は
なかったかもしれないが、出生率が同じだとすれば、また別の問題が生
まれる。人口増加における食料難や環境破壊の問題だ。


◇私たちの世の中=文明は、相当厳しい状況を迎えつつある。何かを改
善しても、その改善の影響で、何かに悪影響が出て、結局のところ、総
体的に悪い方向へと向かっていく。そういう状況を呈しているように思
う。


◇今日の食糧問題やエネルギー問題、環境問題は、その最たるものだ。
中国やインドやブラジルの経済発展は、それ自体、何も問題はないが、
全世界との関係でみれば、それらの発展が、今日の問題を生んでいると
見れないことはない。私たちの地球は、有限なものなのだ。無限にどの
国も、成長していけるような広大な時空間があるわけではないのだ。


◇だから、私たちは、従来の価値を転換する時期に来ているということ
だ。経済的な、物質的な成長神話を捨てて、違った神話を創造する時だ。
次から次へと欲望を拡大することをよしとする文明から、足るを知るこ
とをよしとする文明に変わるべきだ。こういう状況になっても、未だ昔
と同じ価値観を持っていることが、歪んでいるということなのかもしれ
ない。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月10日

井上 靖

努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る。

◇1990年に私はある学習塾に転職した。その時に、どの校舎にも貼
ってあったのが、この言霊だ。生徒向けに貼ってあったのだが、その当
時は、この言霊が、「会社に不満を語るような社員は、怠けている社員
なんだ」と暗に言っているようで、非常に嫌だった。不満ぐらい誰だっ
て語るだろ!と思っていたので、勝手にその掲示をはがしたものだ。


◇そして今、私はこの言霊に対してどう思っているかというと、好きに
なっているのだ。年のせいかもしれないが、結局は、人生なんて自分の
生きる姿勢の問題で、どうとでもなると思えるようになった。


◇そうなると断然、この言霊が、ありがたいのだ。希望を語っている時
は、何かに対して正面からぶつかっている時だし、不満を語るようにな
れば、何かから逃げている時なのだ。それが分かるようになって、この
言霊に共感するようになった。


◇私たちは、自分が困難だと思うから、不満を語るのだ。自分で乗り越
えられそうだと思ったら、走り出してでもその障害を越えようとするだ
ろう。自分にブレーキをかけている時は、前に進むことが怖い時だ。そ
ういう時こそ、前に進んでいく意志を持ち直す時だ。


◇不満を語ろうとしたら、自分に言い聞かせよう。努力を止めてないか!
と。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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☆リフレーミングを心がけよう!☆

◇ものには言いようがあるとよく言われるが、子育てにも当てはまる。それは
、子どもの言動に対しての親の言いようだ。

◇子育ての言語環境は、その後の子どもの成長にとって、非常に大きな意味を
持つ。そして、大人になってどういう言語表現を使うかということにも影響を
与える。


◇たとえば、私のことで言えば、私は、横浜の下町の長屋のようなアパートで
生まれた。四畳半の部屋しかなく、流しと便所は共同なのだ。親父は、広島か
ら出てきて、広島弁となぜか河内弁を使っていたらしいし、お袋は、お袋で、
親父の汚い言葉に対抗して、これまた物凄く悪い九州弁を使っていたらしい。


◇そんな言語環境にいた私は、今でも講演などで、ガサツな言葉を使ってしま
うし、日常的にもひどい言葉を今も使ってしまう。それが私にとっての日常に
なってしまったので、意識しない限り、そんなガサツな言葉も普通なのだ。し
かし幸い、私は、二人にとって年老いてからの子どもであったので、愛情だけ
は、しっかり注がれたから、そんなに曲がらずに済んだ。しかし、言語表現だ
けは、今も注意が必要だ。


◇ちょっと話がずれてしまったが、子どもに対して、どんな表現で接するのか
は、子どものその後を決定するかもしれないほど、重要なのだ。ならば、少し
は、親が意識して子どもに接する時の言語表現を変えてみよう。その時に参考
になるのが、リフレーミングという考え方だ。たとえば、以下に同じ意味で、
違う表現を書く。

          臆病――――慎重
     落ち着きがない――――活発
       元気がない――――穏やか
         無鉄砲――――勇気がある
     約束を守らない――――臨機応変
        優柔不断――――柔軟性がある
          頑固――――芯がある/信念がある

◇こういう言い換えを時に応じてしてほしいのだ。子どももいつもと違うアプロ
ーチで驚くはずだ。そうすれば、自分のやっていることを冷静に見えるかもしれ
ない。ぜひ、試してほしい。また、こういう言い方も考えてほしいのだ。
   
「勉強しなければ、入試に落ちる!」
「勉強すれば、入試に受かる!」

◇どちらも同じメッセージなのだが、どちらが、言語環境としていいのか、考え
てほしい。子どもが積極的になる表現を数多く使っていきたいものだ。
 

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月09日

二者面談と三者面談

『はじめに』

◇関西の学習塾の顧問をするようになって、関東の塾とは違うことが、
何箇所かあることに気が付いた。その中で、懇談と言われる面談に、こ
こ数年違和感があって、何でテスト後にやるのだろうと思っていた。そ
して、何で集中してやるのだろうとも思っていた。1ヶ月かけてやれば
よいのに、きっとテスト結果が返ってきて、その熱の冷めやらぬ間にや
ろうとするから、集中するのだろうと思っていたのだが、そうではなか
った。なんと生徒と保護者の三者面談だというではないか。だから、土
日を使っていたんだ!と改めて気が付いた。なんと間抜けなコンサルタ
ントだろう。関東の、それも大手学習塾にいたら、三者面談なんてよほ
どのことがない限りやらないから、ずっと懇談は、二者面談だとばかり
思っていたのだ。迂闊だった!前提が違うのだ。こんな失敗が、以前は
数多くあった。

