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「習字の先生」(前編)

みんな、そうだが、かつて僕も生徒で、「先生」からいろいろと教わった。
それは、学校だけでない。僕が育った田舎には学習塾なんてものは当時な
く、学校以外の「先生」といえば、それは習い事の先生だった。

忘れられない「先生」がいる。習字の先生だ。地元では名士と言われる人
に、小3から小5まで僕は字を習っていた。大きなお屋敷の二階が習字の
教室だった。


もっとも、子供だったので、スゴイ人だなんてことは分からず、僕にとっ
てはちょっと怖いお爺さん先生で、指導は厳しかった。


「背筋を伸ばして、しっかりと正座をしなさい」

「今は遊びの時間じゃありませんよ」

「書き順が違ってます」


痩せた白髪の先生は、声を張り上げるのではなく、静かな調子でピシッ
と僕たちを叱った。当時の僕は「威厳」なんていう難しい言葉は知らな
かったけれど、本当にかくしゃくとして、威厳に満ちた先生だった。


でも、ただ厳しいだけではなかった。お正月には子供たちを集めて新年
会を開いてくれた。お菓子をつまんだり、ゲームをしたり、先生も一緒
に楽しんでいたように思う。


「坊主めくり」という遊びを知ったのはこのときだ。それまで知ってい
たカルタとは似てるけど全く違う。絵札には古風で、綺麗な絵が描いて
あった。百人一首の札を触ったのもそのときが初めてだった。


一枚ずつ札をめくっていく。引いた手札は自分のもの。天皇が出ればも
う一回めくれる。坊主が出れば手持ちの札は取り上げられ、姫をめくれ
ば一気に手札が増える。


単純だけど、次に何が出るかというドキドキ感。札をめくって絵を見た
ときの歓喜と落胆。いろんな感情があったように思う。


技術はいらない、駆け引きもいらない。ただ絵札をめくるだけである。
なのに、一緒に参加した先生の手元にはたくさんの札が集まっていた。


坊主めくりが終わると、百人一首が始まる。これは難しい。中学生も交
じってみんなで行うので、全く札が取れない。鼻たれ小僧にはレベルが
高すぎたが、何かの拍子で一枚、取ることができ、それがとてつもなく
嬉しかったのを覚えている。


この百人一首。読み手は先生ではない。先生はみんなと一緒に取り手で
参加する。読むのは先生の奥さんだ。


この、先生の奥さんがそれはそれは子供に優しい人だった。先生が子供
たちを叱ると、それをたしなめる。先生も奥さんには頭が上がらないよ
うな感じだった。女優の原ひさ子さんにそっくりの、いつもニコニコし
たお婆ちゃんだった。


威厳ある先生と優しい奥さん。理想的な老夫婦だったのだが。


○次回へ続く。

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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