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こういう教育観が教育を貧しくするのかもしれない!

【記事】過度な管理、必要なのか

朝日新聞(2010年7月19日)より以下抜粋

○兵庫県立神戸高塚高校(神戸市西区)で、始業時間ぎりぎりに校門に
駆け込んでくる生徒の遅刻を取り締まるため、男性教諭が鉄製の門扉を
閉め、1年生の石田僚子さん(当時15)が頭を挟まれて亡くなってか
ら、6日で20年がたった。
教諭は3年後、業務上過失致死の罪で一審・神戸地裁で有罪判決(禁固
1年、執行猶予3年)を受け、確定した。
事件は管理教育の象徴として扱われ、神戸市ではその後、中学男子の丸
刈り強制が廃止になった。

○でも、この20年で学校は、教育は、本当に変わったのだろうか? 
神戸市内の中学校に2人の息子を通わせている一保護者として、疑問に
思うことは多々ある。
神戸の公立中では、登校時に校門前に教諭らが立ち、遅刻や服装の指導
を続けている。
梅雨時で標準服のシャツが乾かず、代わりに指定の体操服で登校させよ
うとすれば、学校に「異装(いそう)届」を出さねばならない。
「人間が生きやすいように規則があるのであって、規則のために生きる
のは本末転倒」と息子たちに言ったら、「逆らうなんて無理やし」と一
蹴(いっしゅう)された。

○学校が大変なのも理解できる。
11日の石田さんの追悼集会で講演した峯本耕治弁護士は「虐待や親か
らの過度のプレッシャーで、自尊感情の低い子が増えている」と指摘。
食事や睡眠を家庭で十分にとれない子も増え、しつけの一部を学校が担
わざるを得ない現状にある、という。

○それでも、問い続けたい。
子どもへの過度な管理・指導が、教師の「仕事」であるような国は豊か
ですか?(阿久沢悦子)


*私からのコメント

◇行き過ぎた管理教育は、人権侵害になるから、私としても絶対反対の
立場だが、この記事を読んで、違和感を感じた。

◇まず、行き過ぎた管理教育の定義をもう少し具体的にしてもらいたい。
20年前の本当に不幸な事件を冒頭に挙げて、今でもまだその残骸のよ
うな管理教育が横行しているような印象を与える記事ではないだろうか。

◇記事の中にある「異装届」の例は、それだけ取り上げたら、何をつま
らないことをと思えるが、集団の規律を維持するということで考えたら、
前もって「異装届」を出してもらうのは、ルール上普通のことだ。

◇また、記事の中にあるコメントも何か作為を感じる。
「人間が生きやすいように規則があるのであって、規則のために生きる
のは本末転倒」とあるが、これもこれだけ見れば、もっともだ。

◇しかし、教育という文脈に置き換えれば、まずは、子どもたちには、
ルールを守るということ、ルールの意味、そしてルールには不条理なこ
ともあるのだということを学ばせることが必要なのだ。
規則のために生きるような状況に一時期なっても仕方がない面が教育に
はあるのだ。

◇学校は、もともと管理と選抜の機関だ。
学校は、現状の社会を再生産するための装置なのだ。そんな学校に、ロ
マンを持ちこんで、云々するのであれば、それだけの背景を語ってほし
い。

◇教育に情緒を持ち込んでも、何も変わるものではない。
教育が、全面的に良いものであるかのような文脈で教育を語ってはいけ
ないし、思ってはいけない。

◇教育は、両刃の剣だ。
人間の自律を促すものでもあるし、他律を強化するものでもあるのだ。
教育を語るということは、人間観が問われることだ。
子どもから大人になっていくプロセスをもう少し、意識して教育につい
て語ることだ。


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◇◇◇Global Thinking and Local Acting◇◇◇
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