『面談をする目的』

◇まずは、面談をする目的が、違うのだ。私が考える面談をする目的は、
保護者に面談者が信頼されることなのだ。面談者は、保護者に信頼され
るために、生徒の学習状況や進路を保護者と確認する。保護者の気付か
ない生徒の良い面や学力的に優れている面を伝えるのだ。その時、保護
者は、親以上にこの先生は、息子のこと、娘のことを知っている!と思
わせて、信頼を勝ち得るのだ。そのために、定期的に面談を実施する。


◇だから、必然的に面談は、二者面談になる。これが三者面談なら、や
りにくくて仕方がない。生徒のいる前で保護者に生徒の良い面を伝える
のだ。生徒にしても面談者にしても恥ずかしいことこの上ない。また、
保護者に生徒の対応で注文をつける場面も出てくるはずだ。「お母さん、
少し過干渉ですよ。もう少し、お子さんを信頼して、遠くから見守って
ください」と言いたい時に、子どもが横にいれば、お母さんとしてもバ
ツが悪いだろう。


◇また、三者面談は、高度な話術が求められる。話すベクトルが、生徒
と保護者の二方向になるのだ。よほど話術的にも、心理学的にも造詣が
深くなければ、その両方をインスパイアすることは難しい。だから、学
習状況やテスト結果など、客観的な話をするしかないのだろう。当たり
障りのない面談になってしまう。


◇それに、三者面談は、日程の調整が難しい。親と子どもが時間を合わ
せ、そして塾側の先生と時間を合わせるのだ。忙しい中学生と忙しい保
護者と、そして、生徒を沢山抱えている塾の先生が、同一時間に顔を合
わすのだ。こんな面倒なことはない。


『経営者の視点』

◇経営者は、行動の目的を明確にしたほうがよい。面談の目的は何か。
なぜ、三者面談をしなければならないのか。保護者が、子どもにも言っ
てくださいという風によく言われるから、一緒に面談をすると多くの塾
の先生が言うが、それは、三者面談をやる理由にはならない。生徒にも
保護者とは別に言えばいいのだ。三者面談をやる本当の理由は何なのか
、ぜひ真剣に考えてほしい。学校の三者面談が、非常に上手く行ってい
るのであれば、単純に真似をしているというので、よいと思うが(百歩
譲って)、もしそうだとすれば、なぜあれだけ学校の評価が低いのか、
分からないではないか。学校の三者面談で、先生を信頼出来たと数多く
の保護者が感じているならば、もっと学校の先生の評価は高いはずだ。


◇やる目的を吟味しよう。そうしなければ、保護者や生徒から信頼され
る塾にはならない。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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宮沢 賢治

正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識して
これに応じていくことである。

◇私たちは、近視眼的な判断をしてしまう動物だが、それでも人間とし
て成長すればするほど、遠くのものを基準に判断しようとするようにな
る。


◇たとえば、小さい頃は、自分が何かをほしいと思えば、他人のものを
勝手に使っていたり、眼の前にあるほしいと思うものを勝手に拝借して
いたり、ちょっとした誘惑に負けて、本来やらなくてはならないことを
やらなかったりということはちょくちょくあったはずだ。


◇しかし、成長していけば、後々それがどういう結果を招くかが、だん
だん分かってきて、今この時の欲望だけで物事を決めなくなっていった
はずだ(最近の事件は、そういう歯止めがなくなってはいるが)。


◇今日の言霊の宮沢賢治は、その遠いものが、さらに遠く大きいものに
なっている。彼が判断の拠り所にしているのは、地球ではなくて、地球
を包む銀河系なのだ。つまり、判断の基準が、自分を取り囲む今という
狭い範囲や人間関係ではなくて、今という時空間を越えて、将来に渡っ
てこの判断が正しいかどうかを問う基準を心に持っているということな
のだ。


◇こういう視点を持っているからこそ、今という時代や今という人間的
な価値観になびかないし、自分の信じることがぶれないのだ。


◇どうだろうか。私たちに賢治の視点が必要なのではないだろうか。今
を消費し尽くす私たちの生活をもう一度振り返るためには、賢治の銀河
系から考える視点が必要な気がする。自分を銀河系から見ているなんて、
賢治しか出来ないかもしれないが、私たちもそういう視点を持とうと努
力してもいいように思う。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月07日

フランツ・グリルパルツァー

自分の限界を知る者こそ、自由な者である。自分を自由だと妄想する者は、
その妄想のしもべである。

◇人間は、基本的に完全な自由を持ち得ない存在かもしれない。肉体と
いう制約もあれば、人間関係という制約もある。そして自由意志だと言
ったって、時代の制約を受けるわけだから、完全に自由ではない。想像
する自由だって、まったく知らないことを想像できるわけではない。ま
た夢を見る自由すら、もしかしたらないのだ。


◇今日の言霊も言うように、自由と言うのは、限界の中でどれだけ自由
に考え、自由に行動できるのかと言うこと以外にはないのかもしれない。
自由と言うのは、ある制約条件を自覚したところから、本当の自由が生
まれるものだ。


◇そういった意味では、制約条件の自覚のない自由は、妄想であって、
現実的に何も生み出しえないものだ。現実を直視しないものは、実際は
現実に縛られた不自由な存在だ。


