「手を振る」
自宅の目の前に私鉄の線路が通っている。
もちろん、道路と線路の間には高い網状の柵が設けられ容易に線路内には
入れない。
その線路脇で、小さな男の子がお母さんと一緒に電車を眺める光景をよく
見かける。
同じ子のときもあれば、違う子のときもあるのだが、全ての男の子に共通
していることがある。
必ず電車に向かって、手を振るのだ。
「バイバーイ」と言いながら、小さな手を左右にヒョコヒョコと振る様
子は何とも微笑ましい。隣のお母さんも、当然笑顔だ。
あなたも、同じような光景を見たことがあるだろう。どうして彼らは電
車に向かって手を振るのだろう。考えてみたが、答えは全く分からない。
実際に自分も手を振ってみたら、彼らの気持ちが分かるのかもしれない。
が、いい歳した大人の男が、電車に向かって手を振っていたら、それは、
ちょっとコワイものを感じる。
しかし、ふと思い出した。大人が笑顔で電車に向かって手を振る光景を。
しかも、全く違和感なく、むしろ温かく迎えられる場所が存在する。
ディズニーランド。
園内を走る汽車に向かって、手を振る大人は少なくない。手を振る人を
見ると、僕は汽車の中から必ず手を振り返す。振ってくれた人がもっと
笑顔になるように大げさに、ときにはシャツを捲り上げてお腹をポンポ
ンと叩きながら。
間違いなく、お互い、笑顔である。相手が笑顔になるのがなんだか嬉し
い。向こうも、手を振ったことに対して反応があるときっと嬉しいに違
いない。
確かにそこにはコミュニケーションが存在する。心開いて無邪気に目の
前に存在する誰かと繋がろうとする大人がいる。電子的なものは一切、
介さない。言葉もない。手を振るというある種原始的な行為によって、
である。非日常の空間が生み出す魔法のせい、であろう。
さて、ひるがえって日常。
電車に向かって手を振るぐらいは、もしかしたら何てことないのかもし
れない、と思えてきた。手を振る。実に簡単な行為じゃないか。もしか
したら子供の気持ちも理解できるかもしれない。
電車の中から、子供の隣で手を振る大人を見かけたら、それは、おそら
く、僕、である。
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◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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