井上 靖
人間の苦しみの中で、猜疑心という奴が一番苦しいものかな。
火刑(ひあぶり)よりも磔(はりつけ)よりも苦しいかも知れないな。
◇他人を信じられなければ、私たちは、不安になって、いつでも他人を
疑い続けなければならない。自分以外の他人を信じる勇気を持たなけれ
ば、自分の他に味方がいないことと同じだから心が安らぐことはない。
◇いつでもびくびくして、他人を疑いの目で見、そして、他人を傷つけ、
他人に傷つけられて過ごさなければならない。今日の言霊の言うように、
猜疑心は、自分を地獄へと導くものなのだ。
◇なぜ、他人が信じられないのだろう。同じ人間なのだから、人間とし
ての信を置けるはずなのに、なぜ。他人の心が分からないからなのか、
それとも他人の気持ちが移り変わりやすいからなのか。
◇他人を信じられないという人は、実は、自分を信じられない人だ。自
分を信じられないから、同じ人間である他人を信じられないのだ。だか
ら、まず猜疑心の強い人は、自分自身と向き合うほかはない。自分の心
をしっかり受け止めて、他人の心も自分の心と同じだと気が付くことし
かないのだ。
◇どんな人間も同じだ。裏切らざるを得ない時に裏切るだけなのだ。だ
から、私たちは、自分を信じるように、他人を信じることだ。自分も他
人も人間としての価値は同じなのだから。
◇私たちは、他人と共にある。そのことをしっかり噛み締めよう。自律
=自立的な関係が成り立つ時に初めて、信頼関係が生まれるのだ。依存
的な関係の中では猜疑心が生まれてしまうだけだ。自分を信じることが、
自律=自立するということだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