◇自分の限界を知ろう。限界があることは、別にダメなことではない。
それよりは、限界を知らないことのほうが、恥ずかしいことだ。自分の
限界の中で最大限の自由意志を行使して、現実と向き合おう。


◇そうすることが、人間としての自由を謳歌することになるのだ。現実
逃避の自由論は私たちにとっては必要のないものだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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「決断はいつも表裏一体!」

◇私たちが成長する過程で、よく「人に迷惑をかけるな!」と親から言
われつづけ、私がしでかした、失敗や悪行を戒められたものです。皆さ
んも今までの人生で一度くらいは、言われた経験があるのではないでし
ょうか。

◇でも、ちょっと考えれば全く人に迷惑をかけずに生きることは不可能
です。私たちが社会生活を営む以上、迷惑は避けて通れないことではな
いでしょうか。

◇ところで、よく多くの人から相談を受けることの一つに、「生徒ある
いは部下を叱れない。どうしたらいいでしょうか?」ということがあり
ます。このような相談を受けると、「叱りたければ、叱ればいいじゃな
いか。叱る必要があるのなら、叱ればいいじゃないか。」としばしば思
います。

◇その反面、自分自身もずいぶん似たようなケースで悩んできたことを
思い出しもします。

◇この悩みの背景にあるのは、「叱りたいし、この場面では叱らなけれ
ばいけない。」という思いと、叱ることによって、「相手を傷つけ、結
果的に相手の行動が更に悪化したり、結局は、叱った人自身の評価が下
がったり、相手から嫌われるかもしれない。」という思いが交錯して悩
むケースが多いのではないでしょうか。

◇他者を思う存分叱って、相手の心や態度や行動が変わり、人間関係が
深まり、感謝されるようなことは稀だと思います。稀にあることも、叱
ったことがきっかけにはなっているでしょうが、叱る側の日頃の発言や
態度が布石になっていたと考えた方が良いかもしれません。

◇さて、話を戻すと、私たちにできることは、「叱る」か「叱らない」
という2つの選択肢しかないとすると、どちらかの行動を選択する決断
をしなければなりません。どちらの選択にも、長所と短所があります。

◇叱らない長所は、今現在人間関係を悪くしないということです。また、
時間が解決してくれるかもしれません。短所は、人間関係が希薄になる
ことや謝った行動が改善されないといったことかもしれません。

◇そして、決断をします。すると、どちらかの長所を捨てることになり、
選択した行動の短所を受け入れることになります。つまり、リスクを負
うことになります。リスクを好む人は誰もいないでしょうが、選択や決
断をするということは、必ずリスクを伴うのです。

◇ですから、悩みから解放され、より良い決断をする為には、リスクを
理解し、踏まえた上で、期待する可能性が私たちが信じるもの、手に入
れたいものであれば、おのずと決断ができるのです。つまり、私たちは
知らず知らずの内に、敢えてリスクを取っているのです。

◇私たちは、日々、1分1秒決断の連続です。時間に流される行動を捨
て、意識して捨てることに取り組んでみたいものです。

「あなたは、本当は何を望んでいるのですか?」
「何を手に入れたいのですか?」
「そして、あなたは本当にほしいものを手にする為に何を捨てますか?」

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☆★☆ 編集後記 ☆★☆
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先週末は、実家の田植えをしました。田植え自体は機械を使うわけですが、
田植え全体の仕事の中で、機械に頼る部分は、あまり多くありません。
日本の農業は、まだまだアメリカのような大規模農業とは月とすっぽんで、
人力に負うところが多いようです。

田植えを終え、あんな小さな苗が秋には黄金色に輝き、私たちの生活のまさ
しく糧になることの自然の偉大さを感じずにはいられませんでした。

そんな訳で、筋肉痛に悩まされた1週間でした。そして、今日は、明日の
セミナーに向け仙台に入ります。東北の皆様よろしくお願いします。
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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月06日

社会の規範が、空洞化しているのか、それとも!

【記事】元校長の教育相談室長、わいせつ容疑 16歳相談者に 

 朝日新聞(2008年5/31)より以下抜粋

○悩みの相談を通じて知り合った女子高校生にわいせつな行為をしたと
して、埼玉県警所沢署は31日、東京都武蔵村山市教育相談室長の佐藤
学容疑者(62)=所沢市青葉台=を県青少年健全育成条例違反の疑い
で逮捕した。佐藤容疑者は「魔が差した」などと容疑を認めているとい
う。

○調べでは、佐藤容疑者は30日午後1時ごろ、所沢市内のファストフ
ード店の客席で、武蔵村山市に住む都内の高校2年の少女(16)のス
カート内に手を入れるなどわいせつな行為をした疑い。店内にいた男子
高校生が2人の様子を不審に思い、交番に届けた。

 
○同署などによると、佐藤容疑者は06年3月に武蔵村山市立中学の校
長を定年退職し、都の嘱託職員として教育相談室長をしていた。少女は
同容疑者に悩みを相談しているうちに、携帯電話で食事に誘われるよう
になった。昨年末ごろから数回、わいせつな行為を受けていたが、「尊
敬できる先生だったから断れなかった」と話しているという。


*私からのコメント


◇何が、彼をこうさせたのか?今から30年前であれば、こんな事件が
起こることなど、誰も想像出来なかったはずだ。しかし、今は、「さも
ありなん」とばかり納得してしまう。それは、なぜなのか。教員だから、
事件を起こさないという神話と分別ある老人だから、事件を起こさない
という神話が、崩れてしまって随分と経つ。この間の事件を垣間見ると、
社会的な役割を担った人たちは、ドンドン何かに浸食されているように
思う。


