馬子にも衣装
「馬子にも衣装」を、私は「孫にも衣装」とは勘違いはしていなかった。
しかし、意味を取り違えていたかも知れないと感じる体験をした。
辞書には、
「ちゃんとした衣装を身につければ誰でも立派に見える」(大辞林)
とある。
中身がなくとも、覆っているもの(衣装)で、見栄え的にレベルアップして
見えるということだと思っていた。だから、身なりに気をつけようと・・・
しかし、衣装そのもので、見栄えが変わるというわけでもなさそうなのだ。
友人から高級外車を1泊2日で借りた。マイカーの大衆車との違いに、まごまご
しながら運転をしていたのだが、駐車場に停めれば、隣の車から私の借りた車に
熱い視線が浴びせられているのに気づいた。
ガソリンスタンドでは、店員が借りた車を覗き込むように見るのだ。
「どこかをぶつけてしまったのか?」
との心配は無駄だった。
高級車に関心を持ってのことだったことが、数分もしない間にわかった。
燃料が満タンになっても、店員は私を解放してくれないのだ。
あれやこれやと訊ねてくるのだ。
結局、私はいつもの私ではいられなくなった。背筋を伸ばし、落ち着いて、
低めの声で応じることになる。
その後は、運転していても、ニヤニヤした顔は許されず、クールな顔つきで
ハンドルを握り続けることになるのだ。
「馬子にも衣装」とは、衣装で中身をごまかすことではなかったのだ。
衣装に合わせた自分を創造するのだ。だから、立派に見えるのだと・・・。
しかし、私が他者から立派に見えていたかどうかは疑問ではある。
「似つかわしくない車に乗っている奴!」
という評価をもらっていたことはやはり否めない。
1泊2日では、私自身を変えるまでには至らなかったかもしれない。
とにかく緊張で疲れた貴重な体験だった。

