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「習字の先生」(後編)

○前回のあらすじ

僕は小3から小5まで、地元では名士と言われる人に書道を習っていた。

僕が小5のときだ。
新年の朝の有線電話の放送で、百人一首の朗読が行われた。1日二十首ず
つ、平日1週間かけて毎朝放送された。

この朗読を行っていたのが、習字の先生の奥さんだった。後で知ったのだ
が、先生の奥さんは、その道では有名な百人一首の読み手の方だったらし
い。


その放送から、ふた月ぐらいたっただろうか。先生の奥さんがお亡くなり
になった。習字教室も2週間ほど、お休みになった。

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久しぶりの教室は、いつもと同じ場所だけど、それでもやっぱりいつも
と同じじゃなかった。


たった2週間会わなかっただけなのに、先生は明らかにやせていた。
やんちゃ坊主たちも、大人しく準備を整え、正座をしている。


先生がおもむろに口を開く。

「みんなに聞いてほしいのですが・・・」


そういうと先生はラジカセを奥の部屋から持ってきた。
カセットテープを入れるカチャッという音が響く。
誰も何も言わない。


再生ボタンを押す。が、テープは回らない。
先生は、停止ボタンを押し、もう一度、再生ボタンを押す。
やっぱり回らない。


「あれ、おかしいな。電池切れかな。でも、この前、電池を換えたばか
りだけどな」


さらに数回、再生ボタンを押すが、ラジカセは動かない。

「故障かもしれませんね。電池は換えたばかりですから」。

誰に言うともなく、先生はつぶやく。


「ちょっと待ってて下さい。電器屋さんへ行ってきます」


ちょうど道路を挟んだ向かいが電器屋だった。5分ほどして先生は戻っ
てきた。


「やっぱり、電池切れでした。この前変えたばかりだったのですが」


今度は確かな手ごたえとともに再生ボタンが押された。
テープの回る音がする。


数秒の沈黙。そして。


流れてきたのは、先生の奥さんの声だった。
ラジカセの中の奥さんは、百人一首を読んでいる。
有線電話放送の、あの録音テープだった。


ゆっくりとした抑揚のある声が部屋を流れる。
ただただ静かだった。


先生、いったい、このテープをどのくらい聴いたのだろう。
この前、換えた電池がなくなるくらい、きっと何度も何度も、だ。


「いい声ですね」


百個目の歌が終わり、先生がかすかに笑いながら言った。
悲しいとか、せつないとか、その本当の気持ちに初めて触れた瞬間だっ
た。

それからしばらくして、僕は習字教室へ行かなくなった。
理由は覚えていない。先生が、教室をやめてしまったからかもしれない。

先生がお亡くなりになったとき、市営体育館での葬儀にはたくさんの人
が駆けつけたということだ。


僕にとって、思い出の先生の一人である。

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     ◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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