◇従来ならば、社会全体に規範意識がある程度あったものが、いつの間
にか、その規範意識が自由意識と引き換えに希薄になり、それとともに
自己責任という名目で、自分の判断で規範行動さえも行うようになって
しまった。周りの目もあって、自ずと抑制していた欲望が、周りの目の
方向がてんでばらばらになって、自分で自分の欲望を抑制しなければい
けないような状況になっていった。そして、誰もが、自由に欲望に身を
任せているように映る状況が生まれた。そういう現代だからこそ、この
ような事件が起こるのかもしれない。


◇だから、今まででは考えられないような立場の人たちが、事件を起こ
すようになったのではないか。そういう風に思える。だからといって、
彼らの責任を不問に付すことは出来ないが。今回、この事件で多少安心
したのは、男子高校生2人の通報だ。昨今の風潮の中でも、何が正しい
か、何がおかしいかの判断が、出来る高校生なり若者がいるのだ。こう
いう若者が、現にいることを私たちは、救いとするべきかも知れない。
被害にあった女子高校生には、早く傷を癒してほしい。こういう高校生
の中で悩みを打ち明ける状況を作れるように、大人は支援していくしか
ないのかもしれない。それにしても、大人はもう少ししっかりしなけれ
ばならない。


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5月30日(金)発行【教育記事から教育を考える】 VOL.285
テーマ『こういうのが、学校の目指すことなのか!』に対して、読者の
方から以下のようなご意見を頂戴致しましたので、ご紹介します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
下記の「夜スペ」に関する反論で、とても気になることがありましたの
で、メールします。

『「忙しくて、子どもたちと向き合う時間がない」と異口同音に叫んで
おります。藤原和博元校長は、そういう要領の悪い・教師としての資質
に欠ける教員たちにも子どもたちと向き合う時間を確保するために「夜
スペ」を始めました。』

とありますが、「忙しくて、子どもたちと向き合う時間がない」先生は、
「要領の悪い・教師としての資質に欠ける教員」ですか?PTAとして
頻繁に学校に出入りしていますが、要領が悪くやる気がないから時間が
ないのではなく、実際、仕事が多すぎると思います。
食育、いじめ、不審者対応、コンピュータ、英語、地域との連携、課外
活動の顧問、委員会活動、運動会や学芸会…などなど、ほんとうに忙し
そうです。学校に何もかも押しつけすぎではないですか?
その結果、先生方の学習面の準備時間が足りなくなっていませんか?

塾は、警備員を雇っています。食育をする必要も、地域と連携も必要あ
りません。コンピュータも英語も、経営に組み込むなら専門の先生を雇
うでしょう。学校に何を求めるのか、私たちがもっと考えるべきです。

公立小学校の一保護者より。


◇メルマガ【教育記事から教育を考える】管理部より
貴重なご意見有難うございました。読者の皆様方にご紹介させて頂くと同
時に、参考にしたいと思います。今後も皆様方からのご意見・ご感想をお
待ち致しております。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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ジャン・バティスト・モリエール

他人の行為を云々しようとするまえに、
まず自分自身をきびしい規範にてらしてみるべきだ。

◇自分を安全地帯において、他人を批判したり非難することは簡単なこ
とだ。批判したり非難する人に、なんら危険なことはないのだから、何
を言っても、自分に被害が及ぶことはないのだ。

◇しかし、自分を他人と同じ土俵に立たせて、他人について批判したり
非難するのならば、それは、覚悟のいる行為になるだろう。他人に対し
て批判したことや非難したことと同じ言葉が、瞬時に自分に返ってくる
からだ。他人のことばっかり言って、自分はどうなんだ!と返ってくる
からだ。

◇私たちが、評論家を嫌う理由は、評論家が、自分で泥をかぶって、自
分の意見を実行することがないからだ。あくまで、自分が何かを見て何
かを発見して、大衆に注意を喚起するだけでいいと思っているからだ。
苦労するのは、大衆で、この自分は、教えてやっているのだという態度
が、見え隠れするから私たちは評論家が嫌いなのだ。

◇これと同じことが、私たちの態度にも生まれてしまうことが随所にあ
る。実は、自分のことなのに、自分の関心の及ばない範囲は、自分とは
利害関係のないものだと思って、評論家のように他人のこととして言及
してしまう。

◇こんな時に、ふと今日の言霊を思い出してほしい。おいおい待てよ。
他人事のように考えているけれど、実は自分のことなのではないかと。
他人事のように自分の状況に参加してはいけないのだ。もっと自分が踏
み込んで考えることなのだと思い出してほしい。

◇私たちは、人生の評論家になってはいけない。人生に全面的に参加す
ることだ。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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レオナルド・ダ・ヴィンチ

自分によくわからないものを賞賛するのは正しくない。
だが、それを非難するのはもっとまちがっている。

◇私たちは、自分がよく分からないものに対して、三つの反応をする。
一つは、沈黙だ。語りえないものに対して沈黙をする。もう一つは、
思考停止をして、状況に追従する。賛成が多ければ賛成をし、反対意
見が多ければ反対をする。


◇最後の一つは、自分の理解不能をよく分からないものに転嫁して、
非難する。難癖をつけて、あれやこれやと攻撃する。そうやって自分
の能力不足を誤魔化そうとするのだ。


