「見えるもの」
16年の沈黙を破って半年になる。
といっても、さほど大袈裟なことではない。半年前から車に乗っている
のだ。運転免許証は学生時代に取っていたのだが、取得以来乗っておら
ず、典型的なペーパードライバーであった。僕にとっての免許証はすな
わち「身分証明書」でしかなかった。
車なんてこのまま一生縁がないんだろうなと思っていたのだが、身内が
海外に移住して仕事をすることになり、車を手放すことになった。
本来なら、中古車販売店に売ってしまうのだろが、彼はその車をとても
大切にしており、「見知らぬ人に乗られるくらいなら、誰か知っている
人に乗ってほしい」という思いがあった。
また、僕も「車があったら便利だろうな」という気持ちになっており、
ちょうど二人の思いが重なって、僕は彼からその車を安く譲ってもらっ
たのだ。それが半年前だ。
というわけで、週に1回程度、おっかなびっくりで車に乗っている。も
ちろん、若葉マークをぺたっと貼って。
さて、車に乗り始めて気付いたことがある。自分が乗っている車と同種
の車のなんと多いことか!乗っていればすれ違うし、歩いていれば見か
けるし、いったいどれだけのシェアを誇っているのだろうか。3台に1
台は走っているのではないだろうか。
しかし、ちょっと冷静になってみる。日本車もあれば外車もある。自動
車メーカーだけでも数社あり、それぞれの会社にさらに何種類もの車が
ある。3台に1台だなんて、そんなはずはないのだ。
この話を同僚のI先生にしたところ、ずばり一言。
「自分の関心があるものしか見えないんだよ」
それまで車に無知だった僕が、唯一知っているのが、身内から譲り受け
たあの車だ。なかなか乗りやすく、初めて所有する車ということもあり、
早くも愛着が湧いている。
必然、街を走る多くの車の中で目に付くのは自分の乗る車と同種の車だ。
見ず知らずのそのドライバーに親近感なんか持っちゃったりもする。
それぞれ種類が違うであろう名も知らぬ草を、すべて「雑草」とひと括
りにしてしまうのと似ている。「雑車」の中に「特別な車」が走ってい
るのだ。目に付かないはずがない。
というわけで、見えているからといって、「見ている」とは限らないと
いうことを知った。
何かが気になるとそこにばかり焦点を当ててしまい、他が見えなくなっ
てくる。プラスのことに焦点が当たるのならさほど問題はないだろう。
しかし、マイナスのことにばかり焦点を当ててしまっていないだろうか。
「あの子駄目なんだよな」と思った瞬間から「駄目」なところしか見え
なくなってしまうんだろうな。反省である。
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◇◇◇ Global Thinking and Local Acting ◇◇◇
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