ジャン・バティスト・モリエール
他人の行為を云々しようとするまえに、
まず自分自身をきびしい規範にてらしてみるべきだ。
◇自分を安全地帯において、他人を批判したり非難することは簡単なこ
とだ。批判したり非難する人に、なんら危険なことはないのだから、何
を言っても、自分に被害が及ぶことはないのだ。
◇しかし、自分を他人と同じ土俵に立たせて、他人について批判したり
非難するのならば、それは、覚悟のいる行為になるだろう。他人に対し
て批判したことや非難したことと同じ言葉が、瞬時に自分に返ってくる
からだ。他人のことばっかり言って、自分はどうなんだ!と返ってくる
からだ。
◇私たちが、評論家を嫌う理由は、評論家が、自分で泥をかぶって、自
分の意見を実行することがないからだ。あくまで、自分が何かを見て何
かを発見して、大衆に注意を喚起するだけでいいと思っているからだ。
苦労するのは、大衆で、この自分は、教えてやっているのだという態度
が、見え隠れするから私たちは評論家が嫌いなのだ。
◇これと同じことが、私たちの態度にも生まれてしまうことが随所にあ
る。実は、自分のことなのに、自分の関心の及ばない範囲は、自分とは
利害関係のないものだと思って、評論家のように他人のこととして言及
してしまう。
◇こんな時に、ふと今日の言霊を思い出してほしい。おいおい待てよ。
他人事のように考えているけれど、実は自分のことなのではないかと。
他人事のように自分の状況に参加してはいけないのだ。もっと自分が踏
み込んで考えることなのだと思い出してほしい。
◇私たちは、人生の評論家になってはいけない。人生に全面的に参加す
ることだ。
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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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