◇私たちは、理解できないものに対して、理解するように努力してい
るだろうか。それよりは、自分の態度を硬直させて、相手を遠のけよ
うとしていないだろうか。自分の側から歩み寄っているだろうか。


◇私たちに大切なことは、自分自身とは異質のものやことに対して、
どのくらい開かれた態度がとれるかだ。自分の理解を超えているも
のに対して、勇気を持って自分を開こうとしてみよう。そうすれば、
少しは、理解が深まるはずだ。


◇私たちの世界は過去とは比べものにならないほど、小さくなってい
る。異質なものやことが、急速に自分の周りを取り囲んでいる。その
時に問われるのは、異質なものやことに対する私たちの態度だ。語り
えないものに対して、語りえるように前進していこう。

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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月05日

「つむぎセミナー2008 in Kyoto」で講演しました

去る6月1日、教材会社・都麦出版様が主催する「つむぎセミナー2008 in Kyoto」
が、みやこめっせ(京都市)で開催されました。
ここで講師を務めさせていただのが弊社代表の中土井鉄信です。
セミナーでは「中土井流・ここがポイント!塾経営」と題し、コミュニケーションを軸と
した学習塾の活性化策をお話ししました。

都合2時間35分(2部構成)の講演をお聞きくださった全国の学習塾関係者
の皆様、また講演する機会をご提供くださいました都麦出版の皆様、大変あり
がとうございました。

受講者のみなさまにご記入頂いたアンケートを読むと、勉強になったというお
声をたくさん頂き、どうやら多少なりともお役に立てようです。

以下に出席者の皆様のアンケートをご紹介しますので、ご覧ください。

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・中土井先生の講演、大変勉強になりました。やり方は、コミュニケーション
 をいかにとっていくかを考える中で自然と生じてくるのだろうと感じました。

・塾を開いて4年が経過し、この先の指針となるものが何かないかと考えている
 私にとって非常にありがたいセミナーでした。

・「保護者をやる気にさせる」という視点が欠けていました。今後の経営に生か
 します。

・とてもよかったです。「自分の都合で計画をたてるな」というのを肝に命じ
 ます。

・自分の考えを根底から見つめ直させる、革命的なものでした。自分の日々の
 業務を単なる「労役」ではなく、価値を生む労働にするために目的を持って
 行動することから始めたい。

・とても参考になりました。目からウロコ!

・良いお話ありがとうございました。

・よかったです。非常にがんばろうという気持ちがわいてきました。理念で
 もって必ず達成すべきことを再確認しました。

・生徒を集めること、その方法を学べたと思います。実施をしていこうと思う
 内容もあり、よかったです。

・すごい貴重なお話をしていただき、自社の仕事に生かしていきたいと思います。
 集客について、カベにあたっている気がしたので、それを打破できる気が
 しています。

・非常に有意義な時間となりました。勉強になりました。

・元気になりました。車で5時間かけて来てよかったです。次は帰って塾をも
 っと元気にします。

・1年ぶりに参加させていただき、立ちあげたばかりの私にとって、たいへん
 有意義な情報をいただきました。

・“塾”としての基本姿勢を再確認させていただきました。特に“コミュニケー
 ション”という点についてです。

・自塾の充分できていないところが何カ所もありました。1つずつよくできる
 ところを改善していきたいと思います。

・昨年度も参加させていただきましたが、今回の方がずっと内容的にも濃いも
 のを学ばせていただきました。セミナー代・時間・交通費・労力の費用対効果
 は大です。

・足りない部分がよくわかってよかったです。

・たいへんためになりました。面白くて前傾姿勢で聞きました。

・中土井先生の話で、参考になることが多々ありました。自塾で実施していきた
 いと思います。

・本日は教室長という立場で来ました。教室長という視点、講師としての視点、
 塾長という視点のそれぞれで考えることが出来ました。今後の教室運営、塾
 経営に生かしていこうと思います。

・とても良い再確認の場になりました。ありがとうございました。

・よかったと思います。ただ少し話が多数に渡り、内容も難しくて何かが残り
 にくい感じはしました。

・中土井先生の講演が非常にわかりやすく、勉強になりました。私ができてな
 かった分も多く、非常に耳が痛かったです。反省します。

・中土井先生の話を聞いていると自信がつきます。早く保護者、生徒と面談を 
 したいです。

・非常に為になりました。思考として、こうやればいいとわかっていることを
 ズバッと言われると、気持ちが良いです。

・本音が聞けて良かった。

・楽しくお話を聞くことができました。心がけていることが多く、これからも
 ぜひ実践していきたいと思います。

・大変良かった、してはならないことをいくつかしていることに気づかされたり
 これで良かったと思うこともはっきり分かりました。無形を有形にしてくれた
 かな・・という気がします。

・中身の濃いお話でした。もう少し時間をかけて消化したいです。

・これほど具体的なセミナーは久しぶりです。中土井氏のメルマガを配信して頂
 いていますが、もっと堅いイメージがありました。大きなギャップに改めて
 ファンになりました。

・多くの気付きを得られました。

・すごく元がとれるセミナーでよかった。いろいろアイディアがでました。

・時のたつのがとても早く感じられました。気が付くと、もう終わり?という位
 に。中土井先生のおっしゃっていた“フォーカス”興味深いです。

・具体的内容が多くてよかった。

・すばらしかったです。自分の不勉強さを痛感しました。明日からできることを
 1つずつしっかりやっていきます。

・充実した内容の濃い講演でした。

・反省させられた部分を多く気づかせてもらった。

・久しぶりに中土井先生の楽しい話を聞くことができて、よかったです。

・初めて参加させていただき、今まで何もしていなかったことを反省しています。
 今日の講座を参考にしていろいろ考えた上、活動をしたいと思っています。
 本日は有り難うございました。

・自分の甘さがよく分かりました。また、コミュニケーションの大切さや授業、
 集客の仕方、何より物事の考え方について考えさせられました。よかったです。

・すべての面においてコミュニケーションの必要性を再確認させられたセミナー
 でした。我々は普段ハード面のみに目が向けられていたのですが、ソフト面
 についてはいい勉強になりました。

・本当にすばらしいお話をありがとうございました。自分の甘さを思い知り、 
 また1からがんばろうという気持ちでいっぱいです。今までの実績に満足して
 いた自分の目をさまさせていただきました。今後もセミナーをいっぱい受けさ
 せていただきたいと思います。

・塾経営のポイントが明確になり、大変参考になりました。有り難うございました。

・すぐにでも自教室で生かせる事が多くあるなと思いました。コミュニケーション
 教室内の活性化、取り組んでいこうと思いました。

・こういうセミナーに参加するのは初めてで、とても楽しい話が聞けて良かった
 です。

・具体的に行動しようと思いました。

・要点確認ができ良かったと思います。

・大変役に立ちました。

・具体的な内容で、大変参考になりました。教えて頂いた事を実行する事が
 大切であると思いました。

・大変参考になりました。今日のセミナーを今後の塾経営にいかしていきたい
 と思います。

・経験に基づくお話で説得力があり、若い講師にも是非聞かせたいと思います。

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2008年06月04日

アウグスティヌス

愚かにも自己愛にひたる者は、英知に迫ることはできないものだ。

◇自分自身を大切にする気持ちは誰にでもあるし、自分を愛することは、
どうしたって生きていく上で、必要不可欠なことだ。自分自身を愛せな
い人間に、他人を愛せるはずがない。


◇他人を愛しているこの自分を自分自身が愛せないのならば、他人を愛
することにどれだけの意味があるというのだろう。

◇もし、他人が自分を愛するとして、自分が自分自身を愛せない以上、
この他人の愛を受け止めることは出来ないはずだ。こんな一方通行な愛
は、愛とはよべないものだ。だから、自己愛は、それ自体では本当に必
要なものなのだ。


◇しかし、今日の言霊も言うように、自己愛に浸って、自分自身の殻に
閉じこもってしまうようであれば、それは、愚かとしか言いようのない
ことだ。自分を他者に開いてこそ、自分自身が拡大され、愛すべき自分
が成長を遂げていくことになるのだ。


◇だから、小さな自分をかばって、自閉的な状況になるようでは、本当
の自己愛とはよべない。なぜならば、自分を超えた知識の吸収も体験知
の形成も出来るものではないからだ。


◇自分を大切にしよう。それは、小さな自分を勇気を持って世界に投げ
出すことから始まるのだ。自己愛とは、そういうことだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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「習字の先生」(前編)

みんな、そうだが、かつて僕も生徒で、「先生」からいろいろと教わった。
それは、学校だけでない。僕が育った田舎には学習塾なんてものは当時な
く、学校以外の「先生」といえば、それは習い事の先生だった。

忘れられない「先生」がいる。習字の先生だ。地元では名士と言われる人
に、小3から小5まで僕は字を習っていた。大きなお屋敷の二階が習字の
教室だった。


もっとも、子供だったので、スゴイ人だなんてことは分からず、僕にとっ
てはちょっと怖いお爺さん先生で、指導は厳しかった。


「背筋を伸ばして、しっかりと正座をしなさい」

「今は遊びの時間じゃありませんよ」

「書き順が違ってます」


痩せた白髪の先生は、声を張り上げるのではなく、静かな調子でピシッ
と僕たちを叱った。当時の僕は「威厳」なんていう難しい言葉は知らな
かったけれど、本当にかくしゃくとして、威厳に満ちた先生だった。


でも、ただ厳しいだけではなかった。お正月には子供たちを集めて新年
会を開いてくれた。お菓子をつまんだり、ゲームをしたり、先生も一緒
に楽しんでいたように思う。


「坊主めくり」という遊びを知ったのはこのときだ。それまで知ってい
たカルタとは似てるけど全く違う。絵札には古風で、綺麗な絵が描いて
あった。百人一首の札を触ったのもそのときが初めてだった。


一枚ずつ札をめくっていく。引いた手札は自分のもの。天皇が出ればも
う一回めくれる。坊主が出れば手持ちの札は取り上げられ、姫をめくれ
ば一気に手札が増える。


単純だけど、次に何が出るかというドキドキ感。札をめくって絵を見た
ときの歓喜と落胆。いろんな感情があったように思う。


技術はいらない、駆け引きもいらない。ただ絵札をめくるだけである。
なのに、一緒に参加した先生の手元にはたくさんの札が集まっていた。


坊主めくりが終わると、百人一首が始まる。これは難しい。中学生も交
じってみんなで行うので、全く札が取れない。鼻たれ小僧にはレベルが
高すぎたが、何かの拍子で一枚、取ることができ、それがとてつもなく
嬉しかったのを覚えている。


この百人一首。読み手は先生ではない。先生はみんなと一緒に取り手で
参加する。読むのは先生の奥さんだ。


この、先生の奥さんがそれはそれは子供に優しい人だった。先生が子供
たちを叱ると、それをたしなめる。先生も奥さんには頭が上がらないよ
うな感じだった。女優の原ひさ子さんにそっくりの、いつもニコニコし
たお婆ちゃんだった。


威厳ある先生と優しい奥さん。理想的な老夫婦だったのだが。


○次回へ続く。

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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2008年06月03日

☆失敗をさせてみよう!☆

◇子育てで難しいのは、どこまで失敗させて大丈夫なのかの判断だ。いちいち
お母さんが、失敗する前に注意を与え、叱っていたら、子どもはどんどん萎縮
するか、お母さんの顔色を見て、行動するようになる。かといって、野放しに
していれば、最近は、大きな怪我を負ったり、予想も付かない出来事に遭遇し
てしまったりする可能性が大きい。それではどうすればよいのか。答えは意外
と簡単で、自分の前で見守ってあげればよいのだ。

◇学校に行っている時は、先生や友達に見守ってもらえると思って、あれやこ
れやと前もって注意を与えないことだし、近所に遊びに行っていれば、最低の
ルールを教えて、あとは友人や近所のお母さんに見守ってもらえると思ってい
ればよいのだ。それだけで、子どもは随分と伸び伸びするはずだ。それ以外に
望むとすれば、それはない物ねだりだ。

◇そして、重要なのは、失敗した後のフォローだ。失敗を責めないことだ。そ
れよりも、失敗した状況を聞き、失敗した時の子どもの気持ちを聞き、そして、
次にこの失敗をしたいのかどうかを聞いて、最後に失敗をしないとすれば、今
度は、どうしたいのかを確認することだ。

  お母さん:どうしたの?何か学校であったの?
   A 君:別に・・・。
  お母さん:そお?何かあった顔してるけど?
   A 君:別に、何にもないよ。
  お母さん:そお?ならいいけど。今日はいいことあったの?
   A 君:何もないよ。
  お母さん:じゃあ、何かあったんじゃない。お母さんに話してみてよ。すっ
きりするから。
   A 君:え~?どうしようかな?・・・。実は、B雄と喧嘩したんだ。や
つが僕の消しゴムを投げたんだ。
  お母さん:そうなんだ。B雄君と喧嘩しちゃたんだ。消しゴム投げられて、
あなたはどうしたの?
   A 君:頭に来たから、突き飛ばしたら、B雄が僕を殴ってきたんだよ。
  お母さん:ところで、何でB雄君は、あなたの消しゴム投げたの?
   A 君:それは、・・・・。
  お母さん:あなたもB雄君に何かしたの?
   A 君:言いたくないよ。兎に角、B雄が悪いんだ!
  お母さん:B雄君と喧嘩して、どんな気持ちになった?B君のことじゃなく
って、喧嘩したこと自体よ。
   A 君:え~。何か、嫌な感じ。
お母さん:B雄君と喧嘩しない方法はあったのかな?
   A 君:分からないよ。喧嘩しちゃったんだから。僕がB雄に変なこと言わ
なかったら、してなかったのかな?
  お母さん:喧嘩の原因を、あなたはわかっってるんだ。じゃあ、それでいいわ。
明日は頑張って仲直りしてきなね。
   A 君:それは、どうかな・・・・。

◇叱っていなくても、叱った効果と同じか、それ以上の効果がA君にはあるはずだ。
母さんは、たまに感情に流されずに対応してみることだ。感情と感情がぶつかり合
っても、子どもには、何もいいことはないのだから。

 
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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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ヘンリー・フォード

いかなる進歩も個人のもとで小規模に始まる。
集団が諸個人の総計よりもすぐれていることはありえない。

◇今から12年前に、同僚に足元をすくわれて、大きな挫折を負った時
に、ある人から、「革命は一人で起こすものだ。いつの時代も一人の人
間が、新しいことを起こすのだ。だから、くじけずに生きていけ!」と
いう励ましの言葉を頂いた。


◇人生なんてこんなものだと腹をくくり、誰も恨むまいと心に誓って、
新しい一歩を踏み出そうとしていた時のこの励ましの言葉は、私にとっ
て大きな力になった。「誰も理解してくれなくても、いつかは理解して
もらえる」という信条で、社内改革に取り組んできての挫折だから、こ
の励ましの言葉は、大きな支えになった。


◇私たちは、住み慣れた世界に安住の地を求めるから、住み慣れた世界
を変えようとする力に自然と抵抗を示す。しかし、この住み慣れた世界
が、いつまでも続く保証はないから、いつかは、改革を起こして、この
住み慣れた世界を変化させ、進歩させなければならない。そう思いつき、
実行するのは、そこに住んでいる大勢の人間ではないのだ。


◇一部の人間が、そういう発想になり、行動を起こすのだ。みんなは薄
々気が付いていても言い出せるものではないのだ。一人の勇気が、いつ
かはみんなを動かすのだ。それまでは、いつでも孤独か少数の存在だ。


◇今日の言霊を忘れないようにしたい。いつか、私たちの一人ひとりが、
改革者になる時期が来るかもしれない。その時に、この言霊を思い出す
ことだ。


◇どんな進歩も個人から始まって、いつかは全体に普及するのだ。出発
点は、いつでも個人なのだ。開拓者はいつでも孤独なものなのだ。これ
を承知して、孤独の中に旅立つことだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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2008年06月02日

6月2日号 定期テストに向けての学習指導

◆目次
■巻頭所感
■Pick Up教育ニュース&ポイント
■達人の小技:全体像
■MBA特集:定期テストに向けての学習指導
■月刊塾経営の視点:2008年6月度
■イノさんのコミュニケーション道場:
第51ラウンド「のみにけーしょん」
■数で読む教育:学校外教育費

「塾経営サクセスネットMBA」115 号を皆様にお届けします。

 今号の特集は、初心に帰って学校の成績を上げるためにどうすればよいのかという具体論です。この特集は、顧問先の会議の話題が発端になっています。「定期テスト対策をどういうふうに行えば、テストの点数が上げられるのか」ということが議論になり、その際、塾によって考え方が全然違うのに気が付いたのです。学校の定期テストですから、どの塾もしっかり教科書をやるんだろうと思っていましたが、そうでもないので、私の20 数年前のノウハウを披露することにしました。といっても全然大したことはなく、ただ暗記するだけのものです。
 中学までの勉強は、基本的に暗記がメインです。出来ない生徒は暗記が出来ないのですから、テスト対策では暗記に命をかけるのです。そう割り切って指導していけば、必ず中堅以下の生徒もテストの点数が上がっていくはずです。騙されたと思って徹底的にやってみてください。

 また今号では、「達人の小技」で学習論に関する全体像について取り上げています。テスト対策が苦肉の策だとすれば、この小論は学習指導の王道です。こちらもぜひ参考にしていただき、学習指導のバランスをとっていただければ幸いです。

マネジメント・ブレイン・アソシエイツ代表 中土井鉄信

競争のフィールドをどこに置くか?

『はじめに』

◇私たちは、競争のフィールドをどこにおいているだろうか。私の地元
である神奈川県は、無料体験のメッカだから、当然、授業の質に競争の
要がある。今から十数年前、臨海セミナーが、無料体験に火を点けて、
その傾向が、ますます強くなった。しかし、授業の質の向上に関して、
各塾が全社を上げて取り組んでいるかというとそうでもない。どうすれ
ば、授業の質が向上するか、明確な指針がないために、全社の力がそこ
に集中しないのだ。だから、それに気が付いているところが、比較的優
位な展開になっている。ただし、競争は、その他にも沢山の要素がある
から、それだけで絶対優位にはならないが。

『自塾の競争のフィールドを理解する!』


◇授業の質に関しては、どうすれば、授業の質が向上するのかを一番よ
く理解しているのは、神奈川県で言えば、ステップだ。ステップは、徹
底的に教師としての職務を各職員に要求する。それ以外は、ほとんど要
求しない。ただし、最近は、やっと集客に関しても多少要求するらしい
が、それでも、他塾の比ではない。他塾は、集客に関して必死になって
いるのだ。それに比べれば、ステップの職員は、教師としての自分の仕
事を考えていればそれで良いのだ。そしてステップは、授業の質を合格
実績で証明するために、戦略高校をしっかり決めて、臨んでいる。神奈
川県で独自入試を採用している公立高校の合格実績を徹底してNO1に
する戦略だ。ステップの戦略の分かりやすさが、最大の強みなのだ。戦
略が分かりやすいということは、職員の力をフォーカスしやすいからだ。
戦う場が、明確なのだ。


◇ステップを例にしてみたが、同様なことが他塾にも言えることだ。職
員がどこで戦っているのか、徹底的に教えることだ。自分の塾は、どこ
のフィールドで戦っているのか、今自塾は、こういう段階だから、こう
いう状況の中にいるから、ここで戦っているが、やがてここでの勝利を
勝ち取れば、次は、このフィールドで戦うのだ!という見取り図を職員
に提示することだ。そのためには、自塾の強みと地域の状況と顧客のニ
ーズを徹底的に理解しなければならない。


◇学習塾の戦うフィールドは、基本的には、コミュニケーション領域だ。
授業が最大のコミュニケーション領域だが、そのほかにどういう領域が
あるのかを、徹底的に考えることだ。地域の競争が、授業のフィールド
だけではないと判断したら、その他の領域に向けて、職員の意識を徹底
的に向けることだ。そして、その領域に対する戦い方を分かりやすくす
ることだ。分かりやすければやすいほど、職員は行動しやすくなる。シ
ンプルな戦場を設定し、シンプルな目標を提示して、職員が、自由に動
けるようにしてあげることだ。


『経営者の視点』

◇経営者は、まずは、自分が戦っている主戦場をしっかり把握すること
だ。そのために、その地域の事情や教育的な流れや世論を知ることだ。
色々な情報に流されて、自分のよって立つところを見失ってはいけない。
まずは戦うコンセプトを明確にしよう。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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マルクス・アウレリウス

死もまたわれわれの人生の課題の一つだ。その課題を与えられたら、
それをもまたりっぱに果たすことで満足せよ。

◇私たちは、有限な存在だ。どんなに頑張っても、いつかは死ぬ運命に
あるのだ。生が死によって制限されているということは、すなわち生き
ることは、死に向かって生きることを意味する。人生の終着点は、死な
のだ。


◇今日の言霊が、人生の課題の一つに死をあげているが、大きく考えれ
ば、より良く死ぬこと以外に人生の課題は、ないのかもしれない。より
よく死ぬために、一生懸命に生きて、生きることに未練を残さないこと
が、私たちの生の目的なのかもしれない。


◇多分、動物は、死を意識して生きていくことは出来ないが、人間は、
自分の死を意識して生きていくことが出来る動物だ。自分の死を意識し
て、与えられた時間を徹底して生きていこう。


◇生きて生きて生き抜いたところで自分の死が自分を迎えてくれるだろ
う。そういう心構えで人生を生きていくことだ。永遠に人生が続くこと
はない。時間は、いつでも限られているのだ。今を無駄にしてはダメだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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